2012年2月 2日 (木)

ナポレオン2世

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 上は、2009年4月1日にアップした当ブログの写真からコピーしたもの。
ナポレオンはご存知コルシカ島の出身です。アジャクシオは、コルシカ島の州都でした。ナポレオンの得意の絶頂期に、叔父フェッシュと母、レティツィアが金にあかせて収集した美術品が今、アジャクシオ美術館となっています。上の絵はボッティチェルリ「聖母子と天使」

 ナポレオンの母、レティツィアは立派な女丈夫でした。ナポレオンの父、カルロとは、コルシカ独立のために戦った同志でした。当時、コルシカ島はジェノヴァの統治下にあり、ジェノヴァが島をフランスに売り渡したといいます。

 教会で産気づいたレティツィアは、自宅に帰り、入り口から3階の寝室へ行く途中で男の子を生みました。元気な赤ん坊で、自分から飛び出したといいます。ナポレオンは荒野のライオン。父カルロが命名しました。

 
 ナポレオンは35才でフランス皇帝になり、妻ジョセフィーヌも思いがけなく皇后ということになりました。
ところが、レティツィアは、このお気楽嫁が気にいらなかったのです。よく言われるように、ジョセフィーヌには先夫との間に2人の娘があり、浮気もするというお気楽な女性でしたから、レティツィアは戴冠式にも出席しなかったそうです。有名なダヴィッドが描いた戴冠式の絵に描かれているのはウソなんですって。


 さてナポレオンはエルバ島に流されますが、エルバ島でのナポレオンの生活は決して不快なものではなかったようです。母レティツィアが蓄えていた財力で宮殿に住み家来も多く、料理人もいました。

 しかし、ナポレオンは100日天下の後、今度は絶海の孤島セント・ヘレナ島に流され、結局は胃がん???で52才で死にました。母レティツィアはローマに移って84才まで長生きしたそうです。    

 ところで、ナポレオンの息子「ライヒシュタット公」はナポレオン退位の直後、6月22日から7月7日までは、ナポレオン2世だったんですって。ナポレオン失脚を受けて、弟、ブロケッシュが議会にかけ、採択されたといいます。勿論、彼はフランスにはいないわけだし彼は10才、名目だけです。
 フランスはナポレオンの死後3年で、ルイの弟を再び王にいただくこととなる。しかし・・・それは、おそるべき反動・・粛清の始まり・・・やっぱり、歴史って面白い。

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2012年1月31日 (火)

ナポレオンの孫

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上はマネ「マクシミリアンの処刑」1866年の事件の絵です。中野京子「ハプスブルグ家12の物語」光文社新書から。このブログは「ナポレオンの落とし胤・・・1」の続きです。


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 この時、メキシコで革命に巻き込まれて銃殺されたがこのお方。マクシミリアン。ナポレオンの孫・・らしい・・・です。


 先日のブログ、「ナポレオンの落とし胤・・・1」で書いた、ナポレオンの長男、ライヒシュタット公は、成長するにつれ、父、英雄ナポレオンに憧れ軍人になります。しかし、生来、虚弱であったため、無理がたたり、肺結核になってしまいました。肺結核は当時「白いペスト」と呼ばれたと、本にはあります。喀血を繰り返し、病いが重篤になっても、母は会いにも来てくれません。このマクシミリアンに同情したのが、皇帝の次男坊、カール大公のところへ嫁に来ていたゾフィー大公妃。カールはマリールイーズの弟で、つまりぃ、叔父の嫁ですよね。死の床にあるライヒシュタット公を献身的に看病したといいます。病室の二人に何があったか???

 ライヒシュタット公の死の10日ほど前、ゾフィーは2人目の子、マクシミリアンを生んだ。二人の仲は親密で、半ば公然と、マクシミリアンはライヒシュタット公の子だささやかれていたと言いますから・・・


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 「ナポレオンの孫」かもしれない・・・確かではない・・・マクシミリアンはナポレオン3世の口車にのって、革命、内戦のメキシコへやってきて・・・35才で銃殺されます。 

 ここに登場する、ナポレオオン3世。彼に関して、もう少し知りたくなってきました。現在のパリ市街を整備したとか、十余万の将兵と共にビスマルク率いるドイツ軍の捕虜になったとか・・・断片的なことしかしりませんが、相当あこぎな男だったようで・・・興味がムラムラ・・沸いてきました。読みやすくて、絵が一杯入った本がないかしら。このページの写真は、中野京子「ハプスブルグ家12の物語」光文社新書から拝借しています。

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2012年1月26日 (木)

ナポレオンのご落胤・・・1

まだ、半年も先なんですけど、チロル地方へ行こうと思います。というわけで、またゾロ、ハプスブルグ家の本を読み始めました。ウイーンは、もう3回目になりますから、ケッコウうるさいももりです。でも、改めて、読み始めると、これが、実に面白い。 


平清盛が白川法王のご落胤であったと・・・今、TVで進行中ですが・・・

 こちらは、もっと確実なナポレオンのご落胤のおはなしです。

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 ご存知ナポレオンは、フランスの皇帝になったあと、男児の跡継ぎが欲しいと、ジョセフィーヌを袖にして、ハプスブルグ家のマリー・ルイーズと結婚します。18才のマリー・ルイーズは40才の中年太りのナポレオンのもとにいやいや輿入れしました。しかし、ナポレオンの、中年男のあしらい上手にトロかされて、翌年、息子を生みます。しかし、4年後にはナポレオンは没落し、エルバ島に流されます。写真はナポレオンの息子「ちびナポレオン」後のライヒシュタット公

 エルバ島では、小さいながらもいい生活を送っていたナポレオンから、島へ来るようにと散々せっつかれても、かの女は、「近い内に参ります」と云う調子のよい返事を書きながら、さっさと実家のウイーンに息子を連れて戻ってしまいます。写真はマリー・ルイーズ

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 オーストリア皇帝フランツ2世は、この出戻り娘を受け入れ、ハプスブルグ領パルマ公国の統治者に任じます。政治は臣下のナイベルク伯爵が行ないますが。その地に出向いた彼女は二人の不義の子を生みます。お相手はナイベルク。当時カトリックでは不義の子供は認められず、秘密にされました。

 3才でウイーンにつれてこられたナポレオンの息子は「ちび・ナポレオン」とよばれ、母親には興味を示されず、乳母任せで育ちました。ナポレオンといえば、ウイーンの宮廷にとっては、伝統ある神聖ローマ帝国の王冠を奪ってしまった憎むべき天敵です。「ちび・ナポレオン」は天敵の血をくむ孫息子です。さりとて、どこぞの野心家に利用されてかつぎだされても、またまた、ナポレオン党再来の可能性もあるという厄介な存在です。「ちび・ナポレオン」は「ハプスブルグの高貴な囚人」でした。

 父、ナポレオンはセントヘレナで死に、不義の息子が公然のこととなった時、ウイーンでそれを知った「ちびナポレオン」は非常に悩みます。「ちび・ナポレオン」は成長するにつれて、父、英雄ナポレオンへに憧れます。10才のときにセントヘレナ島で死んだと聞いた「ちび・ナポレオン」は声をあげて泣いた、といいます。写真は「名画で読み解くハプスブルグ家 12の物語」光文社新書 中野京子からお借りしました。


 つづく・・・

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2012年1月21日 (土)

ワインのお値段

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 先日、相棒が招待してくれたホテルのディナー。勿論おいしかったけど・・・日本のワインって何でアンナに高いんやろ???

 グルメって「気難しい」っていう意味なんだそうですね。ももりはワインは大好きですが、気難しいわけではありません。食膳にキリッと冷えた白ワイン、いよいよ佳境に入って赤ワイン。これは、もうサイッコーです。まあ・・・しいて言えばジュースに近いようなのはうれしくない。

 先日のホテル、グラス一杯900円。しかも半分も入ってないくらい???お味は???まあ・・・「軽いよなあ」って感じ。ヨーロッパならお安いのは250円くらいからあって、しかもなみなみとついでくれます。でも、その夜は、瓶では5000円から。これ???一体、どうなってんの???

 以前、1000円のワインと1万円だったかの高級ワインを飲み比べて、どちらが高級かを当てるってTV番組がありました。たまたま見てた時、石原義純さんが出ていて「絶対これが高い。なんたって、うちは親父がワインにはうるさくって、間違えることなんか絶対ありっこない」って言いながら、安いほうをしっかり美味しいって意ってました。でも、そんなもんだろうとももりは思います。


 一本、1000円のワインで、充分のももりです。ヨーロッパに旅行したら、1~3本位はトランクに入れて密輸します。勿論、はずれなんかあったことない。


 円高でもあるんやし・・・海外で1000円も出したら、先ずはずれなしなのに・・・なんで、こう、お高くなってるの???

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2012年1月20日 (金)

愛すべき干し柿やろう

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 どうですか・・・我が家特製干し柿!!!これが・・・甘くって美味しいのよ・・・

 ももりはカラッカラに乾燥した干し柿よりも、ちょっと、モチョモチョッとしたやわらかさを残した干し柿が好きです。暮れの大忙しの日に、丹波のお山から、あい棒がどっさり渋柿を摘んで帰りました。欲につられて夜なべに皮むき。そして物干しにぶら下げて3週間。今、食べごろです。

 まはだかの 子をうらがえし 天花粉

 歳時記にあった句で、作者は知りませんが、ももりが若い母親であったころ、幼い3人の息子達にも、湯上りには、全身真っ白けに天花粉をぬりました。ポンポンって言ってましたねえ。可愛い小さなおチンコをちょっと摘まみ上げて、その後もチョンチョン

 そう・・・その後のヤツの柔らかさの時の干し柿が一番おいしい!!!

