バンザァーイ!!!ブログ、回復!!!
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最近、こんなに感動した映画はありません。会期中に、もう2~3回は見に行きたい!!!もう、ゆっくり立ち止って眺めていたい風景の連続なんですから。とも角、映像が素晴らしい!!!
若い頃、ももりも立山にテントを張って剣へ登る予定の山行きに参加しました。でも、お山は荒れて、テントが吹き飛ばないようにポールの継ぎ目にしがみついて2晩。ももりごときが・・・って、きっと山の神はお怒りになったのでしょう。
それにしても、なんという一途な男達の純情!!!明治40年・・・日本の軍隊が、どうしようもなく増長し、傲慢になっていく頃のお話です。

もう、ずーっと大昔、ももりだって、この近くを歩いていました。荷物だって???さ・あ・あ・・・20キロ以上はあったんでしょうネ。

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TVで「篤姫」以来の幕末、明治への興味・・・歴史への興味ってジグソーパズルみたい。知れば知るほど理解しやすくなります。ももりのジグソーパズルも大分詰まってきました。
誰だか、今の政治家「大政奉還」なんてぬかしてるよなあ!!!ももりの見るところ、結局、慶喜の負け犬が政治を朝廷に還し奉ったってもんじゃないの???薩摩と長州が武力で幕府を乗っ取ったんでしょう。
大体刀を振り回して、ちょんまげなんてダサいと思って嫌ってた分野なんですけど・・・・日露戦争くらいまでなら・・・ドラマティックだし、身につまされて読めます。それが太平洋戦争になると、もう読んでると腹立たしい!!!指導者がヒドすぎるから。 我が家のご先祖様も日露戦争、沙河の戦いで死んでいます。乃木希典の下手な作戦で、犬死にですよ。そんな、ご先祖様の必死の思いの上に、今のお気楽日本がある。危機感もないし、先の見通しも誇りも何もない今の政治がある。大政奉還???カッコつけるんじゃないよ!!!/strong>
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「アトリエ桃源」展の出品予定作からアップしています。写真は先日、東京都美術館「日本水彩展」で、不破賞をブッ飛ばしたS・康子さん。タイトルは 「夜のガスパール」ラヴェルの曲から。ガスパールって悪魔なんだそうです。どうですか・・・やっぱり、音楽をやっている人にしか描けない画面です・・・凄っごい!!!
夏目漱石に「夢十話」と云う短編があります。
有名な仏師、快慶が教王護国寺で、大きな仁王を彫っていると聞いて、作家は見物に出かけます。人だかりの中で仏師は一心にのみをふるっています。パッと木屑が飛び、鼻が現れ、次の一のみで・・・鼻の穴が・・・大文豪はこんな俗な表現をしていないはずですが、うろ覚えなのでお許しください。ももりが貰ったイメージです。大文豪は「ウーーン・・・うめえもんだ」と、思わずうなりました。
すると、横にいた、卑しげな車夫・・・当時、車曳きは、まあ、高尚とは見られない職業だったらしい・・・が云いました。
「ありゃあ・・・難しいってモンじゃねえ。元々木の中に仏はおって、仏師の先生は、それを掘り出しているだけさ」
ももりは講師なんていっていますけど・・・絵はみんなの中に既にある。一人ひとり、全く違う世界、絵がある。それを掘り出したい!!!決して教えたりはしない・・・と、常々思っているのです。
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今、好きなのが、毎日新聞朝刊連載の「下流の宴」 林マリコさん。
彼女の書くものを読むのは初めてですけど、新聞を待ちかねて真っ先に読んでいます。
表向きばっかりを飾って、背伸びする母親。娘と息子・・・二人は美形ですけど、全く今風です。娘はカッコイイ男をゲットして楽したい。期待の息子は、早々と中学で落ちこぼれ。
この、アホ息子の彼女っていうのが、ももりの大のお気に入り。ブスでデブ。でもしっかりして賢い前向きの女の子です。彼女は質屋の店員。ブランド品を持ち込んでくる売春少女や、おカマの東大不到達の世間知の男・・・世間の裏側なんかなあ??今の世の中、こうなんやろなあ・・・
ここで、ももりに一つ、作家にお願いがあります。ドンクサく、でも、必死に誠実に働いてるのが殆どの若者。それでもお給料は異様に安い。プータロウばかりじゃなく、必死に働く方も登場させて欲しいなあ!!!今の若い人、ホント、苦しんでるんですから。価格競争のしわ寄せが、ゼーンブ裾野に行ってるようなんですから
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昨日は美術館でお当番。考えて見れば美術館の受付でお当番なんて、ながぁく憧れていたことでした。自分の描いたものがこの美術館の壁面に並ぶ・・・なんてウレシイことでしょう。ゴッホやピカソが並んだ同じ壁面に自分の絵が並ぶんですもの。専ら見る方ばっかりだったももりが見ていただく側になっているのです。書をやっていました時には、「京展」や「現創会展」に、何度か並びましたけど、絵が並ぶ方がうれしい!!!それは、100パーセント創作だから・・・
今のももりには、絵が社会への窓口。この窓から、人様へ声をかけたり、ウインクしたり・・・ナアンテうれしい!!!
下はMarsalさんがアップしてくださった「森の小枝」展。手作りケーキ屋さんです。Marsaさんはパッチワークの素晴らしいページをお持ちです。そちらへゼヒゼヒ・・・あ・れ・れ???どうも、上手く写真が入りませんが・・・どうも機械によわいももりですがアドレスからどうぞ・・・下はMarsaさんの文字部分だけ・・・どうですか???湯葉ちりめん!!!おいしそう!!!
http://www.eonet.ne.jp/~pinwheel/yushin.html
季節を感じる。
ゆっくりしている時と、バタバタと忙しい時が、交互にきて、
バランス良く、マイペースに、家事や趣味のことをできたらいいんですが・・・
近所のスーパーに行くのに、大きい交差点をわたります。
この交差点を通らんと、何処にも行けへんのですけど、その交差点の植垣に、
クチナシの花が咲いています。
信号待ちしていると、甘~~~い良い香りが、、、ここは、早春には沈丁花の良い香り。
桜が終わった頃に、はなみずき。排気ガスや埃っぽいところで、洗濯物も黒くなるような西大路通り。
ゆっくり歩いているような人は、ほとんど居ないような、交差点ですが、
こんな街のど真ん中でも、季節を感じさせてくれる・・・
「湯葉ちりめん」を炊きました。
(湯葉、おじゃこ、山椒)を、お酒、みりん、薄口、ダシを少しで、煮汁を少し残すまで煮詰めます。
常備食に、ちりめん山椒やお豆をよく炊きます!
買ったらけっこういいお値段ですしね。こないだの、山椒昆布もまだ残っていますけど、暑くなると
こういうモノがあると、食欲がないときもイケますし・・・
これからは、ゴーヤやセロリの佃煮も作りましょ。
そろそろ、入梅ですか?
夕方から急に蒸し暑くなってきました!
どうですか???ステキなお方でしょう!!
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今日から、京都市美術館別館1Fにて、「京都水彩会員会友展」。ももりも出品しています。おついでがありましたらゼヒゼヒ・・・下はももりの出品した「光あるうちに」
ずーっと「ソドムの街」と云うタイトルで描いてきました。ソドムは旧約聖書の中にでてくる町。あまりにも思い上がった人間どもの所業に、ある日、神の怒りがりそそぐ・・・人工的な大都会の孤独とか不安とかを描きたかったのです。迫り来る老いの不安も込めて・・・でも、もう、変えました。老いは現実のものとなったし、残り少ない人生を、愉しまなくっちゃって。「光あるうちに光の中を歩め」って云ったベートーベンの言葉を借りて「光あるうちに」に変えたのです。横から誰かが言いました。
「そやそや。目が見えてるうちに描かな・・・あかんでぇえ」

