2016年8月21日 (日)

台所 リニューアル

 随分前から治してほしかった台所。やっとリニューアル。なにしろ、わが家は相棒が中学生の時に建ったという、戦後の安普請。台所の改修は3度目です。半日で壊して、次の一日で新しくしてもらえました。こんなに簡単なら、もっと早くやったらよかった。なあぁんてね。


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 中京のコセコセしたところに住まいするももり。この一間の東向きの窓をとても愛しています。窓を開けるとさざんかと椿。夏でも、香取線香をたててでも、窓をあけて食器洗いしています。


 主婦って、台所で過ごす時間を通算したら、相当なもんですよね。
これなら、わが家に来られるお客さんや、生徒さんたちが、自由にお茶を入れたり、レンジチンしてお昼を食べたりできます。うれしいなあ!!!


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 「赤絵そうめん」山本兼一。とても面白く、読みやすく、サッと一気に読めました。明るいし、お茶に関して、興味深い知識がいっぱい。先に読んだ「利休にたずねよ」も思いだします。最近の小説って、随分変わってきてるんやねえ。ももりが愛読した司馬遼太郎や井上靖、吉村明なんかは、まっ正面から取り組んで描いていく。でも、最近の作家は、切り口が、斜め角度で、鋭く切り込んだような、視点の鮮やかさに才能を感じます。


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 「キネマの神様」原田マハ。ギャンブル依存、映画に依存しつづけてきた80近い老人・・・・と、40才、独身、パリパリキャリアを失った娘・・・・ももりも古い名画にハマった時期がありました・・・映画館で見るのとDVで見るちがい・・・こよなく映画を愛するちょっと前の世代と現代のシネコンの時代のギャップ。この小説も新しい切り口が新鮮で、作者を彷彿させるのが、又面白いです。

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2016年8月16日 (火)

初盆もすぎ・・・・

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 初盆もしずかに終わりました。今夜は大文字。たいまつの灯りに導かれて、魂はあの世へ帰っていくのです。

 

 原田マハ氏の作品は中京図書館のはもう読んでしまって、よその図書館から借りてもらっています。その間に借りてきたのが上の2冊。とても力作です。特に、「ジパング島 発見記」山本兼一・・・おもしろかった!!!
 1543年に種子島へ鉄砲を持ってやってきたポルトガル人、それ以後の7人。こぼれ話という体裁ですが、7人の正史にはのらない人物の目を通して、当時の日本を描いています。

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 昨日の15日は終戦記念日。ももりは1941年1月生まれです。ももりが生まれたその年の12月に真珠湾攻撃、戦争が始まりました。終戦時、4才。記憶はありません。兄たちは本当にかわいそうだったようです。何しろ、育ちざかり、食べさかりに食糧不足。そのももりでも、今でも、雲の中に鈍い飛行機のグルングルンという爆音を聞くと不安におそわれます。


 ももりは、政治的な発言はしないと決めています。でも・・・・今の戦争を知らない若い世代の方々には「戦争に負けるということは、どういう状態のことを言うのか」というイメージ教育が決定的に不足していると思います。


 ももりは、右翼でもありませんし、ましてや左翼では絶対にありません。戦後のヒダリマキ???いいえ、ヒダリヨリの知識人が教育に及ぼした偏見と害毒には恐ろしいものがあるとおもいます。

 「戦争は始まってしまったら負けることはできない」のです。先の大戦に、無条件降伏して終戦。日本を占領したのが、アメリカでなく、もし、ソ連や中国だったとしたら、今頃、日本人は、この甘やかな国を追われ、シベリアや砂漠で苦しんでいたでしょう。


 「平和」が大切」なことは、勿論です。でも・・・・平和を侵す無慈悲な力がやってきたら・・・・国は守らなければならないのです。スケッチは、先日釣りキチが連れてくれた紀伊半島東岸の紀伊長島港

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2016年8月 9日 (火)

大空と夏雲とパリ

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今、私は外国どころか国内旅行もちょっとムリ。でも、かと言って、そうそうイラついてるわけでもありません。
できるだけ、プールへ。プールの東一面にひらいた窓から大きく広がる空を見ながらウオーキング。その後、1・5キロ泳ぎます。自由自在に形を変えて動く雲をながめて、「あ・あ・あ・・・若き日はもうかえらない」なあんてね。
 今、オリンピックで水泳の場面が多いでしょう。なんてきれいなんでしょう。泳ぎももちろん、腰がキュッとしまった三角形の体形も・・・ス・バ・ラ・シ・イ・イ・・・・!!!「私そっくり!!!」とか叫んで喜んでいます。


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 「ロマンシエ」・・・・おもしろかった!!!も・お・お・・・才能にまかせて書きまくったって感じです。何より若い!!!

 主人公は女の子になりたくてたまらないのになぜか、男の子として生きている。同級生のカッコイイ男の子に恋してる・・・・美術大学の卒業制作で第一席を獲得してパリ留学。「アトリエ・デ・ボザール」賞を獲得。ところが・・・有名な「エコール・ド・ボザール」ではなく個人経営の画塾でした。でもでもォオ・・・せっかく来たパリ。落ち付いたのが、サン・ジェルマン・デ・プレ・・・・お・お・お・・・・ここって、相棒とふたり、足を棒にして歩きまわったのが、ついこの間のことみたい・・・いろんな出会いがあって、有名な歴史ある、リトグラフの制作工場を仕事場にすることに・・・・なぞめいた人気作家がからんで・・・・若い留学生の切なくもうらやましい青春が展開します。ポン・デ・ザール(芸術橋)は、あの、鍵をいっぱいくっつけてることで有名なセーヌ河にかかる橋。右岸はルーブルです


 サンジェルマン・デ・プレといえば・・・・シテ島とサン・ルイ島に的をしぼって・・・ま・あ・あ・・・マリー・アントワネットの足跡をたどって、ひたすら歩いたのは2012年12月でした。あ・あ・あ・・・・幸せってこういうのをいうのやったんやねえ。
 久しぶりに、パリを歩いた気分でうれしい!!!でも、今パリは外務省の危険度情報5・・・つまり不要不急の旅行はやめて下さいランクなんですって。

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2016年8月 4日 (木)

無事

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平穏無事・・・静かな生活をおくれています。相棒も、まずまず・・・ももりも・・・まああまああ・・・・

 マタマタ・・・文字が大きくなりません。すみませんねえ・・・・


 朝顔を玄関に。壺は丹波。下の陶板は、制作してくださったのは日展作家、ももりは字を書いて値打ちを下げちゃった・・・は・は・は・・・・短冊はももり・・・・こういうの、もう書かなくなったなあ。

 相棒をデイケアー二送り出して「ダリ展」に。作品にクッタクタに振り回されてくたびれてはてて帰宅したら、すぐ追いかけて、激しい夕立。よかった・・・

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2016年7月26日 (火)

日本水彩京都支部展  京都府立文化芸術会館

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 今日は、会場当番です。間もなく出かけましょう。


 癌2年目の検査で、異常なしと言われて、急に元気になりました。でも、中々、創作の余裕がなく、新しい展開ができません。それでも、今まで、一枚しか出品できない展覧会のために、2~3枚は描いてきたものですから、未完の絵がたくさんあります。当分は、それらを仕上げるつもりです。日本水彩京都支部とは言っても、大阪、滋賀、奈良、香川、徳島と広い地域の作家たちが出品しています。

 本は、今、原田マハ氏にハマっています。
「暗幕のゲルニカ」は今、図書館で82人待ちですって。
「一冊の本を82人が予約してるの??」って聞きましたら「本は14冊あります。まだ、これから買い入れる予定です」ということで予約しました。書架に並んだ作品をとりあえずかりてきています。売れっ子なんですねえ。

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 肩が張らず、本がぐいぐい引っ張ってくれます。文体は、全く今風というんでしょうか、少々面くらいます。でも・・・発想の飛躍が、さっすが・・・少女漫画、アニメ世代。今まで読んでた作家とはちがう風を感じています。


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 「翼をください」は、太平洋戦争が始まる2年前・・・って、つまり、ももりの生まれる2年前jのお話。なんだか身近なお話です。毎日新聞社が国産飛行機で世界一周をなしとげました。その2年前、アメリカの国民的英雄女性パイロット、アメリア・イアハート・・・彼女は太平洋上でなぞの失踪をしたのですが、・・・実は・・・というお話。周りは全部事実でかためて、肝心のところを意外な想定をして物語を作りだしています。飛行機、全く無知のももりでも、ぐいぐい引っ張られて読みあげてしまいました。


 「永遠をさがしに」これも、実在のコンサートや演奏家や、楽曲をふんだんに盛り込んだおしゃれな一品。若い人達独特の言葉使いなど・・・フムフム・・・・あっという間に読了。音楽ファンには一読おすすめ!!です。


 以前、アップしました「楽園のカンヴァス」も、NY近代美術館が所有するアンリ・ルッソーの絵が、実は、もう一点、スイスの偏屈な収集家の収蔵品の中にある・・・というお話・・・・世紀末のパリ、売れない絵描きの描いた古キャンバスは新品のキャンバスより安く買えたから・・・その上に新しい絵を描くことは十分にありえます。ももりだって、何度も何度も、上から描きくわえたり、変えていくんですから・・・・実は、この絵の下にはブルーピカソ・・・青の時代のピカソの作品で、現代もっとも高価な価格で取引されているもの・・・・だって???なきに・・・しも・・・あらず・・・ックー・・・何でもありの発想に脱帽!!!です。

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2016年7月19日 (火)

てこね寿司

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お友達がきてくれるっていうので・・・朝顔を生けました。
この壺が・・・ももりのご自慢の壺です。お手製。丹波の陶芸家のところへ遊びに行って土をもらってコネコネ。焼いてくれました。何しろ竹の灰釉なんですって。「サグラダ・ファミリアみたい!!!」って言ってくれた人もいて、ご機嫌です。


 ともかく、よそにはないってのがいいのよねえ。一人自慢のホメテなしですって???は・は・は
お昼は、てこね寿司と釣りキチのお魚のカルパッチョ。写真はなし。


 相棒は車椅子で、もう遠い外国にも行けなくなったし、国内すらなかなか・・・です。だぁかぁらぁ・・・絵を描きましょう。ももりは一枚出品作をつくるのに、途中で気が変わったりして2~3枚描いてきたものですから、描きさしの絵はいいっぱいあります。それを・・・当分、なんとか仕上げましょうか。

 


 なんだか、もう、立ち直りました。癌からも、息子の死からも・・・息子はもう私の子宮の中に戻りました

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2016年7月17日 (日)

いのちみょうが

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 今朝、久しぶりに釣りキチが車で出かけましたら・・・なんとなんと・・・茗荷がビッシリ。
いつ、植えたのか。いつから食べ始めたのか・・・もう記憶にありません。いつの間にか、こんな狭くておいしくもない地にたくましくはびこり、ひそやかに花を咲かせ・・・・めだたない、クセの強い花・・・でも、なしではいられない・・・・なんだか、自分自身みたい気がしてきて、一人、ニーンマリ

 がん手術、2年目の検査も「悪いところはないですねえ」って主治医の先生に言ってもらえました。ウッレシイ!!!あきれたことに、3週間前、肛門からの内視鏡検査・・・これが、前回2回とても痛かったのですっかりおびえていまして・・・夜もよく眠れないほどで、しっかり前夜からの投薬、当日朝からの薬も指示とおり、ちゃんと飲んで準備万端でしたのに、2週間前のCTスキャンは痛みが全然ないものですからウッカリ・・・朝から絶食・・・これを忘れて朝食を食べちゃった!!!なんと、エエカゲンな・・・でも、半時間後に検査してもらえました。そして今週の主治医の先生のウレシイお言葉!!!さっすがっ・・・中京のみょうが女です。


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 間もなく、京都府立文化幻術会館で「日本水彩 京都支部展」


 さ・あ・あ・・・・・どれにしようかな???カミサマノイウトオリ・・・プットコイテ プットコイテ プットコイテ プップッ

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上は「古代との交歓」  下はまだまだこれから。なくなった息子をさがす旅にでる・・・うろうろ・・うろうろ・・・

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2016年7月15日 (金)

フッルーイお話

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 昔・むかし・・・・ももりはカルセンババーとよばれるカルチャーセンターの生徒でした。教室は「エッセー教室」10年ほど在籍し、その間、5年ほど「京都エッセー」の同人でしたっけ。
 ちょうどNYで個展をしたころで、当時のエッセー(15号)から・・・


 天国と地獄

 月のかけらがポトリと懐に飛び込んだような、現実離れしたラッキーな経験。去年の私は、まさしくそんな幸運の中にあった。
 11月4日、4~5日前から腰が痛むと寝込んだ姑が悲鳴をあげて痛がるようになり、亭主と息子二人がかりで病院へ運ぶべく、1時間あまりもやっさもっさしたあげく、とても無理と救急車をよんだ。若い屈強の看護人3人がかりで、痛い痛いと泣きわめく姑を担架に乗せて、救急車は出て行った。
 幸運はその直後に始まったのである。
「もしもし、こちらNYのSですが8月にもって来られた作品を、この12月に展示することになりました」 
 この8月、NYで個展をしないかという以前からの話の下調べに、私はNYへ行った。その時、ふすま10枚分くらいの作品を抱えて行ったのである。その作品が画廊のオーナーの目にとまり、今回、急に展示されるのだという。
 「つきましては、お手持ちの作品をできるだけ多く送ってください。そして、もうちょっと小さい作品を急いで作ってください。ムリでしょうか」
 「勿論つくりますよ。何とかしますよ。べストをつくします。」