 もう、アラフォーの3人のヤロウドモはそんな事は知る由もないが・・・でもねえ・・・母親時代しっかり味わってたんですよ。そのやわらかさを・・・ネ。食べられなくってよかったねえ。

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2012年1月19日 (木)

毛糸のパッチ

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「お母さん、何か欲しいものありますか??」

「さ・あ・あ・・・別に、これといって何も欲しいものはないなあ」

「???」 

「アッ・・・そうそう、毛糸のパッチが欲しいわ。ほら、こんな黒いタイツみたいなのは、いつもはいてるけど、もっと、かわいらしいて・・・友達がこの前、はいてたんよ。ピンクやら緑のかわいらしいの・・・」

 「?・・・???あるかなあ???探してみます」

 そしてもらった71才のお誕生祝いの毛糸のパッチ。それ以来、もう、手離せません。あったかいし、かわいらしい。いくつになっても可愛らしいのってうれしいもんですねえ。写真は、もう、着る人間の体型に慣れてしまった愛情一杯のパッチ

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2012年1月18日 (水)

山の辺の道と万葉集

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 去年の秋、書道仲間と歩いた「山の辺の道」。この時のテーマは「万葉集」でした。
でも、歩くのに精一杯で、万葉集までは・・・とてもとても・・・

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 今まで、漫然と読んでいた万葉関係の本を、あらためて読み直し、たった一枚のこのパンフレットに・つめこみました。


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 新年会の後のおしゃべりタイムに・・・さ・あ・あ・・・みんな、聞いてくれるかなあ???

 まだ、出来上がっていないけど・・・。
聞いてくれても聞いてくれなくても、結局、自分が一番楽しんでます。
さ・あ・あ・・今から、もう一回、図書館へ、。

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2012年1月12日 (木)

世界三大料理・・・4大料理・・・

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 世界三大料理といえば、フランス、中国、トルコ・・・
 世界4大料理といえば・・・三大料理にプラスすることイタリア?・・又はレバノン?・・・ひょっとして韓国???あ・れ・れ・・・日本料理は???入ってない。

 ももりの感じでは、日本料理は素材がおいしすぎて、料理といえるほどの工夫がない???のかもしれません。中国料理なんかは4本足で食べないのは椅子だけっていうらしい。つぅまぁりぃ・・・食べるってことが日本よりはるかに困難な状態で、口に入るものなら何でも食べるっていう工夫が、とんでもなく手のかかる工夫を編み出したのではないかしら。熊の足だって燕の巣だって・・・なんだって食べる・・・飢えとの戦いの激しさ・・・が背景にありそう・・・

 旅が好きなももりですが、食については淡白です。でも、最近は日本料理にはテンと興味がありません。魚料理は釣りキチのがイッチおいしい。お肉は、これは、もう、お店次第。肉次第です。

 シリア、ヨルダンの旅、ももりはとても美味しいと感じました。正しく文明の十字路と云う感じです。
 「あ、れ、れ???アフリカか???クスクスがある」「あ、これはインド???ちょっとカレーみたいな味がする」「あ、これは、もう、しっかり地中海。オリーブオイルとニンニク」「これは・・・ヨーロッパ、チーズとバター・・・」工夫の奥の手は限りないって感じでした。


 思うに、料理には理解力も必要です。無い物ねだりはいけません。総じて男性は頑固なようで、「日本料理と日本酒以外は・・ヘッ」と云う面々が多いようです。我が家の相棒も頑固な国粋主義者です。


 どんな環境にあっても、そこにある素材を使って、それぞれにおいしいものを創造する・・・人間の智恵こそが料理なんでしょうねえ。

 ということで、ももりは冷蔵庫の残り物で・・・・さ・あ・あ・・何か・・・創造できるか???

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2012年1月11日 (水)

無事で・・・なにより

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 先日10年ぶりくらいでドックを受け、胃カメラで細胞診されてしまいました。
「さては・・・おいでなすったか??」といやな気分。我が家はガン家系といえるでしょう。そうじて短命です。父は胃がん。兄二人もなくなり、次はももりの番・・・あ・あ・あ・・・・
 

 「まあ・・・胃炎はありますが、今の処、心配ありません」ですって。
あ・あ・あ・・・良かった。まだ当分、憎まれ口がきけそうですぞ。

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2012年1月 9日 (月)

釣りキチの「漢(おとこ)のぉお・・・釣り料理」

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さ・あ・あ・・・釣りキチの「おとこのぉおお・・・釣り料理」全開です。
左はまいたけのアンチョビソースをかけたサンノジ。右はサンノジのカルパッチョ


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 サンノジはちょっとクセがあるって釣りキチはトマトソースのあんかけ。おいしかったのよねえ。右は姫鯛のお刺身。おいしすぎて、うっかり写真撮る前に食べちゃったんです。

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 今夜は、兄達を招待して鍋。お酒が凄い!!!越の寒梅と雪中梅・・・ときますよ。


 さ・ア・ア・・・まだチルドに残ってるのが少し。釣りキチ特性干物。イカゲソの塩焼きもいいなあ。

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2012年1月 7日 (土)

我が家の大漁旗

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 釣りキチがご機嫌で帰還しました。土佐まではるばる出かけて・・・ここまで来ると、もう、立派な釣り「キチ」でしょう。母親としてはお嫁さんを釣ってほしいんですけど・・・

 ヒメダイ、赤イサギ、あおりいか、サンノジ グレ・・・他小物・・・
目は暗いところでとったもんですから光を反射していますが、そりゃあ・・・実物はキラキラですよ。

  

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 釣りキチいわく・・・ヒメダイは高級魚なんだそうで、43センチですって。
さ・あ・あ・・これから釣りキチの料理の腕の見せ所です。
 

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2012年1月 5日 (木)

さあ・・・新年は始動する

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 皆様、お年賀状やご挨拶を有難うございました。今年も宜しくお願い致します。

 相棒は仕事にでました。ももりも今日は初けいこ。
 釣りキチは有給休暇とかで、足摺攻略。1日の夜から高知県に出かけ、「今、中浜万次郎の生まれた浜で釣ってるでエ」とか、「こっちも雪や」とか気楽な電話が時々入ります。もう、40近い男なんですから、いらん心配はしないことに決めて、まあ・・・初志貫徹してもらいましょう。先ほどは「もう、エエ加減飽きた」ですってサ。こうして、又、苦しい激務に戻るのですね。


 久しぶりの一人ぼっちの家。これって、ホント、なんてうれしい!!!


 最近、ブログさぼりガチ。というのがスケッチがないからなんです。と、いうことで、この松は古い画集からの埋めぐさです。

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2011年12月31日 (土)

あけましておめでとうございます。

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 皆様、あけましておめでとうございます。本年が良い年でありますように祈ります。
あ・あ・あ・・あ・・・天は高すぎるけど・・・のぼり続ける努力はいたしましょう。

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2011年12月22日 (木)

溶けたクレヨン

 今朝の朝ドラ「カーネーション」・・・


「生まれたときから戦争で、きれいなもんやら楽しいもんを ちいーっとも知らん子なんやもんなあ」主人公、糸子のセリフです。なんて名前だったか???

 

 ももりは1941年1月生まれ。その年の12月に戦争は始まりましたので戦前生まれです。糸子が、絵が好きな娘に買い与えた、当時は貴重なお絵描き帳と色えんぴつに・・・思わず、胸キュン!!!ホーラ、こんないにきれいな色いっぱい!!!


 ももりも小さい時から絵が好きで、よくクレヨンを買ってもらっていたことを思い出します。しまい忘れて縁側におきっぱなしにしたら、クレヨンは日に溶けて、一体になってしまっていた・・・貴重なクレヨン。そんな粗悪品???色も、たしか、9色だったか8色だったか???大きくなっても、8色あればどんな色も出せるんだと思い込んでいました。


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 今、こうして、絵を楽しんで、自由に描けるってどんなに贅沢でうれしいことか・・・
そして、今はなき両親に・・・そして、相棒にも・・ひたすら感謝・・・です。

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2011年12月21日 (水)

もう、悪口は言わないピカソ

 あれは・・・1992年か???マドリッドで個展をする打ち合わせのための旅・・・ルカの事件が起きた旅でした。道を尋ねながら行ったピカソ美術館。その日は休館で、なんのへんてつもない粗末な扉が、ガンと閉っていてガッカリ。でも・・・やっぱり、ピカソ一家は貧しかったんやって、納得したものでしたが・・・


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 今回、中に入って、その充実ぶりにあらためて驚き、「ピカソ・・・す・ば・ら・し・い・・・!!」って叫びました。ピカソ一家がバルセロナにやってきたのはピカソが14才の年。ももりの読んだ本には14才でピカソは売春宿に入りびたっていたとありました。上、スケッチは美術館の中庭から