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明日香石舞台へという看板を見て細い道を走っていましたが、他には人影もなく、「この道であってるかなあ???」って思っているところへ小学3年生くらいの実に可愛い男の子が自転車で追い越しました。
「この道から石舞台へ行けるの???」
「うん・・・・一緒に行きますか」
でも、男の子は、のぼり坂だってヘッチャラ・・・ももりが遅れてオタオタと上っていきますと、男の子が待っていてくれます。
「もうすぐですよ」
「アリガトね。・・・おばちゃん、そんなにスピード出せへんのよぉ・・・」
男の子は、又、先へ走って見えなくなりました。でも、しばらく、オタオタ上がっていくと、又待っていてくれるのです。やがて、石舞台公園に到着。
「さいならぁあ」・・・って、なぁんて可愛い!!!
この前来た飛鳥、春、雨に濡れてしゃがみ込んでいた明日香大仏詣でも思い出します。あの時の、道を教えてくれたおじさんと言い、この男の子と言い、飛鳥人は今も、何て心やさしいんでしょう!!!田んぼのあぜで買った200円のいちご。あぜ道に座ってゼーンブ食べました。美味しかったなあ!!!
写真は30年近く前の石舞台。下は今回・・・記憶の中の石舞台は、もっと荒れた田んぼの中にあったような気もするなあ
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明日香のこといつも書いてらっしゃる酒徒善人さんのブログに刺激されまくって、昨日、明日香へ行ってきました。レンタサイクルにはもってこいの曇り空。一人、明日香風の中を快調に走ってきました。そういえば・・・明日香風・・都を遠みいたずらに吹く・・・とか???万葉にあったっけ???

上の写真は、今、もはや、アラフォーの息子がこんな小さかった時の猿石。今は御陵の柵の中にあって、一緒に遊ぶナンてことはできません。御陵は皇極(斉明)天皇の生母、吉備のひめみこの桧隈のお墓ですって。皇極女帝といえば、曽我入鹿が首を切られて、首がふっ飛んだとき、御簾の中にいらした女帝でしたよね。
この猿石、ホンモノかなあ???この時の明日香のことは、もう覚えていませんが、どんな状況やったんでしょ???
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ももりが旅行するって言いますと
「マタ イクノン!!!ようアソブなあ・・・ドコ イクノン???」
「いくら ツコテンノン???」
突っ込むのは、ももりの小さな書道教室の小学5年・・・ッタクー・・・最近の子はお金にはシビヤです。
確かに、最近、ももりは何でもカンでも遊びにしています。旅行だって、目的地は全く発作的、行きあたりばったりです。何かを追求するなんてモンじゃありません。でも、こうなるのは、相棒とももりの全く相和しない性向のせいなのです。
ももりは綺麗な赤い屋根の農家や教会のあるヨーロッパへ行きたい。だって、スケッチがうれしい。相棒は「フェン!!!・・・人間なんて・・・やっぱり自然!!!」
相棒はもう、70才を過ぎていますが働いてくれています。「もう、あと5年やなあ」って、関心は専ら旅。ももりだって、若い頃から、旅は何よりダイッスキ。
だぁ・かぁ・らぁ・・・好いじゃない!!!行かせてよ。上手にお安い旅を探すから・・・・
「ネッ マーくん」
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本は大好きのももりですが、今、とても楽しい本がこれです。
先日、当ブログで「児玉源太郎」のことを書いた読みやすい本があったら教えて下さいって書きましたら、教えてくださったのが古川薫「天辺の椅子」。早速、図書館へ行きました。
「その本は中京図書館にはないから、よそから取り寄せましょう」ですって。でも、その時に出会ったのがこの4冊。児童書です。家に着くのももどかしく、読み始めました。お・も・し・ろ・い!!!なにより、わかりやすい!!!さすが児童書・・・
幕末に興味を持ったのは、TV「篤姫」以来で、ゴク初心者です。高杉晋作と吉田松陰をゴッチャにする程度・・・本ってジグソーパズルみたい。知れば知るほど時代が立体的に見えてきます。のめりこめる本がないときの脱力感、無力感・・・この本で少しはシャンとしました。横は、お気に入りの栞。皮製で、カンガルー君が本に手を掛けてページを教えてくれます。お土産にいただいて、私のとこへ来てから・・・もう、ン???十年。ういやつです。先ほど、図書から連絡あり「申し込んだ本が来ています」ですって・・・さ・あ・あ・・・忙しくなるわ
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朝顔の絵、編集者に渡して、ホッ。なんだか気分だけでスッゴク疲れてしまいました。若い頃はこんな事はなかったんだけど・・・
「どうも、気に入らないんですけど・・・」
「え???好いんじゃないですか???」ナアンて云ってくれまして、ホッ。
その足で、一人で乾杯!!!お気に入りのレストランで、一人ランチ。緑色で、ドロッとするほどバジルが掛かってるパスタ・・・私はいつもこれ!!!ワインも張り込んで・・・入金もありましたから、自分に乾杯!!!のつもりが・・・ドッと疲れが出てしまいました。年やなあ・・・スケッチブックはカバンにあるし、お天気は良い。ちょっと、妙心寺へと自転車をこいだのですが、見学する気力なし。帰宅しました。描きたいものだけ描くのなら、ちっとも疲れないのになあ・・・
まったく・・・こんなもんではなかったのになあ。スケッチは、未だ夢の続き・・・黒部平の赤岳
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ある依頼に応えるべく、朝顔を描こうとしています。頼む方はなんだって描けるって思ってるかもしれないけど、そんなモンじゃないんです。スケッチをしっかりした事がないものは描けません。それでも、何枚か描きましたが、どうも気に入りません。
スケッチはけっこうマメなつもりですけど、朝顔は描いてない。朝顔よりは鉄線。バラよりはひまわり・・・ももりにだって好みがあるのですから。
「植物園なら朝顔も咲いてるかもしれん」と、思って出かけました。でも、ゼーンゼン。その代わりバラは見事でした。退園時間が迫り、出口へ。どこからとなく馥郁とよい香りがただよっています。薄紫の霞のような花を一杯つけた老木がありました。「せんだん」っ書いてあります。「せんだんは ふた葉より かんばし」って・・・あの、せんだんかしら???。描けないけど、締め切りは今日・・・あ・あ・あ・・・かんにんしてよ。これで・・・もう、諦めてもらうしかないっか。
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格安パックツアーの目玉はこの大谷ウオーク。もっと早く来ていたら、壁ももっと高く、雪も真っ白なのかもしれません。案外雪が汚れています。黄砂なんだそうですが、地層のように縞が入っています。何日の黄砂だかもわかるんですって。お山の上は、全て電気自動車で、排気ガスは出ていないそうですけど。
中国から来るという黄砂。随分前ですけれど、シルクロードを旅した時のことを思いだします。蘭州の朝、空がどんより曇っています。砂漠なんだからギラギラ日が照りそうなものなのに。それに、空気がひどく臭い。石炭を燃やした時に出る臭いです。そうか・・・中国は石炭を焚いてるんや・・・露天掘りで豊かに出る石炭を、各家庭、工場で遠慮なく燃やしているのです。スモッグなんですよねえ。霧で有名なロンドンも、石炭を焚くからだったといいます。その粉塵が黄砂と一緒にこのアルプスの雪を汚しているのでしょう。何とかしてほしいなあ!!!
でも、陽だまりで、お山を見ながらお弁当を食べて、本当に幸せでした。
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この古写真は立山を縦走して、別山頂上で撮っています。みんなで何見てるんやろ??後は剣岳。この仲間達・・・元気でいるんやろか???まだ、山登ってるんやろか???この愛すべき好青年たちも、もう、70近いおっさんか???それぞれがいろんな人生送ったんやろなあ・・・旅が好き、スケッチが好き・・・下は今回会えた剣岳、右後ろ。手前は剣御前