 茫然としていた私は飛び上がった。目の前には姑の残していった汚物や下着が散乱している。
「さあ、片づけなくっちゃ。あの様子では、姑は二度とこの家には帰れまい」 汚物を片づけ、洗濯ものを洗濯機に放りこみ、まくらもとの食べ散らかしを全部ゴミ袋に押し込んだ。熱い湯で畳まですっかりふきあげた。この4~5日、なれない病人と看護人は、何度となく畳におしっこをこぼしたものだったから。冷蔵庫のいつからあるかわからないものを捨て、カーペットをはがし、仏壇まで磨き上げた。25年間、姑はこの部屋から餓鬼のごとく小さな目を光らせて、私を見てきたのだ。


  結婚当時は、まだインテリアデザイナーという言葉が脚光を浴び始めたころだった。国立大学を出たてのデザオナ-の卵から、心貧しく、到底誇りの持てない下町の嫁の生活へ。この中でアートは私のたった一つの敗者復活戦だったのだ。全く異なった環境だった。誰が選んだのでもない。私一人が喜んでした結婚だったが、つらかった。何よりも夢と誇りのないのが我慢できなかった。経済的にも、何とかかせぐのが急務だった。子供相手の書道教室、そして、古筆の勉強、次々に生まれた子供たちが寝静まってから明けがたの空があじさいい色に染まるまで、私は一生懸命勉強した。若さは苦しみすらも滋養にしてしまうものらしい。 子供達の手が離れたころ、私は作品を発表するようになった。姑の存在が小さくなり、アートは私を満たした。そして、今、NYで個展というときになって、姑は再び、私の前に立ちふさがろうというのか。


 外は木枯らしがふき荒れている。激しい思いに突き動かされて、姑の匂いすら出て行けと、窓を開け放った私の耳に、電話のベルがなった。「今から帰るから、上着を持って迎えに来てくれ」


 背骨がつぶれていく病気には、治療法らしきものはない。痛いだけの病気にはベッドはないのだそうだ。潰れた骨が固まって、痛みが治まると少しはよくなる。三度の食事からしもの世話までしながら、私は必死でNYへの作品作りに取り組んだ。何ものかにつかれたように何点かの作品ができていった。
 同時に、実に奇妙な変化は私の中におこった。あれほど嫌がっていた姑の世話ができるのである。自分はきっと鬼嫁になると思っていた。あんな人に哀れみをかけるなんてできっこないと思っていた、。しかし、この歯のない間の抜けた口を開けるだけの哀れっぽい存在にかゆを流し込み、15分おきに、三種類の目薬を落とし、小便をとる。大便をとる。私にこのことをさせるのは何か。愛情というようなきれいなものではない。私は天使にはなれない。一家の主婦としての責任感かもしれない。火の粉のふりかかった家には水をかけなければいられないようなものかもしれない。愛とは、愛を与えるものの方に生ずるものなのかもしれない。
 しかし、それにしても、何と醜い。大便だって若くないしりからは、すっとでやしない。20分余もかかってチビチビでるし、その間、前からは小便がずっともれているのだ。
 


 「いたあい、いたあい、いたたたたああっ」 
階下で姑は地獄の痛みに泣き、2階で私は作品をつくる。アートにはエクスタシーがある。この人の生涯が不幸なものだったとは思えない。姑の不幸とは、満足することが無かっただけなのだ。内なる充足のない魂を、人は外から救えない。「いあたあい、いたい、いたいいっ」



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 どうですか????ももりの正体

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2016年7月 9日 (土)

1990年 12月9日

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 ももり49才。若かった!!!は・は・は・・・・こんな日もあった。in NY SOHO 1990 12月9日
頑張ってくれたタアシスタントの佐伯君と???お名前は???忘れちゃった。ゴ・メ・ン。今も元気にNYで活躍してるんやろか


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 なんかやってる!!!すっかり記憶にない!!!


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 有名にもならず、お金持ちにもならなかった。今にして思えば・・・やっぱり、家族を捨てる気なら???夫を捨てる気なら???やれたチャンスは確かに何度かあった!!!。もっとも・・・結果は惨憺たるものになったと思います。ももりの性根ではね。そこまで根性はなかったし、ないなら、ないなりに、静かな落ちついた人生がありました・・・のさ・・は・は・は・・・

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2016年7月 7日 (木)

MoMA ニューヨーク近代美術館

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 う・・う・・・・ん・・・読んでいる間にクラクラしてきました。なんだか若かったももりが事件にまきこまれているような・・・・臨場感に引っぱられて一晩で読了。


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 そう・・・場面は1990年8月・・・ももりはNY「MoMA]にいたのです。


 MoMA????聞いたような???なになに??? ニューヨーク近代美術館。「THE MEUZUM  OF  MODERN  ART    NEW  YORK」・・・・この本を読み初めて途中まで、NY近代美術館だと気がつかないうかつさで・・・は・は・は・・・遠い記憶はもうすっかり霧の中でした。でも・・・・わかった瞬間、目が覚める思いで一気によみ進めました。

 


 「NYで個展をぜひやりなさい]と言って下さる方がありまして・・・・当時バブルでお気楽に浮かれていたももりは「いっちょう やったろか」と、のったのです。

 下は・・・ハ・ズ・カ・シ・・・・ながら・・・・その時のDM。ま・あ・あ・・・向こう様が作ってくれたんですから・・・


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若かったし・・・・面白いチャンスで…月のかけらがポットンと手の平に落ちたような・・・マ・ア・ア・・・・主人公のように、あっけなく一線をしりぞいて、田舎にひっそく・・・・って言うのもなんだか似てる・・・・




 もう少し、この事件???は・は・は・・・若かりし日の一戦を報告しましょう・・・次回に・・・・
モッチロンロン・・・・ももりが個展をしたのはMoMAではありません。念のため・・・・は・は・は・・・・


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2016年7月 1日 (金)

爆睡  3日

 これで、なんとなんと・・・・爆睡3日です。


 気持ちの良い目覚めから遠ざかってしまっていましたが、。このところ3日、充分に満ち足りた熟睡の後の目ざめの快感を味わっています。

 東京の審査、その直後の相棒の手術、息子の100か日・・・・・審査の結果報告の責任と、何より、手術2年目の検査への不安。ゴッ・ゴ・メ・ン・・・品がなくて・・・ノミのキンタマ???・・・みたいな小っちゃな心臓なんやろねえ???    

 肛門からの大腸の検査のカメラ。これが・・・結構痛いんです。特に、前回2回は、とても痛くて、ね。

 火曜日の検査「悪いところはないようですね」って言われたとたん!!!もっ・もお・お・・・・あ・あ・あ・・ウ・レ・ピーツ!!!


 検査だけで草臥れはてて、帰宅後、昼寝。なのに、夜も熟睡・・・・2日目も・・・・


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 原田マハの本2冊「ユニコーン」と「風のマジム」
う・う・・・・ン・・・・若い人の文章???なんとなく舌ったらずで、マンガ的???文学も変わってるんやろねえ。

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2016年6月28日 (火)

モネ 大人の恋

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 「ジベルニーの食卓」原田マハ、をやっと図書館から借りてきました。待っていた人が2人・・・人気あるのかしら。

 ご存じ、モネ・・・モネを知らない人はいないでしょう。印象派そのもののような画家です。日本にも多くの作品があり、展覧会も何度も開かれています。「印象派」という言葉のもとになった絵を描いた絵描きです。

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 上は自画像、43才。男前ですよねえ。


 1740年生まれで、若いころには、カリカチュアで、けっこう知られていたようです。

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 しかし、「ジベルニーの食卓」を読んで初めて知った彼の恋。モネ、38才。6人の子持ちの他家の奥方との恋を貫いた・・・とあります。知らなかった!!!



 1786年(モネ36才)シャトー・ド・モンジェロンに実業家エルネスト・オシュデに招かれて、一家7人の住むロッテンブール城にやってきます。城は妻、アリスが実家から相続したばかりで、見晴るかす草原に花々が咲き乱れる小道の奥にありました。オシュデは、彼の作品を買ってくれるパトロンでした。その当時、モネには病身の妻と子供がひとり、貧しい絵描きでした。下はその年齢の頃の絵

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 ところが、ところが・・・・2年後、オシュデは事業に失敗。なんと、妻アリスと6人の子供を残して失踪してしまいます。しかも、末の子は生まれたばかり。城は人手にわたり、すべての財産を処分して、7人はモネのアルジャントゥイーユの家に転がり込みました。モネの妻、カミーユ自身も2人目の子供を生んだばかり。以前から病弱だったカミーユは、翌年にはも死んでしまいます。この状況の中で、描かれた絵が・・・下



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アカデミックな絵画こそ貴いという風潮の中、貧しさと戦いながらも貫いた、光の画家。彼がすこしづつ、豊かになっていくのはやっと45才ころから。そして、6人の子持ちのアリスと正式に結婚した時、モネ52才、アリスは48才になっていました。失踪した夫との確執もあったようですが、家族みんなが、モネを愛したようにえがかれています。

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 ももりの画集には貧しかった彼を助けたセザンヌや政治家クレマンソーの名が出てきます。


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 おやおや、ゴッホの弟テオの画廊で個展をしたともありますよ。

43才でジベルニーの土地を借り、7年後には買い取ります。6人の庭師が手入れをしたようで、晩年のモネは、アリスの次女に懇切なお世話をしてもらって、リューマチと戦いながらも絵を描き続けた・・・のでした。

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2016年6月19日 (日)

作らないサバ寿司

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 ももりは、実は・・・サバ寿司や巻きすしが大好き。勿論つくるのも、食べるのも.
でも・・・・次男が、もういないとなると、どうも、作れないんです。

 逝ってしまった次男。犬年・・・・まったく、犬でした。
子供の頃から、ももりの作るものは大好き。「できたよお」って声をかけたら、お膳の前に飛んできてチョコン。うれしそうな顔をして座ってました。「お手」って言ったら、」お手もしたかも???「おすわり」といったらいつまでも座ってたような・・・
 一番寂しいのは、食べ物をつくるとき。飛んできて喜んで食べる子がいないということは・・・・グ・グ・グ・・・

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 今日は父の日。長男は素晴らしいステーキ肉をおくってくれました。釣りキチは、昨夜釣ってきたお魚で、今、ごちそうを作ってくれています。あの子さえ、ここに・・・・もう・・・言ってはいけないのです。

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2016年6月14日 (火)

喜びというものは

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 「お友達のくつと帽子」夏ですねえ。まあ・・そのまえに梅雨・・・ということですけど・・・・


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 図書館へ本を返しに行きました。ちょっと・・・しんどい。井上靖はまじめやし、スッゴク勉強家やから大好きやけど・・・ちょっとくたびれました。というときに、チョロッと目にはいった本。これはおもしろい!!!

 5月、忙しかった。東京での審査、帰宅直後には相棒の緊急手術。相棒抜きで息子の100か日。そのあと、又批評を書けということで東京へ。この時は、相棒が入院していたからかえって安心で、夜の懇親会パーティーにもチャッカリ参加しました。


 喜びっていうものは自自身が意識して大事に喜ばなくっちゃ・・・ね。どれもこれも、喜びなんです。
75才・・・大きな会場に、晴れやかに展示してもらえるっていうことだけで、十分にうれしいことなんです。大きな展覧会に参加できて多くの人とおしゃべり、笑い・・・・大いに楽しみました。ア・リ・ガ・ト・・・ね

さ・あ・あ・・・相棒をデイケアーに送り出して、今日はこれから奈良へ。何しろ100才のお祝いをするという猛女のところへ・・ね。は・は・は・・・

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2016年6月10日 (金)

エッセー 井上靖

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 相棒、2週間で退院。また、自宅介護の生活にもどりました。静かな平穏・・・とはいえ、三度三度の食事を枕元に運ぶのは・・・結構・・・シ・ゴ・トです。


 楽しみは「本」。もう少し井上靖に近づきたくて、エッセーをさがして借りてきました。不眠の苦しみ、親の死など・・・身近な文章で、井上という男の体臭???がにおうようです。井上靖の父親は81才、母親はその5年後、認知症の末、85才まで生きました。彼は長男…当時はアフガニスタンやトルクメニスタン、など、西域への激しい旅をしている時期で、実際介護に携わったのは、彼の姉妹のようです。

 しかし…高齢の親が生きているということ、その現実は自分自身や周辺の者が自分のこととして死を考えるということから遠ざける、と、書いています。そう・・・親は、長生きすることは、無言のうちに、子供達を勇気つけてるんですねえ。
 ももりは、相棒や自分自身が死ぬことは怖くありません。でも、息子が死ぬのは怖い。
先日、お昼ころになっても、2階の釣りキチの部屋からコソッとも音がしないもんですから「死んでるノンちがうか」ってのぞきにあがりました。日曜日だったのにねえ・・・・「エエ加減にしいや」ですってサ。


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2016年6月 6日 (月)

京都と東京で

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東京上野の東京都美術館における「日本水彩展」に出品しています。
次男が急逝し、絵を描く気力も失っていましたが、何とか出品は続けたいと、古い絵を取り出しました。一度の出品に2~3点は描くものですから、出品しなかった絵はたくさんあります。その中の一つから。