 ももりはどちらかと云うとピカソは嫌いでした。と、言うより・・・今も好きではない。女性の敵ですから。ピカソの性欲の対象としての女性の中で不幸にならなかったのは、二人の子を生んで上手くピカソから逃げおおせたジャックリーヌだけ。ジャックリーヌは、後に再婚して健康な生涯を送っています。

 しかし、少なくとも、6人、公けに恋人といわれながら、ピカソの身勝手さのために泣いた女性がいます。ちょっかいを出した女性は数え切れない 


ピカソは19才でパリに出て極貧生活。しかし、その間の「青の時代」の絵には画商が付いて、すぐに金には不自由の無い生活になります。
 「薔薇色の時代」を経てキュビスム・・・若い画檀の超売れっ子です。第一人者となった得意の時代のピカソの作品にプンプンとにおいたつ、あつかましさ、傲慢・・・人もなげな投げやり・・・


 悲しみ、ためらい・・・自己の中へと回帰する内省的な悲しみや、それに耐える鬱が全く無い。描きっぱなしです。画商が隣の部屋に待っていて、なんだって喜んで、お世辞を言って、争って持って帰る・・・ももりごときが嫌うのは、ヘでもないけどねえ。


 しかし、今回バルセロナで見たのは、もっと若い時代の作品。父親が絵描きで美術教師でもあったピカソはいくつかの模写や身近な人物を残しています。
 そこに描きだされた人物の呵責のない性格描写。とても14才の少年とは思えません。
下は20年前。この時は閉館でした。時間が出来たらピカソのこと書きたいです。だって、分厚い英語の本を辞書引きながらよんだのですから・・・/strong>

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2011年12月17日 (土)

バレンシアの火祭り

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 この写真は、1998年、ここバレンシアのサン・バレンチンの春祭りの映像です。この日は、女の子はみんなキリストの花嫁になるんですって。
 我が家に1週間ほど滞在したアーティストのパメンさんが案内してくれました。この日、家庭料理をご馳走になり夜は闘牛を見ましたねえ。

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 町中に、大きな人形が飾られています。その数、なんと、200体とか・・・。それを、このサン・バレンチンの祭りの夜、火をつけて燃やす祭り「ファジャ」と呼ばれるスペイン三大祭りの一つです。
 人形はとても大きいもので木造家屋が密集する日本では考えられない、石造りの町ならではの行事です。でも、さすがに防水布が大きく掛けられてはいます。私達が陣度ったのは2番目に大きな人形の前、確か???市役所広場だったような???

 夜、12時頃でしょうか。みっちり詰まった群集の真ん中に私は埋もれています。何しろ こちらの人たちは体が大きい。ももりも日本人にしては大きなほうでしょうけど、まったく、ぎゅうぎゅう詰めで身動きすらなりません。消防車がやってきて建物に水をかけ、冗談じゃない!!!群集にも水をかけます。後ずさりする群集の中で、もう、息も絶えだえ・・・・「アッ・・・肩が抜けた。イタタタッ」


 人形が燃え落ち、サッと人なみがウソのように消えうせ、気がついたら肩は無事でした。
そこここに燃え残りがくすぶる深夜の町をホテルに帰りついたのは、2時を回っていましたっけ。翌朝の飛行機は朝早く、5時にはホテルを出るという・・・マジョルカ島へ。楽しいばっかりの旅でした。旅ってつくづく楽しい!!!


 あの広場は何処やったんやろ???
マア・・・スケッチなんて、ホント 無力です。


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2011年12月16日 (金)

シエラネバダ山 見えた!!!

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 シエラネバダ・・・・スペイン語では「ラ」をきつく巻き舌でいいます。この山にはあこがれていましたねえ。なってたってひびきがいい!!!

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ローマ世界の頃のグラナダは、やはりローマ人の町でしたが、7世紀ごろ、アラブ人がやってきて定着し、1013年にはここを首都としました。アンダルシアは部族闘争に明け暮れ、セビリアやコルドバも首都でした。この頃のイスラム文化は華やかに燦然と輝いていて、しかも、当時のイスラム文化は今のイメージとは大きく違っていたようです。他の宗教にも民族にも寛容だったといいます。アルコールとかアルジブラとか・・・アルで始まる単語はイスラムに起源をもつそうです。 


 下スケッチはアルハンブラ宮殿とアルバイシンの丘。この丘の洞窟にはジプシーが住み、洞窟のフラメンコは有名ですが、私達が見たのは、町中のフラメンコでした。
 フラメンコは抑圧された民族の魂の踊り。以前、スペイン語を習っていた時、教室で、古いフラメンコの白黒映画を見たのですが、そこには、争い、殺され、怒っては踊り、死んでは踊り、泣いては踊り、喜んでは踊る・・・ジプシーたちははだしで、土煙を上げて踊っていました。エクスタシーっていうんでしょうか。


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2011年12月15日 (木)

グラナダのアルハンブラ宮殿

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 人間が進歩する???そんなことホンマかいな???。ここの古い文化は本当に凄い!!!これは、もう、魔術の領域です。木彫やタイル、、はるかに高い天井にどうして???下は相棒撮影。高い天井の木彫


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 グラナダ陥落は1492年。11年間の長い戦いでした。イサベル女王は「敵の都を落とすまでは下着を替えない」と宣言したそうで、フランスのカフェ・オ・レの薄茶色を「イサベル色」っていうそうですよ。

 イスラム教のグラナダの若き王、ボアブディル。ライオンの心を持つと言われた王の猛母、アイーサ。二人は跡目争いで長くアルハンブラ宮殿のコマレスの塔に幽閉されていたが、逃亡に成功。アイーサは気弱な息子をはげまして戦っていましたが結局敗れます。
 城の鍵がイサベル、フェルナンド両王に渡される日、両方の王達は着飾って式にのぞんだそうで、当日の絵が残っています。

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 「涙の丘」と、今も呼ばれる小高い丘があるそうで、敗者としてアフリカに渡るボアブディルに、猛母アイーサは言ったそうです。「お前は男らしく守れなかったことを女のように泣くがいい」・・・怖いおっかあやなあ。
    
 


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2011年12月14日 (水)

真っ白な町 ミハス

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 相棒はジブラルタル海峡を見たいと言っています。でもねえ・・・ジブラルタル海峡はイギリス領なんですって。やっぱり大英帝国はまだここでは頑張ってるんですねえ。
 ここミハスは、まあ・・・ジブラルタル海峡よりは少し東ですけど・・・コートダジュール(蒼い海岸)の村です。スケッチはサン・セバスチャン教会。ここはビールを頼んでゆっくりスケッチできました。


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 スケッチはよく写真集に登場する白い階段とコートダジュール


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2011年12月13日 (火)

異端審問所とスペインの暗部

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 グアダルキビル川は大西洋から内陸へと物品を運び、ここセビージャを交易の拠点として発展させました。スケッチはグアダルキビル川と以前は黄金が張られていたという黄金の塔

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 スケッチは買い物の為に立ち寄ったお店の前から見るヒラルダの塔。買い物よりも早くあそこに行きたい!!!

 大聖堂とヒラルダの塔はスケッチする時間なし。この塔のてっぺんまでの傾斜を100メートル登りました。そっりゃあ!!!展望のすばらしかったこと!!!

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  あ・あ・あ・・・・登ってきた以上は降りなあかん・・・膝には下りがつらいのよねえ。 

1480年にセビリアに異端審問所が作られて、1516年までに6000人から7000人が火刑にあい、1492年のユダヤ人追放令では約25万人のユダヤ人がスペインを離れたといいます。その大半は現在のイラン、イラクへいったとか。一部はベルギー、ギリシャへ。このユダヤ人追放が経済を失墜させる原因となります。
 スペインがヨーロッパでも最も激しかったというこの異端審問。魔女ときめつけられて何人が火あぶりにされた???魔女なんて・・・そんんなのいるか・あ・・・・サンチアゴ巡礼道のホントに鄙びた小さな村でも、村の中心には柱があって、そこを通る時、いつも「ア・ア・ア・・・ここで火あぶりされた女の人がいたんやろなあ」って思ったものでした。今なら・・・さしずめ???ももりも・・・マジョ???結局、憎むべきは、それを許したバチカンです。


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 スケッチは万博のために造られたスペイン広場で、これはまだ新しい

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2011年12月12日 (月)

コルドバにて

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 曲がりくねった細い道、真っ白な壁に一杯お花をかざったユダヤ人街は今はおみやげ屋さんでにぎわっています。前は、もっと家の中庭までのぞけたような記憶があるけど・・・


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 まったく・・・ローマ人てのは土木工事技術の天才!!!。今でも大型トラックが通っているローマ橋とグワダルキビル川

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2011年12月11日 (日)

コルドバのメスキータ

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 ここは以前にも来ていますが、なんとしても描けないこの美しさ。アラブ人の作った教会。メスキータとはモスクのことです。
 「ひと夜 明ければ 国が 見え」・・・1492年、レコンキスタ、つまりぃ、Re conquesut 再征服・・・がなりました。イサベルとフェルナンド両王がスペインからイスラム教徒を追い出してキリスト教国に統一したのです。
 でも、当時のイスラム教は今日とイメージが全然違っていたようで、他の宗教にも寛容であり、学問、文化ははるかにキリスト教世界より進んでいたそうです。
 どうですか・・・・この甘い色彩と美しい列柱・・・素晴らしい木彫、色タイル・・・