スケッチは、50年近く前の、その時の山行きのもの。雲の平より薬師ですって。今まで行ったところで一番行きたいところは???って聞かれたら「雲の平」って答えます。まだ小屋もなく、小屋を建てるための材木がホンの2重ねくらい積んであっただけ。だぁれもいない北アルプスの奥懐は、お鼻畑とそよ風だけでした。お米を洗う水が、手がちぎれそうに冷たかったなあ!!!あ・あ・あ・・遠い日よ!!!雲の平の今はどんなのでしょうねえ。
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右から2人目がももり。この山行きは立山にテントを張って、剣にのぼり、水晶、薬師、野口五郎を越えて、槍へと向かうコースでした。途中、右の女性が高山病でバテテしまい、ももりは付き添って有峰へ下山してしまったという痛恨の山行です。その時、立山は荒れ、テントが吹き飛ばないようにつなぎ目を握って2晩過しました。
それ以来、ももりが立山に行くとお山は荒れます。以前行った時は、ケーブルが大きく揺れ、「のぼりとうないなあ」と、思いつつ黒部平から、大観峰、室堂へ。小屋から顔を出すだけで、吹き飛ばされそうな強風に恐れおののいて退散。何となくジンクスを恐れて、敬遠していたのですが、今回、思い切って格安パックツアーを見つけ、参加しました。

1日目、木曾御嶽山・・・ここは雨。ロープウエーにはのりませんでした。真っ白な霧の中だったんですから。2日目、栂池の朝、周囲は真っ白な霧です。あ・あ・あ・・・又かぁ・・
ところが、ケーブルやロープウエーを乗り継いで、3000メートル級まであがりますと、そこは真っ青な空。なんとも・・・うれしくて、スケッチをしまくりました。前回、何にも見えなかった所もゼーンブ取り返しました。写真はもう、50年近く前。もう、遠い思い出になってしまったけれど、山に夢中だった日々があったのです。今回、室堂までは行きませんでしたが、今ではすっかり変わっているんでしょうね。左へズーッと行くと室堂です。
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どうも、ももりの頭では理解できないこと。インフルエンザはピークを過ぎて終息に向かっているとか???
ももりは不精で横着ですから、予定通り、無料名画鑑賞会にも行ったし、格安パックツアーにも行ってきました。マスクも買っていません。
大して深刻な状況にならないのなら、サッサと感染して、体内に抗体を蓄えた方がおトクなんじゃない???不謹慎ですか???人間を無菌状態で生きさせるなんて、デキッコない。余り、清潔すぎて育ったから、かえって、アレルギーとか、過剰な免疫反応が起こるンだとかも聞いたような気がします。
ウジャウジャ病原菌がいる所でも、感染しない人は感染しないっていうことなんでしょう???全員が抗体を持ってないのに終息するって???理解できないなあ???ウイルスが疲れるの???勿論、コレラやペスト、近くはサーズ、エイズ・・・こんな重篤な病気は別ですよ。スケッチは格安パックツアー。栂池はすっかり霧の中
今回のは豚インフルエンザっていうから、ももりは感染しやすいかと思ってました。豚ですから。でも60ナン才か以上はかからないとか???訳わからんなあ???
友人の中では、感染を恐れて外にも出かけない人も実際いますけど・・・ま、普通の風邪程度で終わって幸甚です。
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「京都は凄いなあ」と思う瞬間。息子の中学時代のこと、クラスのある子の家に集まった事がありました。ひょっと見たら床の間のお軸。見慣れた図です。常盤ご前が牛若を抱き、今若、乙若の手を引いて、伏見の山中を彷徨う図。雪が斜めに降っています。応挙の落款がある。
「エッ!!これって、丸山応挙ちゃうのん???」
「いやあ、あなたくらいよ。そんなこと言うてくれたん。おじいちゃんが、これは大事なモンやって言うたはったんやけど・・・」
その横のふすまの上の扁額には「松勝花」・・・これは誰かはわからなかったけど。
有名な頼山陽の詩が書かれたお軸を見たこともありました。
書道やっていて、時にぎょっとする場面に遭遇します。それは
「あなた、書をやってはるんでしょ。これ、読んで下さい」って云われること。これは、とてもとても・・・
文字の崩し方には、個人の癖も強く、時代によっても違うようです。書式ってのも知らないといけません。くしゅくしゅっと曲げて「・・・ござそうろう」とか・・・マイルなあ!!!こうなると判じ物です。現代の書なんあて、とてもとても・・・明治村で見た明治時代の農夫の手紙。凄い!!!・・・まいったなあ!!!
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漢字検定の前理事長親子逮捕・・・検定ってものを食い物にしたって感じで扱われてますけど、検定そのものがあいまいなものです。ももりも、過去に、いくつか検定を受けました。英検、スペイン語検定。漢検は受けていませんけど・・・書道やってて、相当漢字については突っ込んだつもりですが、記憶力はトンと、弱いから。
ももりの教室のお弟子さんたちが、一時、みんなで頑張ってまして、「センセも受けたら???}って云ってくれてたんですけど、パス。みんなの持ってる過去問題集なんかで、ももりがいけるのは2級とまり。1級は、これ以上知っても意味無いって云う内容でした。大体、検定試験って、意味があるのは、2級止まりと感じます。これくらいは知っていて欲しい、と云うくらいまでで試験は良いんじゃない??1級とかになると、問題にムリがあって、コジツケやムリに引っ張り出したようなマニアックなものが多いですから。そもそも、そんな記憶に偏った勉強するなら、本を読んだ方がよいと信じます。

書道にも検定があります。非常に高度な難しいものから、安易な、教室の先生が勝手に「はい、ペケペケ段合格」ってものまであります。ももりの所属する会の試験は、相当難しい。師範なんかは、何年も掛かります。その代わり受験代がお安い。良心的といえるでしょう。簡単なものほど、受験料はお高い。お金を払って受けたら、必ず合格なんて???こういうのこそ問題にしたらどうですか??スケッチは同志社大学。
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アメリカへ旅立つ日、買い忘れたちょっとしたものを買いにご近所のスーパーへ。行く前にお財布に5000円札を追加。たしか・・追加した??そして買い物。5000円出したつもりが1000円分のお釣りをくれました。
「エ・エ・-ッ!!5000円出さなかった???」
レジの女性は不審な顔。至って自分の行動に自信のないももりは、サイフの中を覗きましたが5000円札は入ってない様子。入ってるか入ってないかがパッとわかるサイフの中の状態には常にありません。後にたくさんのお客も並んでるし・・・証拠もない!!!。籠を覗いても5000円札は落ちてない。そこを踏みとどまって突っ込むほど、心臓も強くなく、自分に自信もないももりは、そのまま引き下がりました。家に帰って、お財布をじっくり点検しても、5000円札はない。1000円札もあったんやから、1000円札を出したんやろか??
「あ・あ・あ・・・今度からは気をつけよ。授業料やと思わなしょーないっか・・・・」そして旅へ・・・
帰って翌日電話です。
「もしもし。スーパーマルペケですが・・・先日お釣りを4000円少なく返してしまったんです」
「エ・エ・ッ・・・やっぱり。確かにそうだと思ったんですけど・・・」
「お返しします。ホッとしました。毎日お電話してたんですけど・・・ズーッといらっしゃらなくて」
スーパーでは、誰がいつ、いくら買ったかすぐわかるんですって。ミスはレジ係りの責任で、一円たりといえども、計算が合わないと始末書モンだとか・・・尤も、会員証を作ってなかったら、それは困難で、レジ嬢にとってはもっと大変なんだそうです。ももりの家のヒンソなお買い物の中味から、お財布の薄さ加減だって、ゼーンブわかってるんでしょうねえ。
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我が家の洗濯機。3年ほど前に購入したもの。コイツは、ホントに文句が多い。洗って、次に脱水。すぐにピーピーと文句を言います。洗濯物がどちらかに偏ってるとか、云うんですけど、全自動なんやから自分でやったら???水が少ないといってはピーピー。仕事が終わったといってはピーピー。一度の洗濯に、さ・あ・あ・・5~6回はうなります。
大分前から、水道から水を取り込むホースから水が漏り始め、先日、とうとうジャージャー漏りはじめました。機械にはトンと弱いし、家電店に行くのも億劫で、それ以来手動。水を張って洗いは機械、機械で脱水して水を張り、手ですすぎ、機械で脱水して・・・ええい!!面倒くさい。横の大型タブにイーッパイ水を張って、思う存分自分の手ですすぎます。元々、何となくすすぎが不完全な感じがあって、いつもすすぎなおしていたんですから、これは、これから夏に向かって、気持ちよく苦になりません。
そもそも、 機械って、ちゃんとセッティングしたら、完全自動になるんでしょうけれど、ももりには、むつかしすぎるんですよねえ。ナガーク使ってた先代や先々代の洗濯機みたいに、その都度、自分で加減できる方がわかりやすい。これって、きっとオーブンレンジや、カメラやパソコンなど、みんなに言えることでしょう。ゼーンブの機能を使いこなしたら、そりゃあ、いいんでしょけど・・・使い手にはアホもたくさんいるってことも考えて設計してほしいなあ。スケッチは吉田山から下りて、真如堂
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ハトヤマやオザワの顔がTVに映るたびにチャンネルを替えるもんだから、見る番組がありません。勿論、アソウが好きっって云ってるんじゃありませんよ。
でも、ももりは弱犬の遠吠えって云うのは、やって失敗するよりもキ・ラ・イッ・・・・シッポをたれて、弱々しい上目使いで、口を開けば愚痴ばかり。人の悪口しか云えないなんて、サイッテイ!!!前原さんなんか、いいなあと思ってたのに、あのガセネタメールでは、ガックリ。まだしもフランケン岡田の方が・・・いいかなあ!!!
民主党がしっかりしないから、政治は今のていたらく。何にも野党の役割りを果たしてない。税金泥棒にはお給金をあげません。