 空間だけは描いているのですが、どうしても、ポイントになる‘何か‘を思いつきませんでした。ふみつぶされたビールの空き缶???なんてチンプな!!!おもちゃの飛行機の墜落したの???枯れたバラ????いえいえ、小さなものを描いたら空間も小さくなります・・・・ふと・・・・逝ってしまった息子を探してさすらうような・・・・フラフラした人間を描きこもうとおもいました。下「目的のない旅」


 

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いつもながら・・・・ショーモナイ・・・

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 京都市美術館で開催中の「京都水彩展」やっぱりここでも・・・フラフラと・・・・「あてどない旅」


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2016年5月31日 (火)

多事多難

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 ももりは東京へ行くとき、新幹線から富士山が見えたら、「きっとうまく行く」と信じます。ずーっと、これはもうジンクスで、信仰でもあります。その日は、ぼーんやりした晴れ。
 でもでも・・・・富士川のうえには、くっきり・・・???とはいかないものの富士山の全貌が見えてるじゃありませんか。

 相棒をショートステイの送りだしたら、もう用事はありません。東京でゆっくりしようかと家を出ました。2時過ぎにはホテルにチェックイン。不忍の池、水上音楽堂の前の静かなホテルです。のおおんびりと周辺を散策。その後、息子の家と、事務所を訪問。お嫁さんのお手間入りのごちそうもいただいて。うーっとり。
 明日からは、緊張の3日間です。


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 3日間、何とか至らないままにつとめまして、できるだけ早く帰宅。相棒を迎えたのは、午後4時過ぎだったでしょうか。
 機嫌よく、あちこちに電話したりして、夕食の準備にかかった時、相棒が急に激しい痛みを訴え、車いすですぐに病院へ。そのまま緊急入院、手術となりました。

 あんまり、楽しい話でもないし・・・・でも・・・手術は無事におわり、後は傷口がふさがるのを待つばかりです。ご心配かけてまして、すみません。

 東京であまりよく眠れなかったから、今夜こそはと帰ってきたその夜、真夜中の12時から手術は始まりました。
待合室で待つ時間はのろのろ。「何にも言ってこないということは生きてるってこと。相棒のために、こんな真夜中に、何人もの先生が、頑張ってくださってる」と思いながら待ちました。2時間半くらい???「手術は無事、終わりました。あとは管を抜いたり事後処理です」との先生のお言葉です。

 相棒ときたら、気がついて最初に言った言葉 「又、死にぞこのおた」ですって。憎まれ口は死ぬまで・・・でしょうかねえ。皆さまにこれだけやっていただいてるのに、まああ・・・

 その、後一日おいて、息子の100か日。お骨も土に・・・・みいんな無事に終わりました。あ・あ・あ・・・・・

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 病院の待合室にあった本。これが・・・・面白かったのよねえ。
芥川龍之介の自殺前後の、昭和初期の有名な作家たちとの風景。三島由紀夫、志賀直哉、菊池寛、佐藤春夫・・・・。井上靖は・・・まだ出てこないなあ。ちょっと年代的に新しいのかしら。


 どうしても、文字を拡大できません。どうもどうも・・・

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2016年5月18日 (水)

井上靖の絶筆「孔子」

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 「孔子」井上靖の最後の長編です。絶筆といえるでしょう。やさしい語り口ですが・・・どうも場面描写が説得力にかけ、夢中になって読み進められません。しかし・・・孔子にとっての弟子との別れ・・・いやおうなくやってくる別れ・・・・時は流れ…すべては・・・歴史の中に韜晦されていく・・・・う・う・・・・・ん



 はやい・・・もう、100日・・・・突然やってきた次男の死


 ももりは、間もなく東京出張です。絵の会のお仕事で、責任ある立場です。
ともすれば感情におぼれそうな私を支えたもの・・・これは、案外、「この大役を何とか果たさなければ」という思いだったのかもしれません。


 あえて・・・・息子の話にはふれないできました。触れられるとブレーキがゆるむから。優しいお言葉すら、拒否・・・かわいくない母親です

 ももりは、バブルの頃、人様に言われるままに展覧会をしまくった時期がありました。やがてやってきたバブル崩壊。次々に展開していく展覧会の準備にお金を使っていましたから、収支はトントン。有名にもならず。お金持ちにもなりませんでした。


 押入れにたまるだけの絵を描く気力もなく、日々を過ごしてきましたももりを拾ってくれたのが今の絵の会です。もう、年老いて、人様の前に出たくないという思いは強いのですが、絵を発表できる場があることが、今のももりの活力源であることは間違いありません。
 息子の死で、もう絵をやめようと思いました。でも・・・・・以前に描いた絵、大きな空間だけは描けているのですが、どうしても焦点になる「なにか」を描きこむことのできない、未完成の絵が何枚もありました。その空間に・・・・見つからない、あてどない旅をするような人を描きこもうと・・・・ふと、おもいついて・・・・絵がももりにもどってきたのです。次回の出品作は、もう東京に送ってしまって手元にはなく、写真をアップするような気にもなれませんが・・・


 

 3日間は相棒をショートステイにあずけます。久しぶりの一人です。でもなあ・・・・・人混みは苦手やし・・・
 さ・あ・あ・・・・不忍の池の周りでも歩きましょうか。夜は久しぶりでTVでも・・・・朝はゆっくりとホテル食・・・・これすら久しぶりやもんなあ。

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2016年5月16日 (月)

フラフラフラ・・・・と・・・・

 京都・・・改めていいなあ!!!
「どこへも行けへんようになったら、日本を旅行するわ」なんて、生意気言って外国ばかり行きたがったももりですが、今はもう・・・・国内旅行もままなりません。 と、なると・・・・改めて見回しましたら、京の都・・・・いいのよねえ
 お天気がいいと、ママチャリでフラフラ。「へえ・・・こんなところに」という発見がいっぱい。


 今まで、どうにもわからなかったのが「応仁の乱」や南北朝の時代。応仁の乱では、京都の1/3が焼けた、といいます。御所の場所は転々とし・・・つまり・・天皇は都から逃げ出し、足利将軍家も地方を転々・・・京都は無法地帯だったのでしょう。

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 真面目にお勉強もしています。先日はお仲間と大阪天王寺美術館へ。素晴らしい密度の濃い展覧会でした。

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 井上靖・・・娘から見た父親、井上靖
改めて、読んでみたい本が何冊も・・・又また図書館へ・・・・お・お・お・・・忙しいこっちゃ。

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2016年5月 6日 (金)

千本閻魔堂の狂言見てきました

 春風駘蕩・・・・
♪♪   たのしや5月  草木は萌え、
      小川の岸に すみれにおう
      やさしき花を 見つつゆけば  
      こころもかろし   そぞろ歩き   ♪♪


 京都では、いにしえの名残をとどめる素朴な仏教の行事があちこちであります。今日は千本えんま堂の狂言を見ましょう。さああ ママチャリで。


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 狂言は室町時代、仏教のおしえを民衆につたえるために始まったとか。ももりのご近所の壬生狂言は無言劇ですが、こちらはセリフつきで、わかりやすい。下は、地獄へ送られる亡者と三途の川のてまえの鬼のかけひき。だれも地獄へ行きたくないから一生懸命ゴマかそうとする・・・は・は・は・・・・おもしろいなあ!!!


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下は「にせ地蔵」 どうも、最近いいことがない凡俗二人、お供え物がたっぷり手に入るとみこんで、地蔵に化けることをおもいつきます。紫の頭巾をかぶり、着物を後ろ前にきて、錫杖と宝珠をもって、・・・ハイ・・・うらがえすとお地蔵さま・・・はっはっは。そこへやって来る善男善女の素朴ないのり・・・いつの世も、人々の願いはかわいらしい。



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 土蜘蛛・・・源の頼光とその家来、渡辺の綱と平井なにがし・・・・と土蜘蛛の戦い蜘蛛の糸を飛ばすのがとてもダイナミックです。サ・ア・あ・・拾った糸を家にもって帰ります。いいことがあるんですよ。


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2016年5月 4日 (水)

スサノオノミコトに会いに

素晴らしい旅をしてきました。思えばフルーイお付き合いの友人の生家へ連れてもらったのです。ももりは彼女が、実は和歌山の古いもっとも格式の高い神社の娘さんだということを、つい最近まで知りませんでした。ことのはじまりは、古事記に興味を持ってのおしゃべりから・・・・
 「私の生家は、和歌山の神社え」
 「へえ・・・なんていう神社???ご神体は????」
 「須佐神社、ご神体はスサノオノミコトやで」
え・え・え・・・・・スサノオノミコトですって!!!彼こそは古事記の主人公!!!
どこかおかしく、聞き分けもなく、でも、めっぽう強い!!!



 和歌山といえば・・・京都よりはるかに古い。京都がまだやましろ(山背・・・山のうしろ)と呼ばれていたころのおはなし。ヤマトタケルは瀬戸内海を東へ東へとせめのぼり、難波へやってきます。更に攻め上ろうとしますがどうしてもうまくいきません。ナガスネヒコがたけだけしくて苦戦続きです。そもそも、太陽神をまつるタケルが太陽の方向、東へ攻めるのはムリというものがあって、南に方向を変え、海路、和歌山へやってきます。そこから北へ攻め上り、大和橿原に行きついた・・と、ももりの幼い知識は解釈しています。


 

 「スサノオノミコト・・・須佐乃男命・・・和歌山!!!」一瞬でのめりこみました。しかも、兄君であるご当主は考古学者だというじゃありませんか!!!
 「行きたあーい」というわけで・・・あつかましくも・・・実現・・・・も・お・お・・・感動でした。お天気もサイッコー!!!

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 スサノオノミコトは、今更ももりが説明するまでもないでしょうけど・・・腕白悪ガキみたいな神です。日本神話ならではのキャラクターでしょうか。


 親神様から、「アマテラスオオミカミ(天照大神)」は地上を治め、ツクヨミ(月読)は冥界を、スサノオは海をつかさどれ」と命じられますが、死んだ母親の棲む根の国に行きたいとゴーゴーと大声で無くわめくばかり。その声に応じて悪い神々も、怪しくうごめき始めます。それではならじと、アマテラスは、弟に天に上ってくることを許します。すざまじい馬力で登ってくる弟、スサノオを見て、自分の国を乗っとろうとやってきたのではないかと恐れたアマテラス。
 なんとか、害心はないと認められて天の国にいついたスサノオ、田んぼの溝はこわすわ、ウンチはするわ、神聖な織姫の仕事場の天井から皮をむいた馬を天井から放りこむわ・・・織女がひとり犠牲に・・とうとう困りはてたアマテラスは天の岩屋にかくれ、世の中は真っ暗に・・・・

 それに、当主の考古学者の先生にも直にお話しがきけて、こんなに楽しいことはありません。何しろ、ももりの古代史は小説仕込み。あることないことごっちゃまぜで、品のないことおびただしい。
あ・あ・あ・・・・こんな歴史講座が近くにあったらなあ・・・でも・・・妙な質問を遠慮せずにはさむなんてことはできないし・・・

 それに・・・その神社は先の朝ドラ「朝が来た」のロケ地になったみかん畑の持主のご親戚でもあります。そこへも連れていってもらいました。右の方へ歩いていくのは???宮崎葵さん???みかんの花の香りにつつまれて・・・海も美しく・・・感動でした。


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2016年4月29日 (金)

さつき満開

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 相棒をデイケアーに送り出して・・・さ・あ・あ・・・・お天気はサイッコー!!!どこへ行こうか????
ママチャリではちょっとってところへ行きたい。そこで・・・地下鉄で蹴上浄水場へ。ここは、さつきはまだ少し先でしたが、南禅寺ヘとホラホラさすらい気分・・・・木陰でコンビニのおにぎりをほうばって・・・・あ・あ・あ・・・・・し・あ・わ・せ


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 琵琶湖の水をはるばる京都へひいた田朔作郎の偉業のあと、インクラインは静まり返っています。


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 明治期の発電所跡・・・・いいなあ!!!それにしても・・・足が弱ってる・・・・クー

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2016年4月27日 (水)

久しぶりの図書館

 どうも・・・・図書館通いはももりを不健康にします。それに気がついて、久しく遠ざかっていましたが・・・やっぱり、知りたい!!!


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 篠田桃紅・・・・有名な・・・さ・あ・あ・・・書家というか、抽象画家というか・・・・彼女は100才をすぎて現役。


レオナルド・フジタ・・・・知らない人はいないでしょう。ももりにとっても・・・・どうも・・・イマイチ。どこか俗っぽい???ももりごときが・・・・でも・・・改めて・・・・知りました。あまりにも正直、あまりにもエエカッコシイ・・・・


 でも…この本に描かれるエコール・ド・パリの作家たちの群像。これは、もう少し知らなくっちゃ。ヴァン・ドンゲン、モディリアニ、スーチン、モーイズ・キスリング・・・アンリ・ルソー・・・ピカソ・・・そして、島崎藤村・・・山田新一・・・山田新一はももりの大学時代の教授です。


 図書館から遠ざかって、健康な眠りをえたももりですが・・・・やっぱり、もっともっと知りたい!!!知ってみたい!!!今日は雨・・・明日は・・・

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処女作と絶筆  井上靖

 
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処女作???からいきなり世に出て、絶筆までが世に受け入れられ賛辞を浴び続けた作家はそう多くはないと思うけど、井上靖は、まさにこの稀有の作家でありつづけました。

 毎日新聞学芸部の記者であった14年間を考えると、処女・・作とは???とはいいがたいかもしれないけど、昭和24年10月号の「文学界」に発表された「猟銃」は、佐藤春夫のもとに持ち込まれ、大いに認められました。


 続いて、同年12月に書かれた 「闘牛」は芥川賞を受賞して、のっけから文学界の寵児となりました。

 このももりの蔵書は100円と書かれ、おっそろしく字も小さいですけど、改めてよみかえします。「う・う・・・・・ん!!!やっぱり・・・これは、す・ご・い!!!!」

 そして・・・絶筆「孔子」・・・・往年の緊張感は全くなく、老々と語る言葉は、眠気をもたらしてくれます。今、睡眠になやむももりにはこれはこれで???いいのかも???