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  モスクの上に造られたキリスト教の礼拝所。ここはキンキラです。


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 上はメスキータの入口を入った所。オレンジが街路樹としても庭木としてもたわわに実のっています。

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2011年12月10日 (土)

霧の中の風車・・・コンスエグラ

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 ここ、ラ・マンチャ地方・・・以前、TVで見たのですが、サフランで有名な土地です。地面にへばりついて咲く小さな白い花。その花のほんの3~4本のめしべ??おしべかも??を乾燥させたのが高価なサフランです。ブイヤベースやパエージャとかの黄色はこのサフランです。
 一年に一度の収穫時期には、家族全員がテーブルに山と盛り上げたサフランの花から、小さなしべをとる作業にあたります。花が咲いた間、しかも、その花は1日で枯れるんですから、その日の内に作業しなくてはいけない。1日中、中腰で花を取るのもつらい仕事ですし、この花のしべ取りも大変な仕事でしょう。乾燥した大地に生えるたった一つの産物。
 この地がこんなに深い朝霧に覆われるってのは、イメージと凄くちがいまいた。


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 上は、一服した小さなお土産屋さん。この土地の土は赤味がかっています。鉄分が強いのでしょうか。そのせいでしょう。屋根も壁の色もなんともいえない甘いピンクです。こたえられないなあ!!!


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 上は霧の中の小さな村

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2011年12月 9日 (金)

夕焼けと朝やけ・・・トレド

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 ここ、カスティージャの高地、トレドは、海抜500メートルを越えます。さすが・・・夕陽も朝焼けも素晴らしい!!!
 トレドのお宿はパラドール。パラドールとは昔のお城や教会などを、今、国営宿舎にして一般人を泊まらせるというすぐれもので、なかなか予約が取れないと聞いています。サンチアゴの巡礼道ではレオンとか、サンチアゴ・デ・コンポステラとか、素晴らしいパラドールに泊まったものでした。
 ここ、トレドのパラドールは、ちょっと山小屋て感じで素朴です。仰々しい感じはありません。スケッチはパラドールの朝。霧が深い朝です。


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 上スケッチは朝もやの中のタホ川とめがね橋

 トレドはBC2世紀にはローマ人の町であったそうですが、イスラムの支配下に入り、レコンキスタで再びキリスト教世界にもどりました。572年には西ゴートの首都でした。大体マドリッドが首都となったのは新しく、4つの国に別れていたりもして、セビリアもコルドバも首都であった古い都です。それに、スペインは第二次世界大戦も第一次世界大戦も不参加で、ゲルニカは別として大規模な爆撃から逃れて、いたるところに中世が息づいています。そこが、なんともいえないスペインの魅力だと確信します。

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2011年12月 8日 (木)

マドリッドの引ったくり

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 上、スケッチはスペイン広場。ここで、以前、友人がみごとにかばんを引ったくられた!!!

 あれは、個展の下調べに行った旅でした。今回とよく似たコースで、マドリッドに3泊するというツアーに参加した時です。
 友人と朝早く、スペイン広場へ行こうとして、友人がバッグをひったくられました。それはもう・・・見事というほかない腕前で・・・友人が「ギャッ」と叫んで走り出した時、私には何が起こったかまるでわからず、ブッタマゲただけ。ヒラヒラと何かが散りました。

 前から楽しげな身振りでおしゃべりしてきていた若者二人が走っていくのが見えたのは一瞬のこと。二人は階段を上がって、あっという間もなく消えました。私も友人を追っかけて階段を上がったら、友人はしゃがみこんでいました。パスポートも現金も、トランクの鍵すらスックリ引ったくられたのです。ヒラヒラと落ちたのはバッグの紐。3重になって付いていた紐でした。友人の腕にはひどいかすり傷が・・・血がにじんでいます。

 この話は、ももりのホームページ「マドリッドのルカ」に書いています。お時間ありましたらゼヒゼヒ。
左端「山口ももりのホームページ」からお入りください。下の方ですけど。書いたことは全て事実です。

 それ以来、マドリッドは怖い。でも・・・3週間も下宿して地下鉄で個展会場に通っていたんですから。若かったんやなあ。おばさんの勇敢なのは・・・ホント・・・やることが怖い。

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 いよいよ個展をするためにやって来た時、一体どこでやられたんやろ、と、ここへ来ました。そしたら、なんと、なんと、あんな地下道を横切らなくても見事な道が王宮へと続いているのです。
 あ・あ・あ・・・「道を聞いたヤツもグルやったんや」と納得・・・う・う・・・ん。怖い!!!おのおのがた、くれぐれも ご油断めさるな!!!

 結局、その時も、スペイン広場へ行く勇気はなく、王宮を見学して終わり。今回始めてセルバンテスの像と、ドンキホーテとサンチョ・パンサに会えました。やれやれ・・・

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2011年12月 7日 (水)

優秀なる記憶忘却装置

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マドリッドはあまり大きな街でもないし、以前、セッセと歩き回ったクセに、なんと、なんと、始めて歩くように新鮮です。忘れるって、ええことやんか!!

 プラド美術館・・・これがやっぱり凄かった。最近横着になって余り美術館を訪れないももりですが、あらためて圧倒されました。
 特に、行く前に読んでいた、小西章子「スペイン女王イサベル」の登場人物たちとのご対面が、ひたすらうれしかった。一途に国のために働いたカステージャの女王イサベル。結婚のお相手のアラゴンの王子、フェルナンド・・・狂ってしまった次女ファーナ・・・誰にも相手にされなかったコロンブスの航海の資金援助を決断したのがこのイサベル女王です。

この二人の王が、レコンキスタとよばれる国内統一をなしとげました。長年、4つの国に分かれ争っていたスペインを統一、コロンブスの新大陸発見の後の富・・・世界帝国にのぼりつめるはじめでした。


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  写真は美男王フィリップの女性関係に狂い、その死後、棺おけをかついで国中をさすらったという女王、ファーナ。しかし彼女の孫カルロスが神聖ローマ帝国皇帝となり???たしか・・・記憶忘却装置が働いてたらお許しを??後ほど、ゆっくり調べなおしてご報告しましょう 


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 上スケッチはサン・フェロニモス教会。スペイン王家は近親結婚による悪影響が強く出て、フェリーペ3世、4世、そしてカルロス2世と精神的にも肉体的にも虚弱な王が続いたそうで、その頼りなげ狂った王達にも対面してきました。栄光と悲劇って常に同居してるのよねえ。
 ここ、マドリッドはフェリーペ2世によって、首都とされた、とあります。

 少し前、7月24日です。ゴヤのことを取りあげたカルロス4世の家族、あの強欲なイサベルにも会ってきましたし、アホのカルロス4世も見てきました。同じくゴヤのナポレオンの侵略で虐殺される民衆の絵も見ました。 案内してくれたガイド氏は、もっぱらエル・グレコ・・・でした。 

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2011年12月 6日 (火)

チリモヤとスペイン

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 上、スケッチはチリモヤ。ももりはマドリッドで個展をしたことがあり、その時、3週間ほど下宿をしました。生涯、サイッコーの思い出ですが、その時食べたのがチリモヤ。今回、又、見つけて食べました。ちょっとヨーグルトみたいなお味。黒い1センチほどの種がいくつもあります。日本ではあまり見ないなあ。

 スペインは、7回目???8回目かも???友人の企画したマルセイユでのジャパンウイークの旅は、バルセロナからコートダジュールをフランスへ。ももりのマドリッドの個展の下調べには今回とほぼ同じコースのツアーに参加しました。でも、相棒はこのコースは始めてです。
 マヨルカ島とバレンシアの火祭りにも行ったし、2000年にはキリスト生誕記念とて5日間巡礼道を歩きました。今年7月にもピレネーを越えてサンチアゴへ、バスで旅しています。

 スペイン・・・何度行っても素晴らしい国!!!重い歴史、そのわりに人なつっこく、陽気なスペイン人。経済不安なんぞ何処にあるかって感じのクリスマスイルミネーションも見てきました。あ・あ・あ・・・もっといたいけど・・・

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 スペイン広場。手前はドン・キホーテとサンチョ・パンサの像。後セルバンテス。この近くで、20年前、友人がバッグをスッパリと引ったくられました。そのことは、又、後ほど・・・後ほど・・

 チリモヤについて、kazuyoo様から、ページの紹介を頂きました。興味があるお方はゼヒゼヒ
    http://www.botanic.jp/class/banrei.htm

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2011年11月25日 (金)

山之辺の道と万葉集

 若いお仲間と山之辺の道を歩いてきました。私をのぞいたら平均年齢は・・・さ・あ・あ・・・??30才とちょっとか???万葉集をテーマに・・ということで・・・は・は・は・・・ 

 70才のももりメ、この若い軍団について歩けるか???天理から桜井まで・・・・まあ・・・いいや。無理なら途中からなんとかトンズラ???