スケッチは京大周辺から吉田山へ・・・むこうに見える三重塔は真如堂 吉田山は少し不安になるくらい人影を見ません。でも、お散歩には最高です。
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つらい、しかし、何とも強烈な映画です。やさしいタイトルとは全く違う世界を、平和ボケの頭に突きつけてきます。
タリバンが破壊した大仏のある洞窟。あの報道はまだ記憶に新しいですが、映画は、この周辺の無数の洞窟に住む人たちの物語。6才の少女バクタイのある日の出来事を追っていきます。
バクタイは字が読みたくてたまりません。学校に行きたいのです。でも、「女の子に学校はいらない」と、母親には言われています。学校に行くにはノートと鉛筆がいる・・・お金をもらえない彼女は、4つの卵を売って12ルピーを得ようと考えます。市場へ行って、一生懸命売るのですが、誰も彼女を見向きもしません。卵は二つ、割れてしまいました。
当時、男の子の間ではやっていた遊びは「タリバンごっこ」木の枝を銃に見立てて敵を撃ちます。目の周りの手で作った輪は双眼鏡。敵を殺し、石投げの刑に処し、拉致します。このワルたちにとって、戦争は日常の出来事だったのですから。バクタイから取りあげたノートは、ベリベリと破られて紙飛行機に・・・それを目がけて、ワルたちは真剣そのもので木の銃を撃ちます。アメリカのスパイ・・・執拗に追われるバクタイ。タリバンごっこでは、木の銃で撃たれた時、死んだふりをして、バタンっと倒れたら開放してもらえるのですが、彼女にはそれがわからないのです・・・映画のその先は、どうぞ、映画館へ!!!忘れられない映画です。

この映画は、「カンダハール」と云う映画を撮った監督の、19才の娘が撮った映画って云うのがマタマタ驚きです。大人たちが戦争のことしか教えなかったら・・・子供達はこんなんに怖ろしく、凶暴に育ってしまう・・・考えさせられます。それにしても、荒涼とした砂漠に住む人間達に営みの厳しさ・・・日本人も、もう一度深刻に考え直さないといけないようです。「カンダハール」も忘れられない映画でした。
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「チットは瘠せたら???そんな重たいの、誰が介護するねん???」
「今に、急に瘠せて、癌やって言われるって」我が家で繰り返される会話です。
ももりは癌家系。父、57才、兄、68才、母、82才、癌で死にました。ももりもその内、癌で死ぬと決めて??います。でも最近、癌で死ぬって恐れることないってことに気が付きました。というより、癌は治るか死ぬかのどちらかで、それ以外の結果がない。長く介護をされるという状態になりません。
家族の介護疲れから、介護うつになっている友人達が身辺に何人もいます。それらを見ていますと、自分は介護されたくない。サッサと死ななくっちゃ。
病気以外で死ぬのは大変なようです。病気なら、高額医療費の手当てもあるようですが、ホスピスとかベッドとかは、非常に高額です。おやつから入浴、お遊びまで付いたホスピスは、一見、親切そうでも、少しでも、異変があると早速病院へ走りこんで、しかも、3人も介護人が付き添って・・・そして、その費用は、直ちに家族へ・・・強制的に差し引かれている介護保険金は、どう使われているのでしょうか。
いまだに、ももりの体重は増え続けています。まだ、癌ではない???strong>
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6月は展覧会が4つもあるハメに陥りました。
6月2日(火)~19日(金) 森の小枝展 これは、ケーキ屋さんの壁面に友人達と
6月1日(月)~10日(水) 日本水彩展 東京都美術館 ももりの本命です。写真を撮らずに出品してしまいました。会場でどうぞ・・・
6月9日(火)~14日(日) 京都市美術館1F 京都水彩会友会員展
6月23日(火)~28日(日) アトリエ桃源展 これはももりの主催するグループ展
昨日、頼まれていた本の表紙絵も、編集者が受け取ってくれたし・・・東京へ、絵は送ったし・・・チャクチャクと・・・進んではいます。上は日本水彩に出した絵。この段階から大分変えていますけど・・・
どうですか・・・まああ・・・一度に済むってことでもある。それが終わったら・・・旅するぞーーー!!!
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ももりのことを、スッゴク物知りだと勘違いしていらっしゃる方が多いようで、時々、面食らってしまします。幕末についてのももりの興味はTV「篤姫」以来で、まだ、ほんのチョイかじりです。でも、当分は幕末でいきましょう。特に、今、興味のあるのは、児玉源太郎。
西南戦争の時、西郷隆盛に攻め寄せられて、熊本城は炎上。たった一人で、城の留守番をしていた児玉源太郎が火をつけた・・・いやいや、城下町に放たれた敵の火が、燃え移ったとか・・・いろいろあるらしいです。
熊本城は、くすのき城とも呼ばれるそうで、それは見事な楠の大木が沢山あって大きな枝を広げています。加藤清正が、気に入って残した築城以前からの大楠とか、お手植えのイチョウの木とか・・・銀杏は、いざと云うときの備えの食料だとか・・・大木って、本当に威厳があって豊かで、美しい!!!