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2016年4月18日 (月)

西域物語   遠い思いでの日

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 井上靖をして、「私の生涯の一書はこれだ」と言わしめた西域の旅の克明な記録です。かつて旅したももりの旅とはスケールの違いでは、月とすっぽん・・・NHKのTV班とか、中国政府要人とかはでてこないし、過酷な砂漠の中に、車は立ち往生、まだ調査のされていない古都を訪れたり・・・でも・・・・少しは共感することを許してほしい。



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 下は、ベゼクリク千仏洞。その下は、トルファンにて葡萄棚の下で羊の皮をはぐ家族。今晩のごちそうか???一番下は、干しブドウをつくる乾燥小屋


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 相棒病み、自分の膝ももうすり切れて・・・でも・・・旅っていいなあ!!!
井上靖の、日本人遣唐使をテーマにした小説には、主人公のそばに必ず、やたら旅する・・未知の地を歩くことそのものが人生最大の目的、使命、生きがい・・のような人間が必ず登場します。


 ももりも旅はした方でしょう。何にも実を結ぶことはなかったけれど・・・やたら、旅をしたがった。もっとも旅って本来、旅そのものが目的であって実を結ばないのは当たり前です。

 このももりの西域旅行の時に作った短歌が下です。

 
 荒涼の  ゴビの砂漠のはたてには 碧空えぐる  天山のあり

 はじくごと  銀バエ散りて  ロバ駆けぬ  ウイグル乙女の  さざめきのせて

 水のおもに  のぼりゆくがに  日輪の  すべてを焼きて   いまし沈みゆく

 
  歩むごと  わがくるぶしを埋めしは  ゴビより降れる   太鼓の砂か


突然の砂嵐。あわてて必死でバスに逃げ込む

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 太古も今も、そう変わらないと思われる人々の営み


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2016年4月10日 (日)

老残・・・桜はいい!!!

 桜といえば・・・やっぱり遠くからみるだけでなく、包まれなくっちゃ。暮れにはまだすこし・・・天神川のつつみです。

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 桜は古木になるほどいい。そこへ行くと人間様はあわれですねえ。老残・・・残酷です。先日、なにわの宮跡を一度見てみたいと大阪へ。大阪も随分久しぶりです。ついでに、歴史博物館を見ようと訪れましたが、定休日。クシュン。と、いうことで、NHKの「朝がきた」のセットを見て帰りました。


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 今年も桜の春は忙しく過ごせました。最近、健康的な眠りをえています。薬を飲まなくても眠れます。
と・・・いうのは、図書館へ行くのをやめています。どうしても、欲ばって、借りた本は返却日までに読まなくっちゃと・・・読み過ぎます。今は、自分の本棚の古い本を引っ張り出して再読、再々読。読んだはずなのにすっかり忘れてしまっていて、何度でも感動できるのがうれしい。自然な健康な眠りの目覚めは、感動的に気持ちいい充実感です。

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2016年4月 5日 (火)

白鳳仏のモデルとなった女性

 今日もママチャリで、太秦の「広隆寺」へ。もう、夕方でしたが、霊宝館へ。暗闇に目が慣れて、息をのみました。


 勿論、写真は禁止。手持ちの本からの複写です。国宝第一号の弥勒菩薩・・・・めがねを忘れた!!!なにしろ暗いんです。
 その対面に安置されている3体の千手観音像・・・・素晴らしい!!! 3体いらして、真ん中は白鳳仏、左が天平仏、右が平安時代ですって。

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 上、2体の仏様の真ん中にいらした仏様がももりのお気に入り。ところが写真がありません。


 その、まんなかの白鳳仏のお顔が・・・・かわいい!!!ちょうど山田寺の仏頭に似た感じ。子供っぽい童顔でお体もほっそり。肩も腕も子供のバランスです。
 きっとぉぉぉおおお・・・・当時の権力者の女性をモデルにしたんじゃない???なんて空想しました。
作家ってのはあこがれを作品に込めるものなんだから・・・・

 白鳳といえば、645年の大化の改新から、都が藤原京をさって平城京に移るまで・・・。すると・・・・???持統さん????
 持統女帝のやったことは、すごい!!!すざまじい。父親の天智天皇の勇猛果敢、そして時として冷酷非情。そのお方が、こんなかわいらしい童顔???だとしたら…???その2面性こそが???

 下、写真は山田寺仏頭・・・仏様は飛鳥時代だそうですけど・・・・白鳳仏と解説された、ここ、広隆寺の仏さまもよく似た同じ童顔です。


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 夕闇が迫ります。急ぎましょう。でも・・・・太秦といえば「蚕の社」
ここは秦氏をまつる古い神社です。聖徳太子の腹心の部下であった秦川勝の建てた神社です。そう・・・広隆寺で秦ご夫妻の木彫も見てきたきたばかりでした。

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2016年4月 4日 (月)

動物園

 日曜日、釣りキチがお花見ドライブに相棒と私を連れ出してくれました。

  


 天神川から北上、宝が池へ・・・「深泥池がいい」と私が言いつのったので、深泥池へ。京都では「みぞろが池」とよびます。桜の名所ではありません。まだ半分も春の目覚めをしていないような原野の広がりが何ともいえず心にしみます。深泥池と、神泉苑の池水は、太古の水だそうですよ。このあたりがこれ以上俗化しないことを祈るばかりです。

 深く京都の北部、雲ケ畑へ。そこから大原、更に八瀬へ。日本の原風景ってこれなんやろなあ・・・・周辺の山々には、驚くほどたくさんの白い花木が、まわりの木々の中に浮かび上がっています。「あれはやまぼうしやろなあ。さくらやないでえ」みつばつつじの甘いピンクが可憐です。桜はもちろん、菜の花やボケまで咲いて、ホント、何ともたおやかで甘やかな自然です。


 最終の目的は「野村美術館」書の名品を見せてもらいます。
南禅寺に近く、人の流れはとぎれませんが、館内はひっそり。
「大事に大事に されてきたんやなあ」最近は、ちっとも絵の展覧会には心がむきません


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 動物園は通り抜け。老人パスでスルー。ついでにお昼は「ゴリララーメン」は・は・は・・・


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 夢を見ました。私と釣りキチが車を走らせていますと、交差点の向こうで、次男が「のせてえ」と手をふっています。近寄ったのですが、いませんでした。
 私たちをなつかしがってるんやろか。でもおおお・・・もう、私と一緒に車にのってる。又、私のお腹の中に・・・・ネ。妊娠の初期状態・・・・は・は・は・・・・
 相棒は、「三途の川を渡れるか渡れへんかまよてるのに、四つ足なんか食べるな」とか言っていますが、何一つ悪いこともようしなかったような次男ですもの。迷うはずはありません。弱いお嫁さんを守って、世の中の片隅でいじらしく頑張って生きてたんですもの。

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2016年4月 2日 (土)

さくら さくら さくら

 写真は金婚式プラス1年記念にいただいたバラの花束・・・・・あ・あ・あ・・・・うれしいなあ!!!
皆様に守られていきてる・・・・うれしい!!!



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そして、又、今日もフラフラ。ママチャリです。上着をぬいで、もお・・・春!!!さむくない!!!うれしい!!!桜ゆえこころせくこの日頃です。


 まずは、西陣、千本釈迦堂へ。ここは応仁の乱にも、燃えずに生き残ったお寺で、本堂は国宝です。
応仁の乱は、10年も続きました。大義のない戦いで、京都はひどくすさんだといいます。賀茂川の岸には、餓死者がゴロゴロ。盗賊追いはぎが跋扈し、町は壊滅状態だったといいます。


 ここのお寺が焼けなかったのは、細川勝元対する山名宗全。この山名宗全が守ったとか????
柱には、大きな槍き傷や、刀傷。痛々しい。


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 下は、近くのとげぬき地蔵さんへ。お線香をあげました。


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2016年3月29日 (火)

さくら  さくら  やよいのそらは

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 ひまがあるとママチャリでフラフラ・・・・

 昨日は京都府庁の中庭へ。ここは元会津藩の藩邸跡です。容保桜と呼ばれる突然変異のさくら。綾瀬はるかさん主演の大河ドラマ、会津から送られた「はるかさくら」などなど・・・・


 今日は、ひたすら北へ。平野神社から、左大文字に近づこうとやみくもにこぎます。結構キツイ登り坂です。金閣寺へ。ここは入らず・・・・そこから近くの三条天皇陵へ。ここはもう鷹が峰です。きぬかけの路を、衣笠へ。馬代通りですって???こんな粋な名前の通りは知らなかったなあ!!!木辻通りをくだり・・・天神川から島津製作所の前に来るとホッ。
 ここからなら道はよおっく知ってます。
 まだまだ・・・京都・・・知らない所いっぱい。今日は、約2時間半のママチャリサイクリング。膝の運動にもなりました。

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2016年3月28日 (月)

金婚式+1年

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あ・あ・あ・・・・・50年も・・・・よお、やってきたなあ・・・・


 去年、金婚式をすべきやったの・・・すっかり忘れてました。だって・・・・脳溢血で倒れた相棒の目前の状況にしか関心はなかったらしい。

たまたま、今朝の「朝がきた」では、新次郎とあさは結婚40周年ということで記念に木をうえていましたねえ♪♪♪


 車いすながら、落ち付いた生活に入ったとたんに、今回の悲しみ。
でも・・・・・・ケーキをたのみました。いそがしい息子たちも、たまたま顔をそろえていてくれて・・・・幸せ・・・で・・す。ステーキというわけにもいかないけどねえ。

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2016年3月26日 (土)

いっぱぁい 愛した

十分に愛した。もう・・・悔いることはない。愛してくれた。ア・リ・ガ・ト


 次男が、高校卒業時「僕勉強したいことない」といった時、「最後の子孝行やと思て、4年間の自由時間をあげようかとおもてるけど、いらんのやったら、それでええよ」      
    


 「あんた、歴史博士いわれてやないの」「歴史やったらやってもええなあ」ということで始まった大学生活。大学院の卒業旅行は、「日韓歴史の旅」
 パンフレットをみますと、なんと・・・36度線、板門店まで入ってるじゃありませんか。「私も行きたい!!!」と叫びまして、卒業旅行に参加「保護者つきってのは初めてです」って、先生に言われました。


 今まで、パッとしたことのなかった息子は卒業時にはS評価。ABCの上にスペシャル「S」ってのがあるのだそうで、「今までで、一番ええ成績」といってホタホタしていました。


  
 自分が、旅行が好きだから、息子たちを連れていっぱいアチコチ行った。愛せるだけ愛した。も・お・お・・・悔いるところはない!!!!

 どこか、すごくシャープになっているところがあって、嫌なものは、イ・ヤ!!!!
ねむれぬままに浮かぶのが絵の場面。
 自分が、どうやら、癌と言う死病からまぬがれたらしいと知って、描き始めた神への感謝を・・・
眠れぬ夜に想う・・・・「絵を描こうか」

 一番寂しいのは、食事を作る時。
一番にお膳の前にすわって、ホタホタ  「うまい!!!おいしい!!」って言って食べた子がいない。

 絵は・・・も・お・お・・・人がどう思おうが・・・関係ない。でも発表させてくれる場があるんだから・・・そして・・・????



それにしても・・・・・もう・・・相棒は、一緒に泣くには・・・
30日は、相棒との結婚生活51年目・・・・小さいケーキでもたのもうか・・・・

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2016年3月23日 (水)

不謹慎

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上は植物園にて、下は桂川・・・・後ろは愛宕山。ママチャリでフラフラ   早春・・・・自然ってやっぱり一番大好きです。

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 あ・あ・あ・・・・・相棒は・・・頑是ない??頑固???な老人になってしまいました。


 今まで、まず、相棒が言うこ通りにことを進める一生でしたが・・・???「こらぁ   やってられん」・・・と思う判断多く、ふっと気がつきました

 毎日を一緒に過ごしているとかえって、気がつかなかったのかもしれないけど・・・・ちょっとぉおお・・・???


 自分の将来を見すえて、自分で判断して動かないと・・・・わたしは消耗するばかりです。

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2016年3月22日 (火)

映画 「エヴェレスト  神々の山嶺」見てきました。

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 ズズウーンと、内臓に響く重さ・・・感動と一口に言えない重く凄い映画でした。山容の映像が凄い!!!美しい!!!神々しい!!!
 山男たちの想い!!!ストーリーもぐいぐいひっぱってくれて、時を忘れます。


 山って美しいのよねえ!!!神々しいのよねえ。ももりは、たかだか奥穂高で、3000メートル級。エヴェレストは8864メートル。空気が薄く、ひとたび荒れると風速は50メートル以上。神々が、人を峻拒する領域です。



 エヴェレスト・・・・もう一年近く前、今井通子さんの書かれた何冊かの本で、ヒマラヤ、エヴェレストに憧れていました。図書館で借りられる限りは読みました。相棒は、去年1月倒れたのですが、まずキャンセルしたのが、「ヒマラヤ、エヴェレストへの旅」でした。二人で行くはずの地・・・でした。
     


 映画の中の、カトマンズの町・・・雑踏・・・・あの中には入りこみたくないなあ。静謐な厳しいヒマラヤとはほど遠いカトマンズの映像です。「ホテル ヒマラヤビュー」も本ではおなじみ。

 それにしても・・・神々の棲む領域・・・人間が入りこんでいいのか???
ももりは、人工授精とか、冷凍卵子とかの話題が大っ嫌い!!!神々の領域・・ではない???