大和には 群やまあれど とりよろふ あめの香具山
 のぼりたち 国見をすれば 国原は けぶり立つ立つ・・・

 香具山と耳梨山と会いしとき 立ちて見に来し 印南国原 

 三輪山を しかも隠すか 雲谷も  心あらなむ 隠そうべしや

 うつそみの 人にあるわれや 明日よりは二上山を いろせと わが見む

 香具山と畝傍を愛しと 耳梨と あい争いし 神代より???だったっけ???万葉集は、これからお勉強ということで・・・は・は・は・・・

 なんとか最後まで脱落せずに到着・・・うれしいなあ!!!でも、さすがのももりメも、この日は、スケッチは一枚もなし。 

しばらくブログお休みします。

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2011年11月12日 (土)

天空の城、松山城・・・岡山県

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  先日、パックツアーで日帰り参加。備前岡山の天空の城「松山城」です。
標高480メートルの臥牛山のてっぺんに建つお城への登りはけっこう急です。


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 昭和初期の写真によりますと、ひどく崩れて、半分廃屋でした。今、再現されていますが、こんな坂を登ってお城に通うなんて、昔の人も大変やったやろなあ!!!

 パンフレットによりますと、
この城の歴史は古く鎌倉時代。地頭、秋葉氏により砦が築かれたことにはじまる。天正2年、備中兵乱に際しては、この辺り全域は一大要塞であった。その後も、毛利氏の東方進出の拠点として存在した。小堀正次、その子遠州により改修改築がなされた、と、あります。


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 山頂から見る高粱(たかはし)の町。「高粱」と書いて「たかはし」と読むんですって。

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2011年11月10日 (木)

神戸から和歌山へクルーズ船

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 相棒が招待してくれました。神戸から「パシフィック ビーナス号」に乗って、神戸港から和歌山港へ。ランチはお船のおフランス。マジックショーもありました。

  赤と白のワインを前にならべて、そりゃあ!!!ご機嫌の一日でした。

 先日の拙ブログ・・・女らしい・・・と云う言葉について

 ヒガミかもしれないけど、いわゆる女らしいって言う言葉の中に、女特有のイヤらしいずるさを感じるのはももりだけでしょうか。
 ちょっと古いけど、アッシー君、メッシー君!!!なんて、残酷!!!可愛らしくシナを作りながら、要求だけはしっかり・・・これっていややなあ。ももりなら、重いものは自分で持ちたいし、お勘定もきれいにしたい。
愛されることは、もちろん幸せですけど、愛した方がもっと幸せです。

 でも・・・今日は・・・相棒のおごりで・・・は・は・は・・・勿論ワインもね。

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2011年11月 9日 (水)

女らしいって、それ、ほめ言葉???

朝ドラ「カーネーション」楽しみです。ももりも、子供の頃、父がいつも言ってました。
 「おまえは、つけるもんまちがえて生まれてきた」

 兄弟も、高校も、大学も、職場も、男ばかりで、息子3人です。今も、ももりは女性のお相手は苦手です。

 若さって、激しい一途さがいいのよねえ。この「カーネーション」の女主人公、どう、生きるんやろ。3人も娘がいたって事は、だれかと結婚もしたちゅうことやろしなあ???

 男みたいなももりでも、ケッコウ嬉しく結婚しましたし、今も続いていますから、いちがいに女らしいなんて言葉はホメ言葉ではないんじゃない???スケッチは上毛三山の旅から 

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 最初の夜の伊香保温泉。夜に湯元のライトアップを見に行きましたけど、朝早く起きたからもう一度。スケッチは、闇の中ではまるで見えなかった伊香保神社

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 赤城山の赤城神社。国定忠治の話題は若い人には通じないらしい。相棒が横から「あれは新国劇の舞台でみるもんやろ」ですってサ。

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 上と下は妙義神社.


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2011年11月 8日 (火)

八海山   

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 八海山といえば・・・・お酒は何度も飲みました。おいしい!!!今回はお山

 ロープウエーで展望台へ。8つの峨々たる峰の姿が魅力的です。若かったらなあ???あの峰まで登りたい!!!


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 ロープウエー駅から湯沢の町をのぞみます。遠くには北アルプスですって。  


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2011年11月 7日 (月)

谷川岳とアルプの里

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 何年か前、谷川岳に行った時は、雨の中でした。全ては真っ白な霧の中。今回は雪辱、快晴です。
スケッチ、谷川岳・・・ネコの耳みたいな双耳・・・覚えやすい山容やなあ。


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 谷川岳、第二リフトから・・・富士山見えた!!!!


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 アルプの里・・・っていう高原へリフトにてのぼります。高山植物園、あやめ池。


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2011年11月 6日 (日)

小説「雪国」の宿・・・川端康成

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 京都にすむももり達のお仲間に、「栃木県、群馬県、埼玉県って???どこか言える???」って聞きますと「言える」って言い切った人はいませんでした。つまり・・・位置関係すらわからないんです。 今回の旅で、やっと少し???わかりました・・・かな???


 上スケッチは、越後湯沢。川端康成が、小説「雪国」を執筆したという、旅館「高半」。ここに泊まりました。上は、移築されたその部屋

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 スケッチは、「高半」の今。

 夜、映画「細雪」を見ました。岸恵子と池辺良・・・古い!!!執筆のためとて、雪の湯沢に逗留する小説家と土地の芸者、駒子。エエカゲンな男に、ゾッコン惚れてしまった芸者。情が濃く、ヒステリック、でも、憎めない駒子。岸恵子さん、なんてきれい!!!

 越後湯沢は星がきれいなことでも有名です。温泉には入らんならんし、映画は見んならんし、星は見んなんし、スケッチは色付けんならんし・・・ここの温泉はいそがしい!!!

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2011年11月 4日 (金)

上毛三山って???

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 11月、秋晴れ、紅葉とくれば・・・・そりゃああ・・・もう、旅!!!

 上毛三山って???群馬県、の旧名、かみつけのくに・・・のことですって。赤城山(1828M)、榛名山(1449M)、妙義山(1449M)の三山を、こう呼ぶという事も始めて知りました。
 スケッチは遠望、榛名山。赤城山、榛名山は那須火山帯だそうです。

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  スケッチは赤城山大沼。赤城山といえば・・・ももりなら思い出すのは国定忠治・・・古いなあ。
でも、それの関連ものは何もなし・・・「赤城の山も今宵かぎりか・・・雁がないていかあ」・・・なんってね。 

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 スケッチは妙義山

 他に、以前行って雨、真っ白な霧の中でなんにも見えなかった谷川岳、おまけに八海山・・・これはお酒じゃない・・・勿論飲みましたし、買ってもきましたけど・・・それらは後ほど・・・ 

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2011年10月30日 (日)

イラン映画 「ともだちの家はどこ」

 TOHOシネマズ二条「午前10時の映画祭」です。

 イラン映画です。まず・・・タイトルも何もなく、画面は薄汚れたうす水色の傷だらけの壁がずーっと居座ります。やがて、人物がドアを開け、教室の子供達が登場、字幕で言葉が少しはいります。

 やがて観客は真っ暗な空間にとりのこされました。はてはて????観客は少ない・・・

 実は、これは映写器の不具合で、長ぁく待ってはじめからやりなおし・・・なんだか前途多難です。 

 イランの小さな村の小学校。強者のおとなや教師、弱者の子供達。おとなたちの一方的で身勝手な都合に子供達は縮こまって生きています。

 ある日、例によって、些細なことをあげつらってじくじくといじめる、遅刻した教師。主人公の少年、アハマッドは、いじめられている少年ネマツァデに同情します

 授業が終わり、子供達が駆け出します。転んだネマツァデのカバンから中味が散乱。アハマッドは拾ってあげます。

 家に帰り宿題をしようとして、友達のノートを持ち帰ってしまったことに気がつきます。

 「又、宿題をしていなかったら、今度は退学だ」と言われていたネマツァデ。アハマッドは友達の家に届けようと遠い山道を走ります。村の中はみな同じ名前、家がどうしてもわかりません。朦朧の老人に道をたずね・・・日は暮れて・・・犬か狼の吠え声が・・・

 翌日、又、例の教師が宿題を見て回ります。少年は・・・・友達の宿題を・・・そこには、あの朦朧の老人がくれた小さな花が・・・


 イラン。想像することもできない土地です。その小さな村・・・近代文明の光のささない、大昔とかわらぬような、取り残された村。迷路のように入り組んだ石の階段をひたすらグルグル・・・

 ソバカスだらけの少年の大きな瞳。まつ毛に深々とおおわれた真っ黒な善意のひかり・・・ これこそが、未来への希望なのでしょうか

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2011年10月29日 (土)

贋作家の驚くべき腕前

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 今朝の毎日新聞「マルセル」高樹のぶ子

 久方振りに”キョクッ!!”と心が振動???しました。

 毎朝楽しみに新聞を開いていた一番のお目当てが、この「マルセル」
主人公のアラフォーの女性新聞記者は、なき父の住んだ家を整理する過程で、父親の古びた手帳を見つけます。


 彼女の父親も又、新聞記者でした。京都国立近代美術館から盗まれたロートレックの小さな作品「マルセル」盗難事件を追っていた当時の手帳です。
 先日もロートレックのこと書きましたが、この事件は実際にあった事件です。時効後、大阪にて発見され無事ロートレック美術館に返還された・・・といいます。

 主人公のアラフォー女性記者は、父親の手帳と自分の母親をさがして・・・・小説の中で動き回ります。

 そして、今朝の一文「盗まれたのは贋作だから保険金は払えない、と、保険会社が支払いを拒否した・・・」の一文

 Oh?Oh?Oh!!!明日の朝刊が、待ち遠しい!!!
ロートレック美術館から貸し出され、美術館に展示されていた作品は、精巧な贋作であった????と、続くのでしょうか????