ちなみに、熊本の東横インも同じ割引で格安。ウンウン・・・どなたか、読みやすい難しくない「児玉源太郎」の本を教えてださい。「坂の上の雲」は、もう、読みました
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一時、遠藤周作を読んでました。「沈黙」神を信じてはるばる異郷、日本へ来た神父。キリシタン禁制の中、迫害に苦しみます。苦しむ彼に、神は手を差し伸べてはくれません。どんなに手を伸ばしも、祈っても・・・・神は本当に存在するのか???結局、彼はころびました。キリスト教を棄て、神を否定しました。スケッチは大浦天主堂。
又、100円電車に乗って、町の反対側の浦上天主堂へ。その辺りから雨が激しくなり、浦上天主堂のスケッチは断念。信徒達の長年の念願であった教会は明治維新後、やっと建てられましたが、原爆投下によって破壊されました。
長崎の原爆は、完全に誤爆だったと言います。本来は三菱造船所あたり・・・軍港に落とすはずであった・・・らしい。本当に、こんな、穏やかな鄙びたところに落としてどうすんの???広島20万人、長崎15万人の死傷者、しかも一般市民を一瞬に殺して、アメリカは謝るどころか、あのおかげで戦争が終結出来たんだから感謝しろといわんばかり。間もなく、オバマさんが来るとか???結局、市内観光は300円でOK。
浦上の小さな駅から諫早へ。さあ・・・映画「まぼろしの耶馬台国」の舞台、島原鉄道へ。出てしまったばかりの列車をにらんで、次の列車を待つことに。ぐっしょり濡れて震えながらベンチで食事。ま・ア・ア・・風邪はひかなかったらしい。
島原城で途中下車。でも、雨激しく、時間も意欲も失って、お城の前まで行ったものの中へは入らず。そうそうにフェリー駅へ。暖かいフェリーに落ち着いた時はホッとしました。さあ、熊本へ。今夜は熊本泊まり。本来なら、ここは雲仙普賢岳が見えるはずですが、今は霧の中にオボロゲでした。
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「天空の使者」吉村昭の小説はとても面白い本です。幕末の出島のオランダ通事たち。オランダ語はペラペラでも、英語はまるで、と云う状態でした。オランダ館に頼んで作られた英語の辞書は、発音がオランダなまりで、全く使い物jにならない。その当時、英語はオランダ語よりも必要不可欠な言葉になっていました。日本海には鯨を求めて200隻以上の捕鯨船が出没していたといいます。当時、ランプなどに鯨油はとても有利に取引されていましたから。信じていた辞書がまるで使い物にならないとさとった日本人に、初めて英語を教えた人物、ロナウド・マクドナルド。
日本にあこがれて捕鯨船に乗り込み、日本に最接近したのが利尻島。給金のかわりにボートと食料をもらって、日本上陸を果たします。勿論密入国です。好奇心旺盛な彼は日本人の言葉を英語で書き付けて大事に持っていました。それを発見した時の通事たちの驚き。やがて、長崎に送られ、牢屋の中で、若いオランダ通事たちに英語を教えます。友情も育った。以前のオランダ人の作った辞書の英語がどんなにメチャクチャな発音だったか・・・そのケッサクな辞書も出島に展示されていました。折角、日本大好きになってくれた彼は、一年未満で、強制送還されてしまいました。
今では、出島周辺はすっかり埋め立てられて、以前海だった出島の前には市電が走っています。クックーッ!!!残念!!
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長崎の朝は音もない小糠雨。でも、もう、朝早くからじっとなんてしていられません。ホテル東横インは60才以上、日祝格安とかで3200円で朝食付き。これは、何たってうれしい!!!早速 Go!!!
吉村昭「フォン・シシホルトの娘」とか、「戦艦武蔵」とか「天空の使者」とか・・・吉村昭は100回以上も長崎へ取材に来たといいます。100円電車で、とも角お目当ての高台へ。下りのほうが歩くのは楽でしょうから。まずは、国宝崇福寺。

次はグラバー邸。薩摩へも長州へも、幕府へも武器を売った武器商人、トーマス・グラバーはスコットランド人。グラバーは日本を愛し、長州ファイブ・・・伊藤博文など5名を、幕末いち早く欧州へ留学させました。新政府になって、日本の近代化に大きく貢献。日本人妻ツルとの息子、倉場富三郎も、大きな役割を果たしたようです。下スケッチはグラバー邸。庭園から長崎港が一望です。相棒が言うには「この間、北朝鮮のロケットを見張ってたイージス艦が見えてるでぇ」ですって。そんなの双眼鏡で覗いてたらこわいやんか

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汽車を乗り継いで、吉野ヶ里、島原、長崎、熊本を回ってきました。何しろ、お安く、って云うのが命題です。手持ちのJR格安チケットを使って・・・ところが、これがダメでした。JRは連休とか祝日とかは格安チケットを使わせてくれないんですって。12000円乗り放題ってのも、連休明けからだって云うじゃないの。まあ、日程の事もあるし、これは仕方がないとして・・・新幹線で福岡へ。そこから、JRで吉野ヶ里へ。お天気は穏やかな晴れ。

さすが、国が管理している公園だけあって、広大な土地にお花が咲き乱れ、木々が新緑に輝いています。この日、入場無料!!!ウン、ウン。ここは、AD200年頃を復元しているそうです。先日見た映画「まぼろしの邪馬台国」では、弥生人の生活が、ほんの少しでしたが盛り込まれ、卑弥呼のやまたい国は雲仙普賢岳の噴火で滅びた、と、思わせる設定になっていましたが、この日、雲仙岳はかすんで見えませんでした。

思いっきりゆっくりして、又、JRで有明海岸を大きく回って長崎へ。ここ、島原鉄道こそは、竹中直人演じた宮崎康平の経営する会社でした。諫早の大水害で壊れた線路を修理していた時に多量の土器が出た・・・そこから、やまたい国はここにあったに違いない、と、信じるにいたります。ももりも信じるなあ。本当に住みやすそうで穏やかで豊かな土地です。しかし、博物館で見た資料によると弥生時代は凄惨な戦いの時代だったようです。卑弥呼が現れて戦いは終わったとか・・・魏志倭人伝が云っていましたかねえ。
尤も、先ほど見てきた吉野ヶ里は、島原鉄道よりは大分北にはなりますけれど。 スケッチは出来上がった刀を検分しているところですって。
映画「まぼろしの邪馬台国」については、カテゴリー 映画 の12月19日にのアップしています。ゼヒゼヒ・・・
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朝、お日様キラキラ輝いています。あ・あ・あ・・・どっか行きたい!!!目的地も決めず、自転車で駅へ・・・「奈良にしようか??琵琶湖にしようか???」
結局、草津へ。「比良山が一番綺麗に見えるトコ、どこ??」って、滋賀県の友人に何時だったか聞いたら「草津」って、確か、答えてくれたようなオボロゲな記憶あり。比良山は若い頃、何度となく登った山です。一人でも歩きました。子供達を連れても・・・そうそう、蓬莱山のテッペンで道に迷った事は3回も・・・当時はまだ、道標なんかもなかったんでしょうか???蓬莱山の頂上は全部熊笹に覆われて何にもなかったから。
あまり身体も丈夫でなかったももりが、今みたいに頑丈で丈夫でガメツクなれたのは、あの山歩きのおかげでしょう。大学のワンゲルから全ては始まったのでした。
草津で、観光案内地図をゲット。琵琶湖博物館へ。ここは素晴らしかった。