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2016年3月20日 (日)

わるいくせ

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 ながぁくかけて、つけてしまった悪いクセ。今ごろ、そのクセに苦しんでいます。

  「よぉく、それだけ本を読めるわねえ」ってよく人に言われてきたのですが、本は大好き・・・というか、本は、もう、なくてはいられものになっています。


 本を読みながらねます。寝付くのははやく、いつの間にかすーっと寝ています。ところが・・・・夜中に目が覚めるのよねえ。つい最近までは、又、本を読みました。本が手から離れてパタッと落ちたら、枕元スタンドを消して眠る。
 それが・・・・だんだん再び眠れなくなったのよねえ。

 海外旅行なんかでも、時差の具合で眠れなくても・・・「その内、体が要求したら、場所、時かまわずねるわよ」とか豪語して????不眠に苦しむなんて・・・ヘッって感じでした。

 ところが・・・何度か本がバタッと手からおちても、まくらもとスタンドを消しても・・・・目はランラン。結局また本を読み続け朝がくる・・・そういう日が続くと、体の芯まで、すっかり疲れる感じがありました。そんな時、風邪をひいたり、結局癌だったのですが、ハライタ・・・・で3日ほど寝りつづける・・・そして・・・パッと目が覚めたら回復・・・ということが何度かありました。どうやら、ちゃんと寝ないといけないらしい。ということで軽い睡眠薬・・・


 今回、たまたま、睡眠薬をいただいてまして、おかげで今回の悲しみにも持ちこたえることができました。

 ビールとプール。
プールでは誰も私のことを知らない。ひたすら泳ぐと眠りは深い。
ビールは、食べられなくてもスーっとはいる。

それにしても・・・・右の本「夏草冬涛」の表紙の絵・・・松本俊介です。彼・・・まだ生きてる時の本なんやなあ


 コメントにお返事できなくて本当にすみません。そのうちに・・・・またまた・・・・

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2016年3月15日 (火)

井上靖と川端康成

 散漫ながら読了「天平の甍」井上靖。何度か読んでいて、古い文庫本は傍線、書きこみだらけ。でも・・・すっかりわすれていてしまっています。忘れるって・・・実にいいことなんよねえ。お葬式の称名があまりに美しかったので、最澄を思い出したのです。
 わが家は、京都西山金蔵寺のもとにいます。金蔵寺は和銅年間の建立になる古刹で、本山は比叡山。 朝晩、般若心経を上げるようになりました。息子とおしゃべり。わけのわからない言葉って・・・いいのよねえ。「げげむけけこ・・・」これって何???心がそれるのがいい。


相棒をデイサービスに送り出してホッ。次男とおしゃべり。「返事せえよおお」


 久しぶりに梅小路公園へ。お天気もよく、子供達がはしりまわっていますが、木々の芽吹きはまだ。帰途、本屋によって下の2冊を買いました。山口百恵「蒼い時」
 一晩で読了。う・う・・・・ん!!!すごおおい!!!21才というこの年て・・・彼女はただものじゃなかったんや。

 次は川端康成「眠れる美女」・・・・なぁにぃ??? これっ!!!!酷すぎる!!!エロでグロで・・・・下品・・・

精液のねばりついたしわだらけに手ひふれるよう・・・もう、イヤッ!!!読みません!!!


 そもそも・・・・なんで川端康成がノーベル賞???井上靖の方がはるっかに、上。哲学的、思索的、学問的・・・・

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井上靖 天平の甍

夢をみました。次男のために集まってくれているらしい人の行列。前の人が「歯ブラシがない」といいます。わたしが、探そうとして水の近くに行きますと、ほのぐらい木陰に次男がいました。前の棚には歯ブラシ。「実はこれは僕のやけど」
 歯ブラシをもって行こうとしますと、息子が後ろから言います。「お母さん、ちょっと支えてえな」って。手を伸ばして支えようとしましたが、どうも頼りない感じで、息子はスーッと上に垂直に登っていってしまいました。上にはどうやらたくさんの人が喜んで彼を待っているようなのです。まるで、コンサート会場に現れるスターみたい??
 夢にでてくる間は、まだこのあたりに魂はいるとか聞いたことがあります。でも・・・・うれしそうに登っていきましたよ。・・・その夢をみてから、少し眠れるようになりました。
 ビールとプールと・・・軽い睡眠剤。 アルコールがはいると、いけません。なき上戸。釣りキチに、もう仕事も終わったころやろかと、「はよ帰って来てぇ」と電話しましたら、あくる朝、おこられました。「お母さん、仕事の場へそんなことで電話せんといてぇ」釣りキチも男になってんのやなあ。

   


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 集中できませんが、読みすすめます。なんとすばらしい!!!一途に生きる男の美学。純情!!!誰にも理解されない、そして歴史の闇に消えてしまうひたむきな努力、献身。ええ息子やったなあ!!!やさしすぎたんやなあ。今、多少はマシになっているらしい感性にひびきます。

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2016年3月 7日 (月)

春よ 春 やよい   ひたぶるに恋し  

 よくみれば なみだこらえた わらい顔

 かんにんな  かあさんというてる 子の遺影


 45の 子の顔と声 ひたぶるに恋し


 誰ひとり 悲しみしらず 初プール


 顔に水 プールはうれし ひたに泳がん

 ブサカワとは 言いも言ったり  45の子

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2016年3月 3日 (木)

春よ 春 やよい わが中の子は   

 称名の 気高きなかを 子は弥陀の手に


 かわいらし 45にもなりてわが手に もどる

 かわいらし 笑顔でわれを 見守っておる


 さあできた 好きな料理に とんでこず


 叱ったり 心配もみな  楽しみとしる


 吾のため いてくれた45年  すべて喜び

 眠れぬ夜 高価な花の 香に苦しむ


 

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春よ 春 やよい わが中の子は

 弥陀浄土 み仏の手にのりたるか うれしげに笑む いつもの笑顔


 慈徳智叡 やさしく大き 戒名うれし


 ふしぎなり 575かぞえて 涙おさまりぬ


 子を焼きて かえりまつ間の ぬすみ酒

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春よ 春 やよい    中の子は逝ってしまいました。

   平成28年2月28日(金)   次男は突然逝ってしまいました。


お昼すぎ、昼食をすませ、相棒と二人ゆっくりしていましたところへ、お嫁さんの電話。
「お母さん、来て・・・○○さんの様子がへんです。息してないみたい」


 息子の家にかけつけ、階段をあがりながら「救急車っ」と叫びます。
まだ暖かいお布団。必死になって大声をかけながら心臓マッサージ。口から息もふきこみます。だんだん腕がしんどくなったころ。さ・あ・あ・・・5分もたったでしょうか。救急隊の方の顔がみえました。
 「お母さん ちょっとのいてください」心臓マッサージを続けてくれないのです。心電図は水平線。



 も・お・・・・おそい・・・・・
苦しみのあともなく、笑いだしそうな顔のまま    こんなこと????


 暖かき ふとんはうれし 心臓マッサージ


 しっかりせえ はよ目を覚ませと ほほをたたく



 悪ふざけ なにしてんのと ほほをたたく



 眠る間に 苦しみしらず 子は弥陀の手に

 コメントはいただきましてもお返事はできません。

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2016年1月15日 (金)

平成な日々Ⅱ

 しばらくブログおサボリ。心配して下さる方もいらっしゃったようですが、平安に暮らしています。


 相棒は、さる1月14日で1年が経過しました。マヒは残りましたが穏やかに過ごしています。ももりも先日の1年半の検査で転移や異常はなし。うれしいです。介護も・・・自らに恥ずかしくない程度で・・・・は・は・は・・・・上を見たらきりがない!!!やろ???


 旅にも縁がなくなり、楽しみはもっぱら、本。静かな夜、本の世界にあそんでいます。時には飛鳥の王たちにまじわり、時には平安の都のドロドロの政治史の中に身をおいて・・・空想の世界にあそんでいます。目の検査も異常はないとのことでうれしいのよねえ。今のももりには、本がイ・ノ・チ・・・生命線です。
  


 しばらくブログはお休みしたいと思います。絵も描き始めました。なかなか・・・・これは・・・本当にままならない。ア・ア・ア・・・わが身の才能がなさを知るばかり

 コメントもよういたしませんが、皆さまのブログには時々伺いたく思っています。
ではデハ・・・・Zoo・・Zoo

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2016年1月 6日 (水)

平成な日々

静かなお正月がおくれました。昨日、眼科へ。今年の5月、大きな審査に出ることになったとのことで、サ・ア・あ・・・しっかり遠くも見えなくっちゃ、というわけです。日常生活には何の不自由もありません。夜中中本を読んでいたって…少々疲れる???・・・くらい・・・
 結果は軽い白内障はあるものの手術の必要もなし。少し矯正するとようっく見える。近視ですって。メガネを新調しましょう。


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井沢元彦「逆説の日本史」・・・・まいったなあ!!!
日本の正史と思われている「日本書記」・・・これは実は先の大戦時の「大本営発表」と同じもんやって・・・いうのですよお。そうやなあ!!!今でも、政府が言論を統制してる国のいうことは外から見たらウソばっかりみたいやから。


 下の2枚はももりが書道教室のお仲間とあすかを歩いていた頃作った手作りの資料。万葉集にポイントをあてています。その時、このももりだって気がつきました。 天武天皇はなぜか、生年がわからないのです。天武が編集させた正史に・・・・本人の生年がない???出自があやぶまれる・・・・????ムリに正当化している・・・歪曲がある・・・・???


 天智は、天武に謀殺された・・・・山科へ狩りに出かけて・・・そして死体のありかもわからなかった・・・????


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 今日から図書館も開いているはず。さ・あ・あ・・・何か面白そうな本を探してきましょう。

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2016年1月 1日 (金)

初春

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 あけまして おめでとう ございます。


 皆様の本年が健やかで穏やかでありますように祈ります。


相棒がたおれたのは、去年の1月14日。はや・・・1年。無事におくれました。正しく余生。穏やかに心静かに送ってほしいと思っています。


 
大晦日には、息子たち全員そろってホテルで忘年会をしてくれました。モチ!!!ステーキ!!!エビもついて!!!夢中で写真もなし。 

 おせちは作りすぎ。やっぱり、長年大家族でやってきたくせがぬけません。ところが、次男は大晦日だけ。釣りキチは元旦の明け方から釣り遠征!!!できあいのお重まで買ったけど????これは、イマイチ。
老夫婦で食べるとするか・・・・は・は・は・・・

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2015年12月23日 (水)

ステーキですてーき!!!

 今日はちょっと早めのクリスマス。友人がステーキをおごってくれました。おいしかったのよお!!!


 相棒にはクリスマスプレゼントを。ミトンです。なかなかなくて、やっと・お・お・お・・・アディダスで見つけました。右手が不自由になって5本指の手袋ははめるのが一苦労なんです。


 相棒は、食べる物が昔から気難しくて、「おいしい!!」とか言ってくれたことはありません。まずは一言・・・「あそこで食べたのはおいしかったでえ」とか言うタイプ。イ・ヤ!!ですよねえ。こうして、毎日3度3度食事を枕元に運ぶ日々になりますと、まずそうな顔を・・・顔色をうかがって食べてますと、自分まで気難しくなるようでちっともおいしくない・・・なあんて、こぼしておりましたら、「ごちそうしたげる」ですって・・・有難ぁい友人!!です。


 夢中になって食べて、写真もなし。でも・お・お・・・おいしかったのよぉ・お・お・・


 秋も過ぎ去りました。もう、お外を出歩くことはできません。これから、春の展覧会にむかって家こもり、絵を描きましょう。なんだか・・・新しい絵がつくれそう・・・

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 長い夜は、本と一緒に静かに更けていきます。漫画家ってなんて頭がいいんでしょう。

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2015年12月18日 (金)

しあわせを呼ぶ笑顔

 プールである方がおっしゃいました。
「あなたはいつもとてステキな笑顔ね。そんな顔をしてたら、幸せが向こうからやってやってくるわ」ですって。


 ホント。プールにいる時はすごくしあわせなんです。横断歩道で赤信号に変わっても走れない情けない膝が、水の中では自由にうごくんですもの。去年12月まで、抗ガン剤治療。抵抗力がないからプールはダメと言われて、やっと今年の1月にプールに復帰。はじめは15分ほど歩くだけ。徐々に30分、45分と増やして、少し泳いでいました。今では1時間歩いて1、5キロ泳ぎます。別に疲労感もありません。


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 ももりの泳ぎ、我流・・・です。というかあ・・・・相棒は高校の時、近畿代表として明治神宮プールで泳いだことがあるとか。水球のゴールキーパーだったそうですよ。私が病気するまでは、毎年、150才の海水浴とか言って南紀あたりに出かけてました。ももりの泳ぎは相棒仕込みなんです。少々カッコ悪かったって・・・もおお・・・いいの!!!古写真には思い出がいっぱい!!!