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 ももりが見た多くの美術展のうちでも、5本の指に入るくらい面白く見た展覧会が、上の「誰も行ったことのない美術館」
 贋作ばかりの展覧会でした。全てホンモノそっくりです。さ・あ・あ・・・・素人で、これを贋作と言われなくて見破れる人がいるか???

 それに、おもしろかったのは、贋作の作者の紹介とテクニックの苦労話。描かれた当時の画材にせまる苦労話も解説されています。

 そもそも、贋作が作れるということは原作者と同じ程度、あるいは、それを越えたテクニックの持ち主です。弟子入りした弟子の修行にと、自分の肖像画を模写させていたレンブラント、だから、同じ作品が5枚もある・・・たしかぁ・・・銀座の某有名画廊が騙されて高額で買った・・・TVで見た記憶があります。古いお城へ連れて行かれて・・・コロリと、その道のプロが騙された・・・と云うことでした

 ももりに言わせると・・・・贋作と模写・・・どうちがう???

 ホンモノと言って売るか???売れるか????

 ももりだって、若い頃、クレパスで盛んに模写しましたっけ。そして、それを自分の絵と並べて置いておくと・・・
 ぐ・や・じ・い・・・!!!模写のほうがよく見えるのよぉおお・・・!!!

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2011年10月26日 (水)

堺サイクリング・・・♪♪

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  秋晴れ・・・素晴らしい朝日が輝くと、もう、おしりがモゾモゾ。
と、いうことで念願の堺へ。
 堺へは、釣りキチが、まだ小学5年か??6年???でした。夏休みの自由研究の課題にと、奈良や河内の古墳を見に回った事があります。その時はまだレンタサイクルはなかったから、与謝野晶子とか、鉄砲鍛冶とか・・・見られなかったなあ。

8時半に中京の家を出て、10時には、もう、堺に着いていましたから、案外近い。
先ずは駅前でレンタサイクルをゲット。
  なんと、なんと!!!うれしい!!!240円で1日、4時半まで乗り放題!!!お安い!!!
上は千利休屋敷あと。ビルの谷間です。与謝野晶子の家は跡地に石碑があるだけ・・・  

  海恋し 潮の遠なりきこえては
   おとめとなりし 父母の家・・・・・明治のころは、ここから海鳴りが聞こえたんやねえ
 句はうろおぼえ。まちがってたらお許しを・・・

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 南宗寺(なんそうじ)。
ここでは、よその歴史愛好家らしいグループの詳しい説明を、耳だけ参加させてもらいました

 そのグループから、面白い話をゲット。実はこのお寺で家康は死んだ、大阪夏の陣の時、という記録が残っているんですって。それは固い秘密にされ、徳川の世になってから秀忠と家光が此のお寺へを訪ねたといいます。お堂が焼失した時に墓が出てきた・・・とか???歴史っておもしろいんやなあ。槍の穴が駕籠に残っているんだそうです。


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 堺市歴史資料館は70才だからと、無料。ここはとても資料が充実していて楽しいです。
その後は、竹内街道へ出て、堺市庁舎の21Fへ。チーズケーキとコーヒーでゆぅっくり。

 お・お・お!!!先日登った二上山、葛城山・・・まだこれから登りたい金剛山!!!
こんな景色を眺めながら食べたもんですから、チーズケーキが、そっりゃあ・・・ことのほかおいしかったのよ。

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2011年10月22日 (土)

大和三山、長年思いはべりしこと

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先日、素晴らしい秋晴れの日、大和三山に登ってきました。スケッチは甘樫の丘から見たニ上山。手前、耳成山、うしろ右は葛城山。


 近鉄橿原神宮でレンタサイクルと地図をゲット。さ・あ・あ・・・ルンルン 

 まずは、畝傍山へ。自転車を橿原神宮北の鳥居前において登ります。200メートルにも満たない小さな山、何ほどのこともあるまい、と、思いつつ・・・ところが大きく大きく迂回してケッコウ道は長いです。

 頂上で見た看板には死火山であったと書いてあります。下ろうとして看板を見ますと「畝火口神社」とあるじゃないの。おやおや、・・・こんな小さな山の古い火口が祀られてるのなら見ないわけにはいかないと、そちらの道をとりました。道は下ります。
 やっと神社に着きましたら、なんと、「畝火山口神社」ですって。「火口」じゃなく、山の入り口なんでしょう。なんとも、ハヤ・・・そこからもう一度登るというのも芸のない話と考えて、結局、平地へ出て、畝傍山の裾を延々と歩いて橿原神宮の中を通りぬけ、自転車置き場にもどりました。


 あ・あ・あ・・・なんて、バッカ!!!自分のアホさ加減にあきれます。でも、迷った道すがらの田んぼ道や、家々のお花がとても素晴らしかったです。ひとりのお気楽さも、こうなればうれしいもの


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 次は香具山。葛城山や西の京の高見から見ても、よくわからないのが香具山。この山は多武の峰の尾根続きらしく、独立峰と云う風には見えません。急な上り坂で一気に山頂へ。見晴らしがなくスケッチはなし。

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 耳成山も穏やかなハイキングコースで、ケッコウ人も多かったです。
 
 
 その後、いかづちの丘と甘樫の丘にも登って、レンタサイクル屋に帰りつきました。
「ゼエーンブ、クリヤー!!!甘樫の丘もいかづちの丘も登ってきたでぇえ」って言ったら、レンタサイクルやのおじさん「達者やなあ」ですってサ。

 ももり、70才!!!真実、うれしかったなあ!!!
 長年の夢果たしはべりぬ、でした。

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2011年10月20日 (木)

釣りキチの秋の饗宴

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先日、釣りキチが、イカ釣り舟に乗ってきました。家族の楽しみはその後の釣りキチのおもてなし料理です。

 アジとイカとアコウはお刺身に,ウマズラのフグつくり、イカめし、鯛のささづけ・・・・etc、下左はカワハギとキノコの酒蒸し・・・

まだまだ冷蔵庫にはいっぱい。ゲソを塩コショウで焼いたり、てんぷらにもしましょう。

 つらい苦しい仕事も、この楽しみあってこそ、という釣りキチの心づくしにみんなで盛り上がりました。

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2011年10月19日 (水)

ロートレックとの朝の出会い

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 今、朝イチの楽しみは、毎日新聞、朝刊の連続小説「マルセル」です。

 1968年、ももり、17才。京都国立近代美術館で開催されていた「ロートレック展」の会場から、女優「マルセル」が盗まれました。捜査はカラ振りし、未解決のまま時効になり、その後、大阪にて発見され、無事ロートレック美術館に戻ったそうです。

 新聞小説では、事件当時、この盗難事件を追っていた新聞記者。記者は、もう、死んでいないのですが、その娘、同じく記者となった娘が、遺品を整理している時、見つけ出した一冊の古びた手帳から始まります。それは未解決の事件を追った手帳だったのです。

 先日来、ずーっとアルビが舞台になっていました。

 行きたいのよネエ・・・

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 仕事から帰り、ドタンと草臥れてベッドに倒れこむ・・・誰でもやるよねえ。

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 当時の貧しい人々のお風呂。たらいにお湯をそそいで、体をふくだけ・・・


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 憐れにも崩れた笑顔。酒場で騒ぐ人間ども。心ならずもこびをうる疲れた女性達。悲しみに満ちた女達に注がれるロートレックの眼差しは限りなくやさしい。

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2011年10月18日 (火)

行ってたはずの・・・

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ホントなら・・・行ってたはずのフランス。待ち遠しくて、やるせないほどに行きたがっていたアルビ。ロートレックの生まれた町です。旅行社が催行しないっていいます。ガックリ

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 「プティ ビジュー」(小さな宝石)と呼ばれ、両親の愛を一身に受けて育ったロートレック。十字軍に参加したという家系を誇る伯爵家の嫡男でした。しかし・・・財産、血統を守るためとて、何代にもわたって重ねられた近親結婚のせいで、その名門の血の濃さゆえに、骨が異常にもろかったのです。

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 13才、椅子から立ち上がろうとして転倒、骨折。14才で再び骨折。彼の両足の発達は終わりました。

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 彼が心の安らぎをえたのは娼婦の家。踊り子や劇場を描きます。特にポスターは人気を博しますが、アル中と、さらには梅毒で、36才の生涯を終えました。

 芸術って、作家の苦しみが作品を磨くのでしょうか。 

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2011年10月12日 (水)

お江のお墓、秀忠、家康ほか・・いかつい面々

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パックツアーに一人参加して高野山へ。初めてです。高速で阪南へ、そこから、よくブログで耳にしています粉川寺、根来寺、華岡青洲生誕の地と云う看板を見つけますが、バスは一路高野山へ。ちょっと寄ってほしいけどなあ。ここがパックツアーの我慢のしどころです


スケッチはお江のお墓。そのかたわらには小さな千姫のお墓。世界遺産の森には秀忠、家康、明智、織田・・・敵味方なくお墓が並んでいます。

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 女人禁制であった高野山。九度もお大師さんに会い来られたという母上も、ここから先は禁足だったとか・・・九度山は、たぁしぃかぁ・・・かの真田幸村が蟄居した所だったっけ。


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 スケッチは高野山大門。ここからの夕陽は「夕陽百選」の一つだそうで、昨日も美しかったです。  

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2011年10月 7日 (金)

アレクサンドル・デュマか藤本ひとみか

 左2冊はご存知アレクサンドル・デュマ、児童書です。その右は、翻訳。物語は・・・

 ルイ14聖の御世、バスチーユに囚われていた鉄仮面をかぶせられた囚人。彼は一体何者か???