スケッチはマンモスがないている大昔の琵琶湖岸。こういうの、ハリボテだって大好き。朝日が昇り、夕焼けて稲妻まで光りました。メタセコイヤの大木が茂る琵琶湖の岸にも象がいた・・・アケボノ象とか・・・云うらしい。
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タンスのテッペンを掃除していたら、何だか大きな巻物が出てきました。それは、若い頃に描いたキャンバスでした。何とも、お粗末。ザラザラと剥落する絵の具の間から、熱帯みたいな熱苦しい花々が咲き乱れています。若い、有り余るエネルギーを持て余したような、キャンバスに粗い熱をこすりつけたような・・・未熟ですけど。
ももりの若い頃、NYの抽象絵画が全盛でした。結構、「写実なら負けないわよ」なんて意気盛んな小娘でしたのに、しばらくもがいていて、結局、絵そのもの意欲を失ってしまいました。抽象って、一体、誰がこしらえた言葉でしょうか???ももりは「宙(そら)なる象(かたち)」・・つまり、現実には無いものを写す、と、受け取りました。今でも抽象の意味はよくわからないのです。でも、最近、展覧会に出品するのは抽象で、「ももりさんは抽象よね」って感じです。抽象絵画の洗礼を受けたももりにとって、写真のような写実は、見ていて退屈で、楽しみが、どこか少ないような気がして物足りない。心の中、とか、空気とか、音とか・・・不安とか、喜びとか・・・・描いてみたいなあ!!!描けるものなら???ネ。上の冊子の挿絵は、ももり。やっぱり、具象もいいっか???
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ももりは、日本がバブルで景気の良い時に絵を発表していまして、たまたま、幸運にまきこまれました。NYで個展をしたのです。その時のたった一人のNYの印象は、もう、サイッテイ!!!
もう、20年も前になるんですよね。安ホテルに一人泊まっていました。セントラルパークのすぐ近くでした。当時、NYの治安の悪さはつとに有名で、「アフターファイヴは外に出るな」「舗道は中央寄りに歩け。物陰から引っ張り込まれるから」「セントラルパークには入るな」とか・・・散々脅かされて行ったものです。
たった一人のNYの生活。食べに入る店だって、酷いハズレ。一杯素晴らしいエンターテイメントがあるのにエスコートしてくれる男性がいない。一人では、夜出歩けない。時差の関係でビールを飲んでぐっすり2時間ほど眠ったら、あと、目はランランさえて・・・いやはや・・・もう・・・
5番街だって、どこもかしこも「FOR LENT]「SALE]でした。背広の上品な紳士が空き缶をふって物乞い。赤ん坊連れの黒人の乞食は、物凄い形相で物乞い。いやはや・・・今ではそんな事はゼーンゼンないそうですけど・・・何をするでもなく、ジーッと刺すような視線で通行人を見ている黒人達。突然「ピーッ」と鋭い口笛!!!。周囲を歩く人々がゴッツイのも嫌でした。大きな人間に取り囲まれるって云うのは恐ろしいものです。
だから・・・もう2度目のお誘いは・・・おことわり・・・。有名にもならなかったし、お金持ちにもならなかった・・・思い出だけが残りました。
今回の旅は大自然。やっぱり都会より田舎が好きです。
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アメリカから帰って郵便物を整理していましたら、相棒へは還付金の封筒が来ています。「エ???私のないっ!!!」って叫びましたら、相棒がニヤニヤして「これこれ・・・・どうするっかなあ」なんて云ってます。
大体、亭主宛に夫婦ひとくくりで通知するなんて、けしからん!!!けんか別れしてる夫婦はどうするの???
我が家は、まあ無事ですけど・・・ごくごくお近い奥さんはいつもダンナの悪口ばかり。それがおかしい。お互いにダンナに来た手紙を奥さんが開封し、その逆もありなんですって???
ちょっとの手間を惜しんだばっかりに、これはモメますよぉ・・・マタマタ税金使って処理するんやろなあ???スケッチはアメリカ。砂漠の中に忽然と出現するカジノ。そんなのがいくつもある
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「いい年こいて!!!」って云われるのを覚悟でアップ。ももりの若い頃は西部劇の全盛時代。「シェーン」「騎兵隊」「黄色いリボン」「荒野の決闘」・・・ジョン・フォード・・・その後、マカロニウエスタンになって残酷シーンを売り物にするようになって映画から遠ざかりました。
その後、のめり込んだのが「大草原の小さな家」
「あ、それTV で見たわ ]って云われるたびにももりの胸はキュッと苦しいです。原作は9冊。ローラ・インガルス・ワイルダーが、自らの子供時代から書き起こし、結婚、出産。7年間の記録的な旱魃を乗り越えてオーザークの高原で、農場経営に成功するまでの営々とした苦しい営みが描かれています。とても、TVの、あの、まだるっこい偽善的な出来合いとはちがいます。その後を、6冊、娘のローズが書いています。両親とのオーザークでの生活。ゼロからのスタート。その後、ローラもローズも有名になってサンフランシスコへ行ったときの手紙集など、手に入る限り読みあさりました。初めて自動車が登場するあたりも、かくありなん!!って感じです。
あのシリーズにはインディアンの居留地に住み着いてしまって、軋轢ののち、撤退する場面も描かれています。農地法が出来、未開拓地に5年間定住すると自分の農地になる、という法律が出来たころの西部開拓の激しい先陣争い。鉄道建設現場での荒らくれ相手の売店管理など、ごくごく平易な言葉で語っていて、リアリティーあふれる開拓時代を描いています。どなたか・・・。本を読まれた方、お話したいなあ!!!。TVじゃなく・・・
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モニュメントヴァレーにて。アナサジインディアンが遺したといわれる壁画。コロラド川は気まぐれに氾濫し、水位は4メートルも上がるそうです。ここを案内してくれたガイドのインディアン氏は洞窟の前で笛を吹き、歌ってくれました。静かなメロディーが洞窟にこだましました。1200年ごろ、大旱魃があり、この地を捨てた人たちがいたそうな。彼らの悲しみのメロディーのようでした。
コロラドはこの洞窟の中の生活を全て押し流してしまったのでしょうか・・・

ももりは、マドリッドの国立民俗学博物館の中庭につくられたアルタミラの洞窟の壁画を見たことがあります。ラスコーの洞窟の再現されたのも、フランスで見ました。人間って、こんなに絵を描きたいのよねえ!!!ホント、素朴で可愛らしい!!!うれしいなあ!!!

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若い頃、山登りをしたももりはガチガチ歯を鳴らしながらご来光を待った記憶があり、バッチリ冬支度でしたが、これは正解でした。マイナス5度ですって。
ヨーロッパの人々がアメリカ大陸へやってきて、西へ西へと幌馬車や馬で進んできて、この谷の崖っぷちに出たときの驚きって???ももりと同じでしょうね。向こう岸まで渡れない。グランドキャニオンの崖の間隔は6~29メートル。下へ降りるには、道が確保されている今でも、ロバで3時間だそうです。それでも、行った人間がいるってのも凄い。

此方のブログは順不同。行き当たりばったりにアップしていきます。ホームページには順序を追ってアップしました。ホームページへは
www.geocities.jp/wgwxw444
このアドレスはリンクしても立ち上がらないらしいみたい???山口ももりのホームページで検索してくださいませ。そして、旅のスケッチ「海外編:」へどうぞ。ぜひぜひ・・・
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お馬鹿キャラって大嫌いのつもりですけど・・・バカを売り物にするなんて。でも、自分のアホらしさ加減に本当に笑ってしまいました。先日のウラウラ春日に、一人歩きに出かけました。お正月に戊辰戦争の跡地を見たいと、淀に出かけた時、背後の淀城跡も見たいと思ったのですが、相棒は「なんにもないっ」と、取り合ってくれません。それに、この川沿いを、もっと、ずーっとさかのぼって歩いてみたいって思ったのです。
3月終わりと云うのいつまでも寒い。でも、その日は本当に良い天気。「もう、さくらもいいかなあ」と、京阪淀駅下車。淀城跡へ・・・見事に何にもない!!!でも、ルンルンと川岸を歩き始めました。ずーっと、さかのぼったったら、中書島、伏見・・・へと行ける???んじゃない???って思っていたのです。名も知らぬ小鳥の声、ウグイスは勿論・・・ふと、立看板をみますと「桂川」って書いてあるじゃないの????「え・え・え・??? このまま行ったら、嵐山へ出るの???え・え・え・・・鴨川はどこへ行ったの???」どうやら、このままこの道を歩いていては、伏見の方には行けそうもないらしい!!!