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2015年12月 7日 (月)

人類愛

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このところ相棒、うれしそうな顔でデイケアーから帰ってきます。


 どうやら、彼女ばあさんができたらしい。
デイケアーでは、ボケ防止というか、頭の回転をよくするためか、クイズをやるらしい。先日は、かかりの方からのコメントに、「すごく頭がいいですね。うらやましい」って書かれていました。「は・は・は・o(*^▽^*)oウレシイです。」と答えておいたのですが、「山口さんのお隣に座りたい」という可愛いおばあさんがいらっしゃるらしくて、二人で数独。結構ですとも!!!皆さま、どうぞ、相棒を愛してくださいませ。この年になれば、もう人類愛です。

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 ももりも、プールにいくのですが、スッゴい男前がいらっしゃる。杉良太郎をもうちょっとワイルドにした感じ。で、愛想もとてもよい。ニコニコして「もう泳ぎましたか」とか聞いてくださる。でも、この方、どなたにも愛想がいいんです。
 面白いねえ!!!ッタクー!!!間もなく、ももり、75才。だあれも女としては見てくれないし、自分にも、なにも欲はない。でも、ちゃあんと、男前の品定めはするんですよお。


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2015年12月 3日 (木)

夢を見る

 はや師走・・・・う・う・・・・ん・・・
相棒、一月に倒れ、入院生活5か月。そのあと老々介護で、もうはや半年過ぎました。

 それなりに落ち付いた日々ですが、旅はもうム・リ・・・
お空がピカピカ輝けば、ママチャリでプチお出かけ。夜は、ずっしり本の世界へ。今はもっぱら古代史です。


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 古代史は、誰にも真実はわからない。「古事記」「日本書記」「万葉集」それぞれが、それぞれの主張をしているわけですが、お互いに微妙にくいちがっている。自分の立場のために、解釈もちがうし、作り話も入れる。誇張もする。その違いの隙間を、作家が空想で埋めていくわけですが・・・・これが・・・作家それぞれの、その人となりを映して、実に!!!大変!!!面白い!!!
 時には、新しく出会った作家のエッセイにも食指をのばし・・・・夜は静かに更けて、いえいえ、夜中も読んでいます。枕元に時計がないので、一体何時間寝たのやらわからないくらい・・・・夢ばっかりみています。

 下は、プチお出かけで、植物園、下賀茂神社、長岡の光明寺・・・・今年の紅葉はイマイチです。


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2015年11月27日 (金)

古代の系図、その行間からたちのぼる妖気???

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 作家って凄い!!!あらたに出会ったのが、小石房子氏


 「巫女王斉明」「天照らす持統」読了。面白い!!!


 天智、天武は舒明天皇と皇極の子供・・・というのは皆みなが信じています・・・ところが、ところがぁ・・・事実ではない・・・といいます。皇極は実は百済の王、武の娘・・・・皇極は重祚して斉明女帝になりますが、実は・・・・そして、天武は高向玄理・・・高向王の子で二人は百済や長安で暮らしたこともある・・・と飛躍します。だぁかぁらぁ・・・斉明女帝は亡びゆく百済に執着し、百済救済に乗り出す・・・という筋書きです。


 そもそも・・・「日本書記」は天武の命により編纂が始まり、天武死後、遅々として進まなかった。自分が今、天皇家の王で、この国は、天より天下った王家が営々と受け継いできた・・・由緒正しい家系であるということを宣言するための書物である・・・・当時の、国際社会、唐、韓や他の国々に主張できる根拠にするための本という気宇壮大なもの・・・・でも・・・だぁかぁらぁ・・・当然、誇張やウソもあるよねえ。


 そもそも系図ってヤツ、単純に信ずるのはバカなことです。ももりも、本家に系図があると聞いて、一度見てみたいとは思ったのですが、その系図が藤原鎌足から始まっていると聞いて、途端に興味はうせました。「いいかげんせえよ」って感じです。


 日本書記、古事記の行間によみとれる不審な空気・・・そこを小説にして空想をふくらませるなんて、楽しいにちがいないなあ!!!ももりもいっちょ!!!

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2015年11月25日 (水)

京都東山・・・・南禅寺

 またまた・・・相棒を送り出してから、ママチャリで・・・・せっかくの秋!!!紅葉の古都なんですもの。今日は、東へ・・・・南禅寺にやってきました。観光客はかなり。でも落ち着いて拝観できました。


 下は金地院。ご存知徳川家康の黒幕にして策士、黒衣の宰相と呼ばれた金地院崇伝が、家康の死後、東照宮をまつったお寺。もともとは足利義持が創立したとあります。


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 もう一院。ここは天授庵


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 帰り道、たまたま見つけた古い水力発電所。大正3年建設、日本初めての事業用水力発電なんですって。京都には、まだまだ見知らぬスケッチポイントがありそうです。


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2015年11月21日 (土)

西行が棲んだ小倉山荘・・・厭離庵

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 お天気は快晴。あ・あ・あ・・・・どこか行きたい!!!
相棒が「行って来たらええやん。だーれも行くなって言うたことないでえ」
「そやねえ・・・でも・・・・」
「よこで、うなうな言われてるより、いいひんほうが気楽でええわ」ですって・・・サ


 ええい!!!どこへ行こうか。来たバスに乗りこみました。ところがこれはひどい失敗・・・嵐山を通るので観光客でいっぱい。ちっとも前へすすみません。 結局、一時間かけて嵯峨、釈迦堂下車。


 ぽこぽこ歩いて厭離庵。手前の藤原為家卿のお墓へ。ふかふかした苔がと密生した竹藪の中の小道が、やっぱり嵯峨野!!!出て来てよかった。ここは観光客も少なくひっそり。ももりは嵯峨野のお寺の中で、ここが一番好きかも。


 もう、はやお昼。ゆっくり「天ざる」待ち時間に厭離庵のパンフレットを読んで驚きました。
実は、ここ厭離庵こそは、西行が百人一首を編んだ山荘なんですって。何度も来ていながら、知らなかったなあ!!!下は茶室「時雨亭」

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 その後、嵯峨野を北上。念仏寺を通り越して鳥居本へ。


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 そのあと、思い切って落合いまで歩きました。六丁峠をこえて、3・6キロを1時間10分。ここ、落合いは、清滝川と保津川の合流点で、二つの川はもう少し先で桂川となります。
 膝は案外いける。しかし、落合いから清滝までは、何度も歩いた道なのに・もう、怖い!!たよりない足は登山靴をはいていないから川沿いの石ころ道は足首が心配。あ・あ・あ・・・・・もう、2度とは、来れへんなあ。今生の見納め、歩き納めやなあ・・・滑りそう


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 やっと清滝川にかかる真っ赤な猿渡橋が見えた時はホッ。3時間のハイキングでした。

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 「あ・あ・あ・またまた帰りのバスが一時間!!!相棒死んでへんやろか???」帰宅は3時半。
無事でした。やれやれ・・・・

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2015年11月19日 (木)

♪♪♪  やりたいこと すきなように 自由にできる夢

♪♪♪ 朝の空を見上げて 今日という一日が
 笑顔でいられるように  そっと  お願いした
 時には 雨もふって 涙もあふれるけど・・・・♪♪♪


 ♪♪♪・・・・思いとおりにならない日は あした がんばろう
 ずっと見ている夢は 私がもう一人いて
 やりたいこと すきなように 自由にできる夢
 人生は 紙ひこうき 願いのせて とんでいくの 
 風の中を 力のかぎり・・・さああ 心のままに♪♪♪・・・・
 

 あささん!!!がんばってぇ!!!応援しています。


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  スケッチは、先日歩いた嵯峨、JR花園駅から5分「法金剛院」人影もまばらで静か。でも、由緒、格式一流で、おすすめです。そこから妙心寺へフラフラ・・・・・この日、紅葉は今しばし・・・

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2015年11月18日 (水)

古代への旅

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 「日御子 ひみこ」帚木蓬生  読み終えました。
変わった小説です。文学以外では表現できない世界です。やさしい語り口で、歴史以前の九州と漢、韓との交流を描いていきます。語り部は・・・まあ・・・通訳とでもいいましょうか、あずみの一族。はるかむかしに北からやってきた一族。まだ日本に独自の文字のない時代の語り部が、一族で語り継いできた倭国の歴史です。

 下は「韓委奴国王」(かんのわのなの国王)・・・ご存じ、志賀島から発見された金印です。その中の「奴」の文字は実は「那」(九州にあったな国)であったのを、奴隷の意味を持つ「奴」に代えられてしまった・・・・あずみ一族の無念の思いを代々つたえていきます。1784年(天明4年)博多湾口の志賀島から発見された実在の「韓委奴国王」金印。中国側の記録では、後漢の中元2年、57年にあたるそうです。

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 戦乱の世が続き、やまたい国に卑弥呼があらわれて、平和がきます。「親魏倭王」の肩書を魏の国王からもらった邪馬台国は、しかし、卑弥呼の死と共に、たちまち、又乱れ、「登与」が女王位についてやっとおちつきます。そのあたりは魏志倭人伝に書かれて、史実かどうかにぎやかなところです。

 下、写真は何度目かのおつとめですが、吉野ヶ里遺跡で卑弥呼時代の人達とももり。


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 相棒病んで、もう遠い国への旅は望めません。でも、久しぶりに、旅!!!遠い古代への旅を楽しみました。作家の、深い知識と空想力に脱帽・・・文学って、やっぱりすごい!!!

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2015年11月16日 (月)

日本水彩京都支部小品展  「復活」

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 展覧会は明日から。
はや、もう・・・1年半・・・手術以来、展覧会出品は続けてきました。なんとか、気力をふるい起こそうと・・・描いてはみても、結局、自分の絵も病気そのもので何ともいやらしい。見るのもいや!!結局、過去の描きそんじ・・・ももりは一枚の出品のために何枚か描いていたものですから、日の目をみなかった絵は結構たくさんあるのです。


 上は「復活」今回、病後はじめて「これで出しとこか」と思う絵を描きましたから・・・タイトルは「復活」・・・クシュン


 でも、お仲間は、みんな素晴らしい絵をだされますので、お近くへいらしたらゼヒゼヒ。

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2015年11月15日 (日)

京都 もみじたより

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嵐山、渡月橋です。相棒をデイケアーに送り出してママチャリでやってきました。紅葉は未だ少し・・・

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  渡月橋を渡って桂川・・・・幼かった釣りキチとよくボートに乗ったなあ。クレープを買って・・・ね


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 上、松尾大社・・・ここは磐座(いわくら)がご神体という。古い神社です。奥山に本物のご神体の大岩があるそうです。二人以上でないと入山できないとのことです。結構きつい登りだそうで、若い日に登っておくべきやったなあ


下は猿田彦神社・・・このあたりは若いころ、ちょっと仕事でウロウロしたことがあるのですけど・・・もうすっかり変わってしまっています。古代の神々が今もひっそりといます。


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 下は「蚕の社」ここは3本足の鳥居で有名です。人影もまばらで鳥の声がふるようにひびきわたります。こんな市内の喧噪のなかに古代のままの森があって神います感じが深い!!!・・・いいなあ!!!
 このあと、車折神社へ、回りましたが、そちらは、なんか・・・有難くない感じでした。


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 ももり自身は遠いところへは行きにくくなったのですが、マメにチョコチョコと近場の秋をうろつこうと思っています。
先日「琳派」を国立博物館へ見に行ったのですが、ものすごい人、人、人。特に、京都駅ではバス乗り場の長い行列は、最後がどこかわからないくらい、整理もできていなくて、京都に住む人間として・・・ホント・・・申し訳なさでいっぱいです。せっかく遠いところからお出ましいただいて・・・申し訳ないです。おすすめはしないなああ!!!

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2015年11月11日 (水)

私見 高松塚 ももり論

 古代史って古い学問のようですけど、今、実はとてもホットなんですねえ。「日本書記」も「古事記」も、なんぼ読んでも、どうにでも読めて、決定的なことは誰にもわからないんですから、学者、小説家、ジャーナリスト・・・その他、もろもろ・・・いいたい放題なんです。何冊か・・・大分たくさん読みましたけど・・・「ええい!!!こうなりゃ、ももりだって書いてやるぞ」って思うほど・・・はらふくるるわざ・・・です。


 例えば、かの大物哲学者、梅原猛も「高松塚は誰の墓か???」っていう本。「私本 高松塚」。これはまるで・あ・か・ん!!!下写真は「別冊太陽飛鳥」より


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 墓の主は・・・ももりから言えば、これは絶対、「永泰公主の墓」とか、唐か朝鮮半島の絵の入った墓を見てきた人物の「自分の墓はこのように造れ」って言う遺言のもとに、絵描きの工房が、何人もの画工を使って描かせたもの。つまり・・・渡来系の絵描き集団のボス・・・って言うのが・・・ももり論。それはだれか???ですって???は・は・は・・・それは、これからこれから・・・


 あの絵は描かせた人物が必ずいる。権力志向ではない。王や皇子の墓ではない!!!絵描きの墓!!!なあんてね。
 は・は・は・・・・・紅葉も進んだ飛鳥へでかけたい!!!