 アレクサンドル・デュマは言います。
ルイ14世が生れ落ちた時、ややしばらくあって双子の兄が生まれた。本来ならば、後に生まれたほうが王権を継ぐはず。宰相リシュリューはお家騒動の根を絶つべく、赤ん坊を人知れず遠くへ。
 やがて、自身の秘密を知った兄は???

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 右側の2冊は、藤本ひとみさんが創り上げた双子の兄弟の運命「ブルボンの宝剣」
此方の方がよっぽど面白いのよねえ。奔放な空想力、創造力はデュマに負けてないって、ももりは応援します。

  

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2011年10月 5日 (水)

映画「はやぶさ」見てきました

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 封切ホヤホヤを見てきました。これは・・・ス・ゴ・イ!!!素晴らしい!!!久しぶりに映画らしい映画を見ました。しかもドキュメンタリー。アメリカ20世紀Foxの制作です。子供達にも是非見て欲しいなあ!!!

 鹿児島県の内浦といえば・・・まだ3人の息子達がみんな小学生だった頃に行きました。凄い山の中を、バスでガタガタ、長時間でしたので、釣りキチがひどくバスに酔いましたっけ。下は古いアルバムから。もう・・・30年以上前になるか・・・

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 映画よりずーっと大昔・・・なのよねえ

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2011年9月29日 (木)

衆愚政治の恐怖

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 フランスへ行くはずだったのに・・・旅行社から中止の連絡。そんなのないよーーーんん。日程も工面したのに。

 ええ年して・・・と言われそうですが・・・ももりの手元にあるマリー・アントワネット。左下2冊は図書館のものですが、他はももりの本棚のものです。

 伝記には定評のあるステファン・ツヴァイク。遠藤周作から藤本ひとみまで・・・まあ・・・いろんな人が描くフランス革命。読み比べると実に面白い


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 でも、実は、本当に凄いのは、王妃や王が処刑されて後のフランス。南西部(フランスはロワール川を境界に南部、北部と言っています)ヴァンデ地方の農民反乱をあつかった「聖戦ヴァンデ」。この本を読まれたら藤本ひとみさんを嫌いと言うかたも、きっと見方がかわるでしょう。

 人民政府は荒れに荒れ、理性を失った大衆政治。衆愚政治の実態を暴いています。藤本ひとみさんを好きなももりが、藤本ひとみさんを嫌いなあなたにおすすめする1冊。ゼヒゼヒ・・・

 みんなで首相をデッチ上げては、引きずり下ろす。誰も腰を吸えて難局に当たろうとはしない、できない政治家。甘い言葉にとろかされて未来を見ようとしない大衆・・・衆愚政治の行きつく先は????

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2011年9月28日 (水)

蚊はビールがお好き???

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先日参加した絵の会のスケッチです。
所は伏見。ご存知、酒どころです。上は千石船。下は酒蔵

 黄ぃさぁくぅらぁ ♪♪・・・のレストランでお昼ごはん。お子様ランチに黄桜特性ビール。おいしかったなあ。ハンバーグにビール。エビフライにビール。アイスクリームまで・・・

 その後、スケッチしてたら・・・、ま・ああ・・・・・あ、蚊が寄ってくる事、寄ってくること・・・まるでももり一人を集中攻撃してるみたい???かなわんかったなあ!!!

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2011年9月24日 (土)

賤ケ嶽七本槍

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 台風一過・・・素晴らしい晴天です。さあ・・・どっか行きたい!!!

 「賤ケ嶽と余呉湖に行ってくるわ」・・・こういう日は発作的にどこかへ行きたくなるタチなもんで・・・

 ・・・そしたら相棒も「行こか」ですって。ダイハツミラで出かけました。

 最近、相棒運転の車に乗るのはなんだかちょっとこわい。

 素晴らしいドライブびよりです。比良山、琵琶湖、伊吹山、余呉湖・・・・そこここに彼岸花が咲いてる。お目あて賤ケ嶽へは、リフトです。スケッチ、上

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 賤ケ嶽七本槍の古戦場です。赤とんぼが群れ飛んで、秋!!!紅葉はまだ。

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 これは誰やろ???解説なし。柴田勝家かなあ???

 ちょっと、ももり一人、電車、バスのりつぎでは、行きにくいかもしれないなあ。
琵琶湖一周して、無事帰宅。

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2011年9月22日 (木)

きもいなあ

「ため口」って???先ほどNHKでも有堂アナが言ってましたから、もう充分市民権を得てる言葉なんでしょうけど・・・何処から出て来たことばなんですか???どういう意味なの???

 「きしょい」(きしょくわるい)「きもい」(気持ち悪い)びみょい(微妙な)・・・

 何となくわかるけど・・・???

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 スケッチはフランス。ルーアンへ行った日の朝と夕方
あ・あ・あ・・・・・ホントなら・・・今ごろいそいそと準備してるのに・・・

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2011年9月21日 (水)

おフランス

各地で台風の被害が報道されています。お見舞いを申し上げます。ここ、中京は、夜明け前は激しく降っていましたが、現在は無風、ショボショボです。
 ホントなら、今頃、熊野古道に向かってバスに乗ってるはず 。ツアーは中止になりました。10月に行きたかったフランスの旅も中止です。


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 フランス大嫌いの相棒とは、いつもげんかになります。あ・あ・あ・・・
相棒は「武器を中国に輸出して・・・イヤイヤ世界中に輸出しおって・・・」「態度が傲慢・・・」etc・・・
「核実験して・・・」「あのイヤラシイサルコジ・・・」う・う・・・・ん  まあ・・・言えてる・・・

 
 でも、ももりの頭は、小説でいっぱい。
「レ・ミゼラブル」「モンテ・クリスト」「王妃マルゴ」「鉄化面」「マリー・アントワネット」「カトリーヌ・ド・メディシス」etc・・・

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 最近、はまってるのが「藤本ひとみ」

 彼女の本は、好きと云う読者と嫌う読者にはっきり分かれるようです。ももりはわりと古いファンですが、新しくなるほど落ち着いてきて、以前のような、子供っぽいハッタリがなくなり、資料の充実があらためて凄いです。

 ハッタリとは失礼いたしました。スッゴク手の込んだフランス料理に、お子様ランチの旗を立てたような感じ。少女向きの美しい主人公が動き回りしゃべりまくる・・・これがケッコウうるさくってねえ・・・

 でも、最近はあらためてお・も・し・ろ・い・・・というわけで、台風の中、「聖戦ヴァンデ」の下巻を図書館で探しに出かけましょう。確かに持ってたはずなのに・・・ない!!!

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2011年9月20日 (火)

詐欺師の顔

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 ももりは、「おれおれ詐欺」とかネズミ講に引っかかったことはありませんが・・・最近、なんだか政治やマスコミの周辺は???ひょっとして、詐欺じゃないのかい????

 

 高齢者大事、弱者大事・・・憲法では、健康的で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する・・・とは書いているようですが、権利を有するということと、全員が保障されるということはちがうでしょう。


 こんなことしててええんやろか???グズグズと・・・政治は機能してるんやろか???
そろそろ、そのやさしげで、いやらしくて、品のない、うそつきの、未来の見通しのない仮面を信用したらあかん時がきてるのと違うやろか・・・???

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2011年9月16日 (金)

自画像

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今、絵を描くことに悩んでいます。ま・あ・あ・・これは自画像。さる展覧会に出品中です。
 
 描きまくる・・・ことだけがとりえのももりでしたが・・・・今・・・悩んでいます
  
 つぅまぁりぃ・・・この老婆の心境なんです。

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2011年9月15日 (木)

お札じゃない聖徳太子

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 黒岩十吾「聖徳太子 日と影の王子」読了。  

あ・あ・あ・・・・衰えたり・・・ケッコウ、しんどかったんよねえ。

 ももりは、まだ老眼鏡なしですけど・・・なにしろ襲ってくる 睡魔には勝てず・・・

 去年、おととしあたり、大分奈良を歩きましたので、地理も少々わかってる。

 井上靖の「額田王」と黒岩十吾の「額田女王」ズーーイブンちがいます。これが、作家の個性なんでしょうねえ。ももり個人の好みとしては・・・やっぱり井上靖・・・

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2011年9月11日 (日)

ゲッ!!ホンマかいな???

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 つまりぃ・・・薬指と人さし指を比べてみて、薬指の方が長い人は、男性ホルモンが多い・・・・らしい???
 母親の胎内で、男と女に別れる時期、男性ホルモンの多い少ないがその後の薬指の長さにあらわれる???ホンマかいな???