自転車で通りかかった親子に、「ここから、公共の乗り物に乗るにはどうしたらいいんですか???」って聞きますと「淀駅へ行け」ですって。「でも、わたし、淀から歩いてきたんです。中書島に行きたいんですけど」「え・ええ??こんなとこ歩いてたら遠ざかるばっかりや。ずーっと右へ行って国道へ出なきゃ」ですって・・・延々と歩いて、やっと、1時間に一本のバスをゲット。10ほどのバス停を通過して、伏見到着。寺田屋は月曜日休館・・・でも、月桂冠の工場見学、300円。ここできき酒・・・おいしかったなあ。小さなカップのお酒のお土産つき。
帰宅して相棒にいいますと、全くバカにした顔をしています。「だって、伏見も中書島も川が流れてるやん」
「あれは、疎水やでえ」ですって。あ・あ・あ・・・あの辺り・・・むつかしい・・・
ももりはしばらくブログをお休みします。
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「イタリア美術とナポレオン」展、見て来ました。ナポレオンが生まれたコルシカ島のかつての首都、アジャクシオ。アジャクシオにあるフェッシュ美術館の収蔵品が展示されています。フェッシュはナポレオンの叔父で、母、レティツィアの兄弟です。ナポレオンが世に出て、フェッシュも力を持ち、金にあかせて収集した膨大なコレクションの一部です。
ナポレオンについては、子供向きの本を2~3冊読んだ程度ですけれど、ももりが俄然興味を持ったのはナポレオンの母、レティツィアです。
ナポレオンの母、レティツィアは、12人の子供を生み、成人したのは5男3女。ナポレオンは2番目の男の子でした。当時、コルシカ島はジェノヴァの支配下にあり、しかもジェノヴァは島をフランスに売却してしまった・・・という状態。やってきたフランスの大軍に対し、コルシカ人は独立を戦っていました。弁護士であったナポレオンの父と貴族の娘、レティツィアは山中で果敢に戦っていましたが、頼みにするイギリス軍は来ず撤退。その半年後に生まれたのが、荒野の獅子、ナポレオンです。
父は、彼が16才のときに死に、レティツィアは貧しい中、遺児を立派に育てあげました。ナポレオンはパリの陸軍幼年学校にいたのですが、母の手紙で島に帰った時、余りの貧しさにショックを受け、島に滞在することを決意しますが・・・
ナポレオンが大統領になったのは30才。皇帝になったのは35歳です。レティツィアは、ナポレオンが権力を一手に握ったあとも、質素な生活を続け、彼が没落した時の生活費は、母のたくわえでまかなわれました。エルバ島のナポレオンの生活は王様のようだったといいます。
フェッシュはナポレオンの軍隊にいたこともありますが、彼とは上手くいかず、母、レティツィアと一緒に生活していたそうです。ナポレオンは52才で死に、その時、母、レティツィアは80才。その後、85才まで、ローマにひっそりと暮らしました。
写真はボッティチェルリの「聖母子と天使」本邦初公開ですって。行きたいなあ!!!コルシカ島!!!
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日本水彩展に出品し始めて2回目、出しぬけに、大きな賞を貰ってからずーっと今まで奮いませんでした。どうやら、自分の穴に入り込んでいたような・・・何にも見えなくなっていたような・・・それが、今回、ちょっと抜け出せた??かも・・・???
人工的な都会・・人は、皆、孤独で・・・索漠とした人工的な都会のイメージを描きたい・・・あまりにも神を恐れぬ文明に、何時の日か神の怒りの火が・・・なんて「ソドムの街」にこだわってきたのです。でも、これは、実に大それた願いでした。
「こら アカン!!このテーマは自分の才能では足らん!!!」って気が付いたのは、ほんの2ヶ月ほど前です。TVで手塚治の特集を見た瞬間でした。彼は、もう、ずーっと昔に、現代の都会を描いてる。ももりなんかよりはるかに鋭く・・・こら、あかん!!!原点に戻ろう・・・作家は処女作に戻るっていうじゃない・・・なあんてわけで・・・遊びました。
というわけで、次回の東京展出品作は至って早くできました。もう、98パーセントくらいは多分できあがり・・・・これで、飛行機が墜ちても???大丈夫???
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生麦事件は、あまり取りあげられていないテーマのようですが、司馬遼太郎「龍馬がいく」風雲編・・”生麦事件”には出てきます。司馬遼太郎は、当時の生麦村は、ほんの、寒村。うら寂れた漁村と書いています。
一方、吉村昭は徹底した調査を身上とする作家で、事件を調べている間に、当時の生麦村の家並図に出会います。その家並図を見ると、あらゆる種類の商いをする店が並び、所々に茶屋もある。質屋も多く、医師の家もある・・・寒村ではない!!!ことに気付きます。
疑問を抱いた彼は、更に当時の事件の資料を捜します。彼の得た推論は・・・司馬遼太郎が描いた生麦村は、F・ベアトが遺した「生麦事件の現場」の写真によっている。・・・が、しかし、そこは、実は行列の中で不幸なイギリス人、リチャードソンが切られた現場ではない。切られた現場から一丁ほど馬で逃げて、落馬、追いかけて来た薩摩藩士に止めを刺された村はずれであったことに気づきます。
薩摩藩主、島津久光の行列に、騎乗したまま乗り入れてしまったリチャードソンは薩摩示現流にて、二太刀切られ、瀕死の重傷を負って一丁ばかり騎乗のまま逃げて、・・・「一人落馬致し、並木縁り倒れ」・・・目撃した百姓甚五郎の女房ふじとよしが奉行役所に語っています。・・・松の木の下、激しい苦悶の様子が記され、さらに行列の方から薩摩藩士が6人駆けつけ「右異人の手を取り 畑中江引込み候内 一人の士 剣を抜候付・・・」。薩摩藩は百姓家の古よしずを遺体に掛け、行列は行ってしまいました。
どうですか・・・作家って凄い!!!写真は3月26日アップした「史実を歩く」吉村昭 文春文庫より転載しました。こうなると、生麦村へも行ってみたい!!!東海道だって歩きたいのよねえ!!!
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やっと読了しました。作家はあとがきで、「2年余にわたる長い執筆の旅で、筆を擱いたときには甚だしい疲労を憶えた・・・」と書いています。読了するのも、中々に疲れました。
幕末の生麦村で起きたイギリス人殺傷事件。島津久光の大名行列の行く手に現れた異人。馬に乗ったままで、しかも、馬がいう事を聞かず、行列に割り込んでしまいます。当時の慣例では、大名行列の邪魔をしたら切捨てご免。それは、すぐに、イギリス海軍の薩摩藩攻撃へと発展します。

生麦村の庄屋が、当時の丹念な日記を残していたことに作家は驚き、克明に辿っていきます。結局、ももりの見るところ、江戸幕府は薩摩藩に乗っ取られた・・・と思うのですが、幕府が滅び、明治維新がなり、徳川家が続く事を許されて、5才の田安亀之助が駿府へ城かえするべく、生麦村を通るところでこの労作は終わります。
・・・百人ほどの質素な行列の乗り物が近づいてきた。両側のすだれは巻き上げられていて、幼い亀之助は、沿道の風景が珍しいらしく、目を輝かせてしばしば乗り物の外に首を伸ばす。亀之助は中央を剃ったお河童頭で、筆の軸のような小さなマゲが結われていた・・・概略・・・
前方から赤い髪の被り物をつけ、錦の御旗を手にした兵の一団が近づいてきた。彼らは亀之助の行列とは知らず笑っている者もいたが、松に止まる烏に一人の兵が発砲した。亀之助は驚き、乗り物から顔を出して銃をかついで歩く兵たちに興味深げな目を向けた・・・
たしか、JRも、12000円で乗り放題の切符を出すとか云ってたなあ。さあ・・・もう一度、薩摩、鹿児島へ行きたい!!!スケッチは島津斉彬と久光が武器の研究製造した、尚古集成館、後ろは桜島
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このお寺で行なわれる「お水送り」の行事は、奈良のお水取りの先立つ3月2日に行なわれます。もう、ずうっと前ですけれど、このお水送りの行事には強い感銘を受けました。
夜、神宮寺の境内に大松明が焚かれ、神職姿の僧たちが読経する中、参詣者は小さな松明に火を移してもらい、お寺から出て小1時間、真っ暗な田んぼの中の道を歩きます。前も後もチロチロと続く小松明のあかりは、あたかも冥界への道のような・・・やがて、ごうごうと轟く遠敷川(おにゅうがわ)の川岸の大松明に着くと、各自のおたいまつを燃やしてもらい、厄落としを終わります。真っ暗闇って、どこか土俗的で、宗教的。奈良のお水取りは、振り返るとネオンがキラキラ輝いて、どこかショー的・・・なぁんて云ったら怒られるか???湖北、近江今津から、バスで雪の山を越え、小浜にたどり着いた夕べは、それはそれは冷たく寒かったものです。
このお寺は、和銅年間に創建。桓武、白川の帝により伽藍が再建され、鎌倉の将軍から朝倉義景まで、時の為政者により、保護され絶大な権威を持っていたといいます。下は、現在、畑の中に残る山門、重要文化財。このお寺は神仏混交で、しめ縄が張られています。そういえば、お水送りの僧たちの白装束は神式だったのかしら。