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 人気者、関根裕二もあかん。自分の主張にそう資料ばっかりをこじつけてムリがあるっ!!!井沢元彦もあかん!!!こじつけと弁解が多すぎる!!!黒岩十吾は品がない。

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 その中で、ゾッコン!!!十分な知識と才能、それになによりクリエイティヴで独創的!!!生身のおんなを描いて、虚と実を回転させてすごい!!!則天武后を識る持統女帝ならでは・・・これはももりイチオシ。
作家は坂東真砂子・・・・初めての出会いです。奈良女子大出身で、イタリアで建築とインテリアを学んだのですって・・・ぞっこん・でも・・・100パーセント信じないよ。

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2015年11月 2日 (月)

長岡京と中山修一先生

 京都に都を定めた桓武天皇。794年、なくよ うぐいす 平安京・・・の前10年間、長岡に都がおかれました。平城京と平安京に挟まれたわずか10年という短い造営ゆえに、仮の都、未完の都として「幻の都」と思われ、誰も興味を示しませんでした。


 この幻の長岡京が、意外や、東西4,2キロ、南北4,5キロの本格的な都であったことを明らかにされたのには、中山修一先生の存在を欠かすわけにはいきません。その「中山修一記念館」に、先日行ってきました。


 代々庄屋をつとめていた中山家は、戦後の農地解放でおおよその土地を手放すことになりました。しかし、この一区画だけは残したいと、今の土地に屋敷を建て、にわか百姓になりました。中山先生は、普段から、自分の土地であった田んぼのあぜ道がきれいな正方形を描いていることに注目し、「長岡京の条里の跡ではないか」と思っておられました。


 ある秋の日、稲刈りを終えた正方形の田んぼの一区画が、他と色が違うことに気がつきました。その一画だけが、水をふくんでじくじくしていたのです。その時、先生の頭にひらめいた一文がありました。長岡の都を京都に遷して1年ほどの後、「長岡左京三条一坊十丁を近衛府の蓮池にせよ」というお達しがあったことを思い出したのです。

 胸を躍らせて、足で実測。家に帰って、自分で作成した古い長岡京の想像図の上に自分の実測した部分を乗せてみますと・・・ピッタリ。長岡京の大通り、内極殿の位置がわかったのです。


 そのあとの生涯は、私財を投じて長岡京発掘にささげられました。今年、その生誕100年です。


下、スケッチは大原野神社。実は・・・相棒の出自である大原野石作り町は、古代、秦氏の集落であることは疑いようがありません。大原野神社には「はた」家と「さいとう」家のみが参加できる秘密の神事がある・・とは司馬遼太郎も書ていまして、どうしても一度大原野神社へ行ってみたいと思っていたのでした。石作町はそのほとんどが「はた」家で一軒だけがなぜか「山口」???は・は・は・・・相棒もいろいろ聞いてみたらしいのですがわからないとのことだったようです。

 拝観料も取らない小さな古びた神社は、拝観者にも興味がなさそうにしずまりかえっています。
「この神社に、はた家とさいとう家だけしか参加できない神事があると聞いていますが????」と聞きますと
「ああ お弓の神事ですね。終戦の年からやっていません」とのこと・・・・・あ・あ・あ・・・・・のぞいてみたかった!!!
ちなみに、中山先生の奥様は、大原野神社の娘さんとのことです。


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 下は乙訓寺・・・「乙訓」(おとくに)という地名は古事記には「弟くに」という名で登場します。やっぱり古い土地なんやねえ。


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2015年10月31日 (土)

わかげのいたり

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快適なお出かけひよりが続いています。
こんな日は・・・相棒をほっといたって、でかけなくっちゃ・・・ということで、足のむくまま、気の向くまま・・・家を出ました。



 「いつか行くぞ」って気になったいた道・・・・・鷹が峰は然林坊をすぎた裏にあるものすごく急な下り坂・・・・この道は金閣寺に続いていると聞いていました。今日こそは・・・ええい!!!膝なんか痛くたって、死にはしない!!!んだ・か・ら・・・・


 歩き始めました。だんだん森が深くなっていきます。何度か別れ道がありましたが、道標はありません。こうなると若い日の山女の意地がでて、歩き続けるっきゃない!!!

 バイクの女の人に道を聞きましたが、もう、どうやら、とっくに曲がり角を間違ってきてしまったらしい。「ええい!!!まだ日は高い!!!」案外、膝ももっています。今日は、携帯も時計も地図もない。それでもコンクリート道だから、どこかの村には出るハズ・・・・歩き続けて、やおら山がきれて、家の屋根も見え、集落に着きました。 原谷でした。お・お・お・・・はるかに北に入っています。


 原谷にはスケッチポイントもなし。1時間に1本のバスを待って・・・やれやれ 人里・・・京都の町中に入りました。

 バス停「船岡山」で下車。船岡山って????行ったような気もするけど・・・・登ってみました。100メートルちょっとの山ですが京都の南北が美しくみえます。ここから見る比叡山は富士山みたいにきれいに裾野を伸ばしています。


 すぐお隣は「建君神社」明治天皇により、織田信長をまつったといいます。上スケッチは建君神社

 下スケッチは「今宮神社」ここの道は、間もなくイチョウの落ち葉でまっ黄色になるでしょうけど・・・


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 下は有名なあぶり餅屋・・・おやおや、ポツッと雨が・・・・・・・・時雨をいそぐ もみじがり・・・・しぐれをいそぐ もみじがり♪♪♪
 さ・あ・あ・早くかえりましょう。相棒が待ってる!!!
 次回は地図くらいは用意しましょう。


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2015年10月26日 (月)

中世の町 奈良、今井町へ

 さる23日、京北町、府立京北ゼミナールハウス「あうる」主催のツアーに参加してきました。奈良、橿原市「今井町歴史的町並み」見学です。


 お空はピッカピカ。秋風もさわやかです。なぜか、このサークルの旅は必ず晴れるんですって・・・・


 まずは、今井町についてすこし・・・・
今、人気ふっとうの朝ドラ「朝が来た」の撮影地でもあります。狭い路地をはさんで立ち並ぶ風格のある古建築群。そういえば・・・・昨日のシーンはたしかに・・・・あ・そ・こ・・・
 信長とも戦いましたが降伏。その後、太閤検地にも記録があるそうで、周囲を掘で囲った環濠集落です。町内の団結は固く、防火意識も高く守られた町で、江戸後期には金融業でも大変栄えたということです。

 京都駅から参加。奈良へ・・・二上山が見える!!!あ・あ・あ・・・うれしい!!!高速道路からは畝傍山、耳成山が遠望でき、やがて、バスは橿原市、今井町へ。すぐそばには畝傍山!!


 今、黒岩重五「小説額田王  茜に燃ゆ」を読んでいて、まさしくその舞台!!!イメージがふつふつとわきこります。


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 下、スケッチは「旧高郡群教育博物館」 今は交流センター「華いらか」というそうです。


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 河合家住宅とその内部


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 建築にたずさわっていた相棒は、今、病んで、参加はできません。でも、今井町の話はよく知っていまして「ぜひ 行ってこい」って言ってくれました。お弁当とおやつをベッドの横において、一日、のんびりノンノンのゴールデンアワーです。内部の空間は柱がなく、建築的、構造的に非常に興味があるのだそうです。

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 やがて、奈良へ・・・・元興寺・・・何度おとずれてもいいのよねえ!!!!


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 「あうる」のスタッフの方々、ありがとうございました。このサークルは地元に残る城跡とか、鯖街道とか、興味しんしんの旅の企画があるのですけど・・・膝がイマイチで・・・残念ながら、指をくわえて横目でみています。

 

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2015年10月18日 (日)

どうぞ、お気楽に・・・・スルー・・・スルー

 平安京・・・794年・・・(なくよ うぐいす 平安京)

 平安京に至るまでの王家の歴史・・・・くうーーー
自分の復習と思ってアップしますが、どうぞ、お気楽に・・・スルー、スルー

 飛鳥に都をおいた天皇たち。舒明、皇極、孝徳、斉明、天智、天武、持統、文武、元明、元正,聖武・・・・濃厚な血脈です。
 現代の目からみれば、なんとも、異様な濃すぎる血脈です。天智の娘たち2人は弟(5才年下)天武の嫁になりました。持統と姉です。持統と結婚した天武・・・・二人の間の息子、草壁皇子の嫁は、なんとなんと、又、天智の娘(のちの元明女帝)。つまり孫、の嫁も又、天智の娘です。わかりますか?????何しろザーッとみて8人のお后から生んだ子供が12人。嫁が若かったら、孫の嫁にも自分の娘をくみあわせられるるわけで・・・・
 何としても、自分の血統を守り抜く強固な意志・・・当時、母親の出自こそが天皇になる資格の最たるものだったようです。


 難波に都をおいた孝徳帝、白村江の戦いの徹底的な敗北の経験から朝鮮半島から新羅と唐の連合軍がせめてくるとおそれたからといいます。そのあと天智は大津に都を遷しました。大津京です。下は京都市山科にある天智天皇陵。天智の死後、天武は元の飛鳥に都をもどしました。さらに都は藤原京へと遷ります。

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 しかし・・・濃すぎる血は、やはり問題があったようで、草壁は28歳で死にます。後には7才の息子(持統から見たら孫)を残して死にました。せっかく、ライバルの大津の皇子を殺したのにね。大津の皇子は持統の姉と天武の間の子です。つぅ・まぁ・りぃ・・・・天武は姉妹を嫁にして、草壁と大津という息子・・・宿命のライバルを生んでしまった・・というわけです。

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 天武の嫁、持統。せっかく、ライバルの大津(姉の子)を殺して、さ・あ・あ・・・天皇にしようと思ってた凡庸な息子、草壁が28才で死んだから、幼い7才の孫の成長を待って天皇にしようと持統は覚悟をきめました。天の孫・・・ここが大切!!!天孫がこの豊葦原瑞穂(とよあしはらみずほ)の国へ天下った・・・天皇は神々の孫・・・孫・・・ここが大切!!!日本書記や古事記が主張する天孫降臨の説話が作られたらしい・・・・孫は成長して文武天皇になりました。


 しかし・・・・孫、文武も25才で死ぬのよねえ。持統から言えばひ孫、7才がのこりました。
仕方なく、文武の母、天智の娘をつなぎに女帝にしたてました。元明女帝です。元明の死で、位は草壁の子、文武の姉が即位しました。元正女帝です。やっと成長した孫は聖武天皇として即位しました。ここからは・・・まあまあ、ももりが言うほどのこともありますまい。


 全く・・・敬称略で・・世が世ならももりの首はすっとんだやろねえ。

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2015年10月14日 (水)

長岡京歴史散歩

このところ快適なお出かけびより。も・お・お・・・・・もんもんとしておりましたが・・・・

 次男がお仕事休みとて連れ出してくれることになりました。
さ・あ・あ・・・・どこへ????それなら、ぜひ長岡京の歴史ポイントに立ちたい!!!次男も歴史大好き人間ですから・・・うれしい!!!!

 「なくよ うぐいす 平安京」794年に京都に都が移り、平安時代がはじまります。その前、ホンの10年ですが、長岡京と呼ばれる都がありました。勿論、興味はありましたけど、ママチャリではムリ。歩いては、ちょっとポイントがバラバラということで、未だ手つかずの歴史地区です。


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 先ずは長岡天神さまへ・・・・その後は長岡京の大極殿あと。でも、そこは、ただの広い公園で、スケッチ心はおこらず。朝堂院あとも、スケッチポイントとはなりません。でも、公園のよこにあった小さな集会所には、当時の貴族の服が・・・・いいのよねえ!!!やっぱり唐の朝廷にぞっこんだった当時のありさまがしのばれます。

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 桓武天皇という人・・・・平安京に移る前に、ここ長岡に都を置こうと考えました。平城の都は寺院が力を持ち過ぎ、先の孝謙、称徳(同じ人物)の時代に、水ぶくれしてしまった官僚機構や政治体制を、整理し、無駄を省き、一から出直そうというおもいだったでしょう。

 このところ、家にこもりっきりで、ひたすら本の世界で夢を見るのが楽しみという生活でした。相棒の介護も、それなりに落ち付いてはいるのですが、なかなかお出かけはしにくい。家にあった本をじっくり熟読。
 なんと・・・・昔、しっかり読んだらしく傍線や書きこみも多いのに、頭の中はまあっサラ。

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 長岡京については、のちほど・・・・のちほど・・・

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2015年10月 7日 (水)

森を歩きたい

 空は真っ青…こんなに青い空は久しぶり・・あ・あ・あ・・・・木々のなかを歩きたい!!!森の中の小道がいいなあ!!! 

 この道は いつかきた道  あ・あ・あ・・・・そうだよ・・・♪♪♪


 今日は相棒をデイケアに送り出して、6時間フリー。久しぶりに植物園へ、ママチャリで・・・・


 足は軽い!!!ルンルン・・・♪♪♪

 大腸癌の手術をしたのが、去年の5月だから、もう1年4か月。先日の定期検査では異常なし・・・は・は・は・・・・改めてウ・レ・シ!!!先日は1キロ500泳いだのよねえ。「あ・・・うーれし!!!もう、死んでもいいわ」なあんて、ネ。元気でいたいから泳いでるのに、元気とわかって死んでもいいってほざくなんて矛盾・・・は・は・は・・


 植物園は高齢者バス乗車証でタダ。おやおや・・・温室もタダですって・・・うれしいなあ!!!

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 モンキー・オーキッドですって。京都市植物園で初めて咲いたとか・・・・下から見上げるとお猿さんの顔にそっくり。さ・あ・あ・・直径4センチくらいの蘭です。

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 植物園を出て、賀茂川へ・・・・・まだ秋には少し・・・・その変わり人出もまだで静か。


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2015年9月23日 (水)

飛鳥サイクリング

 4連休・・・次男は食事にホテルへ付き合ってくれました。。釣りキチは2日間の釣り三昧のあと「今日は一日家にいる」って言うじゃありませんか・・「ならならぁあああ・・・一日私を外に行かしてよお」
 ということで、突然のフリータイム。さ・あ・あ・・・こうなったら飛鳥へ。最近読んでいるのはもっぱら古代です。



 古代の宮跡をたずねるべく、近鉄は特急をはずみ、飛鳥駅から自転車を借りて走りだします。空はかすかに筋雲がたなびいて秋、風はさらっと乾いて絶好のサイクリング日和。ま・あ・あ・・・走り出すと暑い!!!


 ら・ら・ら・・・♪♪♪♪♪・・・・♪♪・・・♪・・・万葉  いいなあ!!!!


 何度も来ています。今日は、マイナーなところばかり回りましょう。


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 まずは、中尾山古墳。おやおや!!!だれもいない古墳っていいのよねえ。古墳には、彼岸花がよく似合う。


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 飛鳥板葺宮跡へ。古代史を読むと必ず出てくるのは、飛鳥岡本宮、飛鳥小墾田宮、飛鳥浄御原宮・・・この3代の宮は、同じこの場所にほとんど重なってあったらしい。それぞれの当時の王が住んだところを宮といったらしいから。


 下は飛鳥資料館


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 います神社(座神社)土着の神というべきでしょうか


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 前の記事にたくさんのコメントをいただき、少しは、安保法案、自分の意見も述べないといけないかとおもいまして・・・

 平和が大切なこと、戦争はしてはならないこと…これは口に出すのは簡単ですが、自分が犠牲にならない時だけ口にできることばです。人間はエゴイスト。朝日新聞・・・あの新聞は先の戦争の間、軍部の暴力の前に、真実を知りながら嘘を報じ続けました。いま、ケロリとまた正義の見方のような口ぶりですけど・・・


 ももりは人間が存在し続ける限り戦争はなくならないと思います。かくれた歴史大好き人間ですが、歴史が好きということは人間の本質を探るということと同じと思います。過去、ずーっと人間は戦い続けていました。命が大切にされた時代なんて、ホンの夢のような期間です。戦争は向こうからやってくる。か・な・ら・ず・・・・

 先日、TVで、ドナルド・キーン氏と小沢征爾氏と、檀ふみさんの討論がありまして、そのなかで、「日本は70年間平和で・・・・今、危なくなっている」ということをおっしゃっていました。ももりも同じ思いです。平和を守るには犠牲を伴うことを覚悟しなけれは、平和を口にできないと思います。

 
 戦争になったら負けてはいけない。戦争に負けるということは、この緑豊かな大地を追い出されてシベリアやゴビ砂漠へ追いやられ、代わりに勝った国の人間がこの国土を蹂躙するということです。負けてはいけない、命をかけて守ってもらいたい。そのためには国を愛してほしい。日教組や左翼の教育は実にひどいものでした。ももりは国粋主義では決してありません。自国だけが平和だと良いとは決して思っていません。しぃかぁしぃ・・・・心配です。

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2015年9月20日 (日)

おもしろきこともなき世を おもしろく すみなすものは心なりけり

 「面白きこともなき世を おもしろく 住みなすものは 心なりけり」ペペンペンペン ♪♪
こんな句を詠んだ方がいましたねえ。 

 相棒病んで8か月・・・・静かに日々を過ごしています。

今はもう力もないし、世の中のお世話で生かしてもらっている身ですが、相棒はTVに向かって怒鳴っています。自分ほど賢くてえらい人間はいないと、いまだにおもってるんですよ。私は???


 未来のことはわからない。誰にも。戦争はきっとある日向こうからやってくる、弱かっったら負ける。強くあるためには国を愛する心が必要です。日本の教育は、ひどいもんやったなあ。私は単純です。嘘が嫌い。うそをつく国はきらいです。嘘をついても、反論が許されている国のほうがまだしも・・・ま・し。日本にも嘘を言う政治家が多いよねえ。


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 またまた、引っ張り出した井上靖・・・しっかり読み込んで4回目。ますます良くなってきます。凄い!!!
若いころ読んだときは額田王や天智、天武などの人物像に、小首をかしげ、過去の霧の中を空想で埋めたわざとらしさが気になりました。
 でも・・・改めて、こちらの基礎知識が多少とも増えて、あらためて読み返してみると・・・す・ご・い!!!

 百済滅亡。難民は船で漂着・・・・そんな日々が、日本古代にもあったんやねえ。

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2015年9月 9日 (水)

老婆心

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もお・・・・力もないし、政治的な発言はしないと決めて・・・・ます。
でもねえ…心配。平和、安全・・・・人類の長い長い歴史を見る限り、人間の本性をかんがみる限り、そうそう平和ってあるもんじゃないようです。


 ももりが生きた期間・・・歴史的にもめぐまれた期間だったのでしょう。
戦争が始まる直前に生まれ、乳児結核。「もう半年遅かったら、お医者さんも薬も戦地にいってしまって、この子の命はなかったでしょう」と言われたのに、クリヤー。生き延びました。
貧しい戦後も親に守られて厚かましく成長。


 今、相棒は障害者認定2級。がっちりと社会に組み込まれて守られています。
先日は、ももりが2晩入院して、特養ホームにショートステイ3晩。帰宅そうそう「ただいま」という前に、「もうあそこへは行かへん」といいました。

 100才以上が4人。ひっきりなしに奇声を上げる人や、同じ傾きに並んだ女性・・・・ともかく異様だったようです。

 老いは残酷です。むこうからやってくる。
今、社会に感謝します。文句が言える立場ではありません。

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2015年9月 3日 (木)

古代史謎解き紀行 関裕二

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またまたぁ・・・借りてきました。は・は・は・・・・楽しみましょう。

 2日間、入院。ポリープを二つ取ってもらいました。悪性でもなく小さなポリープなんですけど、取ったほうが良いんだそうです。
 痛かったのよおお・・・もう、何度目かの内視鏡ですが、だんだん痛くなるみたい。そういうこともあるそうです。手術で切り取った部分が細くなってるとか???


 も・お・お・・・死ぬ方がカ・ン・タ・ン・・・・でも・・・相棒をおいては死ねないよなあ


 相棒は、三日間オアズケ・・・介護保険からショートステイということにしてくれました。世の中、随分変わっています。姑の時は一人髪ふりみだして頑張ってました。


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 入院の2日間に「古代史 謎解き紀行」関裕二・・・面白く読みました。


 つぅまぁりぃ・・・・ま・あ・あ・・いろいろ言ってるけど、一番面白いポイントは、古事記や日本書記で、大悪人とされている蘇我入鹿・・・蘇我一族・・・蘇我氏の横暴を許せないとして怒った中大兄王子と中臣鎌足が、皇極女帝の前で入鹿を討った・・・乙巳の変、大化改新・・・・政治の一新は、実は、蘇我氏が進めていた政策だった、というのです。土地をいったん取り上げて公地公民とする・・・当然、私有地を取り上げられる豪族はカンカンになって怒る。しかし、それを強行して、結果、国は一つになって治まったというのですが、蘇我氏の功績を中臣鎌足と、中大兄王子(天智天皇)の功績にすりかえた。そして鎌足は・・・実は・・・実は・・・百済の王子、豊璋・・その人であった・・・というくだり。


 中臣鎌足が白村江の戦いの間、歴史書にまるで登場しないから・・・というのです。中大兄王子を取りこんで、母国百済の救援のための白村江への倭国からの救援出兵を策略した…というくだり。


 確かに、公の歴史書は必ず、勝者が書く。自分が滅ぼし去った敗者を悪者と書きたてて、自分の行為を正当化する・・・ってのは常套手段ですけど・・・


 いろいろ議論が飛躍して・・眉につばをつけながら…それでも、けっこう面白く読みました。好きに言えて、ええ時代やねえ。奈良、飛鳥や葛城や二上山・・・大好きで、よくふーらふら歩きまわった土地でしたから。

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2015年8月26日 (水)

レオナルド・ダ・ヴィンチ

 京都文化博物館で公開中の「アンギアリの戦い  レイナルド・ダ・ヴィンチ」を見てきました。


 台風の影響か、朝イチで案外人も少なく、ゆーっくり、のんびり のんのん


 フィレンツェのベッキオ宮殿、今も、市役所として使われているその建物の壁に描かれていたレオナルドの「アンギアリの戦い」その向かい側の壁面には、ミッケランジェロの「カッシーナの戦い」が飾られていた・・・・今はどちらもない・・・・しかし、何人もの画家が模写をしていて、レオナルド自身のエチュードもたくさん残っている・・・・あのルーベンスの模写もある。何年間か未完の壁画が飾られてあったことは間違いない。ひょっとして・・・・今は、ヴァザルリの絵になっているその壁面の奥に、レオナルドの絵が残ったたままなのでは???たぁしぃかぁ・・・当時の建築設計図はあって、今より20センチほど壁は広いとか・・・ヴァザルリの絵の壁面をはがしたら後ろはレオナルド???


 この話は有名なミステリーです。今も研究されているらしい。でも、当時、1500年前後は油絵具の研究開発段階で、レオナルドは使用したメディウム(溶剤、溶き油)がよくなくて絵を途中でほっぽりだして、未完成のままだったとか????ミケランジェロの作品も下絵の模写はのこっています。でも、教皇様から別の依頼を受注して、フィレンツェをほっぽって行っちゃった・・・とか・・・
 


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 上はミケランジェロの「カッシーナの戦い」の下図


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 フィレンツェの町を一人でふらふらしてたのは、一昨年前・・・あ・あ・あ・・・・・自由な日々は遠くなった・・・


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 下2点はレオナルドのスケッチ。やっぱりぃ・・・す・ご・い!!!

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2015年8月22日 (土)

古い時代

 相棒は、8時半、デイケアにお迎えの車ででかけました。家の中はシーン。このシーンがうれしいのよねえ。もともとあまりTVを見ないももりでしたが、相棒はTVのお守りで休みます。起きていても、ねていてもTV。

 2階は相棒のテリトリーで、ももりは一階を占拠。棲み分けは完璧だったのですが相棒に領土を占領されてしまいました。


 長い間、高い健康保険料を払わされて、「人様のために、払ってる」なんて豪語していましたが、今、本当に健康保険と介護保険のお世話になっています。ま・あ・あ・・・世の中から言えばお荷物になってしまった・・・

 いろいろと不足な言い分はよく耳にしますが、ももりは感謝しています。これだけのことをしてもらえる国は世界中にそうたくさんはない・・・にちがいない。

 3時に帰ってくるまで・・・こうして久しぶりにパソコンと遊びました。

 子供のための「古事記」着々と読み進めています。ノートを作って、まずは、しっかり頭にいれようと・・・・ところが・・・・何度読んでも・・・ちぃっとも頭に残らない???は・は・は。こりゃ、治療の必要なのはこのももりメの頭の方です。


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 しかし・・・次々と疑問がわいてきます。もう一度、万葉集に戻ってみなくっちゃ。それにしても・・・以前なら興味を持ったらすぐに現地に取材に行ってスケッチと記事をアップしたのにねえ。写真はそうとう古い。九州は吉野ヶ里遺跡にて。卑弥呼たちと

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 ア・ア・ア・・・・・ゆーっくり行きたいなあ!!!

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2015年8月17日 (月)

子供のための「古事記」

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 暑い中!!!まったくぅぅうう・・・こう暑くっちゃたまらない・・中を図書館へ。

 「古事記」7冊借りてきました。すべて児童書です。


 「古事記」読みたいんですけど・・・
 「何才くらいのお子さんですか???」
 「わ・た・し」にっこりわらった図書館のお姉さんは。この棚のあたりですって教えてくれました。


 「こんなに借りてもいいでしょうか」
 「いいですよ。もちろん」
 「でもぉお・・・・子供さんが読みたい時に本がないでしょう」
 「子供は古事記を読みませんから」ですって・・・・
 「できるだけ早くよみます」って、7冊借りてきました。

 児童書って大好き。実によく考えて書かれています。イラストや絵も楽しいし・・・私にもわかる。

 終戦記念の日にあたり、昭和天皇のTVも、いくつか見ました。大体好意的な見方だったようです。あらためて・・・どこかの将軍様みたいな人でないことをうれしく思いました。実に世界を知らない、知的レベルの低い軍人が日本人を奴隷にしたかつての戦争でした。敗戦で一番良かったことは、あの憎むべき軍が解体されたことです。世界に類のないこのユーモラスな日本の神話を読んで、あらためてこの国の特異な世界観に目を見開く思いです。

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2015年8月12日 (水)

びっくり仰天のおくりもの

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  素晴らしい!!!凄い贈り物をいただきました。しかも、お手持ちではるばるとお持ち下さったのです。本当にありがとうございました。いつもブログで懇切なコメントをいただいているお方。お家で取れた食べ物の記事に「お近くに住みたいなあ」とか・・・おねだりしてましたから・・・・申し訳なかったです。


 イチジク、スモモ、それに・・・めずらしい!!!むかごご飯!!!写真は思わず少し食べちゃったあと・・・もっとたくさんあったのですよ。おいしい!!!甘い!!!ジューシー!!!
それにしても・・・こんな立派な収穫物が・・・・このせせこましい中京では夢のようです。

 なんとなんと、当日、わが家の相棒の介護の打合せ時間とばったり合ってしまいました。急いで走ってくださって・・・この暑い中を・・・本当に申し訳なく、ご住所もお電話番号すら聞かず失礼してしまいました。もうしわけない。心臓は大丈夫でしたでしょうか。

 

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