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ももりが大学でインテリアを選択した時は、「インテリアってインテリか???」って聞かれる時代。4才から園部の田舎育ち。デザイナーはムリだしウソがありました。デザイナーになりたいと思ったら小さな頃から、洗練された贅沢な暮らしの中で育つべきでした。そこいくと、絵は勝手気ままな世界です。それに、どれだけ物がなくて生活できるかと云う方なら興味があるタイプ。今あるものを捨てて新しいものに替えるなんて???そんなの必要ない!!!・・・山女はどれだけ物を少なく必需品だけ持って山行できるかに、知恵を絞ります。

宮津の聖ヨハネ天主堂。1888年から1896年、日本の船大工の手によって建てられたといいます。今も現役のカトリック教会です。内部は畳敷き。ステンドグラスや外観も、とてもしゃれています。
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「インテリア・ウオッチング and ウオーク」はももりの畏友、高橋功氏が主催する催しです。なんと、10周年、120回記念・・と云うから凄い。高橋氏とは、同じ大学、彼は大分後輩です。大手百貨店で活躍され、今では大学で教鞭をとっておられます。先ずは宮津へ。天の橋立へ、知恩寺見学、そして、三上家住宅へ。
昨日、一昨日、すっかり春めいて暖かい若狭でしたが、黄砂だけはついてきました。
上は、宮津の豪商、三上家住宅、下はその内部。三上家は、造り酒屋で、回船業、糸などを手広く商ったといいます。酒蔵が印象的でした。ももりの母の里方の本家、ややこしいなあ・・も、園部の造り酒屋で、まだももりが子供の頃、近所の寄り合いなんかがあると、父が「小桜、買うてこい」って云っていたことを覚えています。良いお酒だったそうですが、惜しい事に、今では、もう廃業してしまっています。水が悪くなっからだとか・・・
お殿様が来られる表門と式台・・・お茶室も拝見。文化って、よっぽど金も、お腹も据えてかからないと、はかなく消えてしまうものです。ウラウラと春本番。日本海を見ながらの一泊ツアーは、本当にのぉんびりと、うれしかったです。
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きのう、無事終了。皆様、ご来場有難うございました。ももりのブログのお友達、あきみずさんも来てくださいました。いつも、ブログでお話していますので、何だか古いお付き合いの友人みたいな気分でおしゃべりしました。丁度、同時期に、毎年「山の写真展」と云うのも開催されていて、その会は、皇太子殿下の写真も出品されていまして、年々、凄い勢いで発展しています。
ふつう、公募展で力を付けてから個展へと発展される方が多いのですけれど、ももりは、個展の方から始めました。書道界にありながらを絵を発表してきたのです。バブルの時期は、まさしく絶頂期。若かったし、面白い時でした。今、公募展にお世話になっています。1年に何度か、公の会場に陳列してもらえるてのは本当に楽。個人で会場を獲得して、案内状を出し、お客様を呼ぶという作業って、そりゃあ大変なのです。ももりも、絵を描ける限り、ずーっとこの会で生きて生きたいと思っています。本当に「京都水彩」の会って楽しいんです。会場風景。一番左、ももりの絵「宇宙たち」
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久しぶり・・・「映画を見た!!!」って云う充実感をもらった映画でした。ゼヒゼヒ・・・
最近、気に入らない映画を見続けて、もう、ウンザリ。映画館からも遠ざかっていましたが、何人かの映画好きから「ええよーーー」っていわれて、腰を上げました。映画は1928年の実話に基づいて作られています。
「CHEBGERING」は、「妖精が子供をさらって、代わりに置いていく醜い子」って言う意味があるそうです。子供の成長が生き甲斐のシングルマザー。アンジェリーナ・ジョリーが、誘拐された子供の母親を演じて、迫真の演技を見せます。当時、ロスアンジェルス警察は政治家と結び、腐敗しきっていました。非道な警察のあり方を告発し、戦った母親の話です。
アンジェリーナ・ジョリーといえば、ご存知、ブラッド・ピットとの間に双子の赤ちゃんを生んだ・・・とか、その肖像権???だったか・・撮影権がいくらとか??フランスのお城を買ったとか・・・TVで聞いていましたけれど、始めて、この映画で彼女を見て・・・もう、もう、惚れ込みました。蚊トンボみたいなスキニーな体から、あふれ出るエネルギー・・・素晴らしい!!!。女優としてだけでなく国連難民救済の親善大使、難民の子供も引き取って育てているそうです。それにぃ・・・服装が、又・・・クラシックでとても良いのよ・・・まだ、男性優位の社会の時代、つつましく品があります。今みたいにハスッパじゃあない
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絵を描き続けてきて、本当に良かったと思うことは、やっぱり、絵は、我が人生を多少なりとも華やかに着色してくれたことでしょう。それに、自分の心境が変わっていくことを、絵は、教えてくれます。もう、ももりは老境???激しい、攻撃的な面は消えました。自分の世界に籠りがちになっています。
絵を描いたり、本を読んだり・・・まあ、やっぱり子供の頃から、一人が好き。自分の世界に閉じ籠りがちな傾向に、生まれついたようです。本も絵も、書だって、うっとりと自分の部屋で夢見てる・・・激しい戦争の場面を、ぬくぬくとコタツでねころんで、読んでいる・・・これって、自分の限界です。激しい苦労も無かった・・・みたい・・・??そんな事では絵は、やっぱり甘い???ひまわりは、やっぱり、甘いか???
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絵は旧作「ひまわり」 ひまわりは折に触れ描いている大好きなテーマです。昨今描くのは、老境のひまわり。枯れたひまわりです。若い頃は、手を触れたらジュン!!と音の出そうなアッツアツのひまわりを描いていました。歯をむいて闘争的なひまわりでした。でも、今は、枯れた渋い、鈍いひまわりを描きたい。種を一杯身につけてそっくり返っているひまわり。萎れてしまったひまわり、太い軸ばかりが「まだまだ」と生を主張しています。まるで骨ばった頑固じじい!!!展覧会は抽象で出品していますが、ももりはどんな絵でも描きます。上手、下手、そんなの関係ネエ!!
「京都水彩展」は非常に入場者の多い展覧会です。水彩って小学生以来っていう人にも手軽に描けて、実は非常に幅広く深いです。ももり自身はテンペラで、古典的が画材ですが、絵を、もう一度描いて見たいという方、ぜひぜひ・・・そして、あなたも絵が描けたら、人生の白いキャンバスに色がつきますよ。上手な絵って云う事は面白くない絵って云う場合も多いんです。下手こそ個性・・・って思えませんか??
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