 ももりの手は・・・完全に薬指の方が長い。つぅまぁりぃ・・・男臭いってわけか???ナットク、ナットク・・・

 アップしようと写真も撮ったんですけど、見苦しい汚い手だからアップは、ヤ・メ

 さあ・・・これから会う人ごとに「手を見せて」って言いそう・・・デス。

 昨日、9人、おとつい11人・・・みんな薬指の方が長かったよ・・・・

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2011年9月 9日 (金)

父恋し

 
 最近、書のことをブログに書いて、あらためて思います。父恋し・・・・

 父が京大病院で胃がんの摘出手術を受けた日の夜は、台風の残りの風がものすごく強い日でした。
もう、44年も前になるんですねえ。京大病院の、暗く長い廊下を氷を取りに行く時、「バターンッ、ガターンッ」と、どこかの扉がなっていましたっけ。

 あくる日の朝、母の様子がどうもおかしい。問い詰めますと「もう、あと5年は・・・・」と云うことでした。


 晴天の霹靂とは、正にこういうことを言うのでしょう。
 次の朝は、抜けるようなまっ青な空が広がっていて、私は自分に言い聞かせました。「母の言葉、あれは、夢だったにちがいない」

 父が死んで、長いこと、夢の中の父は、いつものように書斎で机に向かっていました。
「ホラ、やっぱり、夢やったやないの。生きてはるやん」
 目覚めてしばらく、ながぁい間、父が生きているのか死んでいるのかわからなかったものです。

 もう、今ではそんな夢も見ません。母も亡くなり、自分がいつ死ぬかと考える年になりました。夢でもいい。父母を見たいです。 

この年になって、あらためて思い出す若かった父の死。80才、90才まで矍鑠と生きられる人もいます・・・そんな人生って壮大ですよね。

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2011年9月 8日 (木)

さるお方への返信

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 ももりに取って書道とは???

 父の命が5年以内」と聞かされたのは21才の時。大学では専攻はデザインで、書には余り関心がむかない日々でした。急に書に興味を持ったのは、書に精進していた父の死を前にして、今しかない!!!と云う切実な思いだったのでしょう。

 ゾッコンのめり込んだ書でしたが、長いこと「書のよさとは何か???本当に、今、頑張って学んでいるこの書がそんなにすばらしいのか???」と云う根本的な疑問から、ずーっと目をそらすことができませんでした。感性の鈍いももりが、ここまでのめりこみ続けられたのは「あの父があれほど魅了されていたんだから、絶対に間違いないにちがいない」と信じたからにちがいありません。

 素晴らしい書は一杯あり、それぞれが強烈な個性を主張し、時代精神そのものを照らし出しています。権威にうらずけられて、規範となっている書もたくさんあります。

 その中で、何から学ぶか???

 ももりの写真の本は、もう、相当に古く今は変わっているかもしれません。でも、絶対的な古典ですから、書の専門店には必ずあると思います。

 やっぱり書の魅力は限りなく奥深く、もう、70才にもなって今更に「やって良かった。間違いなかった」と心から思う日々なのです。

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2011年9月 7日 (水)

台風の雨の中「一枚のハガキ」を見にいきました

 友人から「よかったでえ」って聞いていましたので、「これはっ」と、ママチャリで走りました。
台風の激しい雨がカッパごしに目に刺さるようです。でも、映画館はケッコウ混んでいました。
 

 時は、太平洋戦争が、もうなすべき手を持たない状況にあった昭和19年。赤紙で召集された100人のぶかっこうな中年の兵士たち。啓太と定造は2段ベッドの上下に寝る戦友でした。

 幼なじみの娘が貧しさから売られそうになった時、たった一枚の田んぼを売って嫁にした定造、大竹しのぶさんの嫁役が何と言ってもこの映画の見どころです。

 定造はくじで選ばれてフィリッピンの前線へ密かに送られますが、船は日本を出てすぐ敵艦の襲撃で沈没。大竹しのぶさん演じる嫁は弟と結婚。「あねさん、すんません」と言いながらの切ない夫婦生活。そしてすぐに弟も戦死。

 その嫁から来た手紙を見せられていた啓太は100人の中、たった6人の生存者です。戦友との約束を思い出して、定造の田舎を訪れます・・・

 誰も悪い人間はいない。よくここまで自分を抑えたというような善人ばかり・・・・戦争が全ての幸せを奪ったのです。ちっともえらくもなんともない上官の奴隷のように、もてあそばされてしまった命・・・・

 99才の新藤兼人渾身の作品です。大竹忍さんの魂魄の縁起が凄い!!!です。ゼヒゼヒ・・・

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2011年9月 2日 (金)

スペインはマラガから

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 たった今、届いた贈り物。ハテハテ???だれから???なにを???

 旅行会社からって???なんやろ???
O・O・OH!!!うれしいじゃやありませんか!!!スペインはマラガのお酒。早速試飲しました。おいしい!!!ちょっとコアントローみたいなお味。リキュールです。うれしいなあ!!

 でも、でもでも・・・なんでぇ???

 先日行ったサンチアゴ・デ・コンポステラのスケッチを投稿しましたら、採用してくれて・・・「VAMOS]って言う冊子に載りました。そしてそして・・・こんなスゥーテキなおまけまで送ってくれたんです。うれしいい!!!

 このところブログおさぼり。どうってことない毎日。何となく、記事も書かずに日が過ぎていました。
今日、急に目覚めました

 
 旅への憧れは募るばかり。行きたかった次の旅は旅行社から中止の連絡。次の計画は???さ・あ・あ・・・・

 下の写真、パンプローナの牛追い祭りのとき、男達が首に巻くスカーフ。チーズは冷凍庫の中で眠ってたサタンデールで買ったチーズ。グラスもパンプローナときてるんですから・・・
 飲み過ぎないように・・・ネ

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2011年8月25日 (木)

終戦と敗戦

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 ももりは戦争が始まった1941年の1月に生まれました。その年の12月、真珠湾攻撃から太平洋戦争は始まったのです。苦労したのは親で、ほんの幼い子供であったももりは戦争のホントの苦労は知らないでしょう。

 大学を出て、何年もたってから、同窓の展覧会に出品するようになり、メンバーは、みんな戦時に青春を送った方々でした。長野で、イザという時の天皇の隠れ御座を作っていたという、元、斥侯兵もいれば3回も海に浮かんだという海軍兵だったかたもいらした。

 話題は常に戦争時のこと。そして古い映画のこと。当時、映画くらいしか娯楽はなかったのですから。

 「あの戦争は負けて良かったのよ。勝ってたら占領支配地の戦後の独立運動で散々苦労したでしょう」とか、わかったようなことを言ったももりに、メンバーの一人が、ボソッと言ったこと
 「もし、負けてなかったら、国民はぜえーんぶ軍部の奴隷やでえ」

 あの戦争、やっぱり、国民を奴隷のように支配したトップの責任を、もっと国民自身が問うべきであったのではなかったのでしょうか。「生きて虜囚の恥をうけるな」と言った人間が靖国に祀られているのは、どう考えて受け入れられません。

 ムッソリーニは木に逆さ吊り、ヒットラーは自殺、そして、日本では神となってる???スケッチはカンケーないけど先日行った和歌山城。ここでは忍者がケータイで・・時代ですかねえ???

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2011年8月24日 (水)

娘がよいか 息子がよいか

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先日、地蔵盆。我が家、今年は町内会の地蔵盆の係り。ア・ア・ア・・・・・全く計算なんて苦手です。足し算、引き算を筆算で、しかも、何度やっても答えが変わるときてるももりです。
 「なんで、私が、こんなことするのよお???」今回初めて電卓の使い方を覚えました。きのう、会長さんからOKが出て、ホッ

 子供達を見ていると、本当にあきません。可愛い!!!
我が家、孫がないもんですからツイツイ幼なかった息子たちに思いは戻ります。

 息子達が独立して孫がいない。これは気楽なもんです。


 でも・・・まわりをみまわしますと、離婚して孫を連れて実家へ帰ってるとか、離婚しなくても、出産とか、用事とかで、孫のお守を押し付けられて、クッタクタになってるおばあちゃんが、ホントに多いのに気がつきます。
 ある人言わく「あんた、息子やから楽なんよぉお。娘は、ホンマ、タイッヘンなんやから」

 あ・あ・あ・・・・孫ねえ
スケッチは老夫婦二人の海水浴。白浜三段壁と部屋からの眺め。下は泊まった古賀の井ホテル
 


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2011年8月23日 (火)

友達の友達はみな友達

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 最近できたお友達・・・そのうちの二人、とっても本が好き。というわけで、お友達の本をとても楽しく読みました。本との出会い・・・お友達とに出会い。ダブルの出会いがうれしいのよねえ。すっごくトクした気分です

 宮城マリ子。ご存知「ガード下の靴みがき」  その後、「ねむの木学園」を立ち上げ、演劇、著作、絵画にも目ざましい活躍をしました。一方、吉行淳之介との長い愛情と同居生活、彼の闘病をみまもる一人の女。結局,遺言で吉行淳之介の著作権料の半分は彼女のもとに・・・そして、そして・・・本には書かれていませんが、先日、スタッフの横領事件が世間にかしましく言われていました。

 「茜に燃ゆ」黒岩重吾です。額田の王です。ほとんど終了。井上靖「額田の王」と随分ちがうなあ!!!
結局、作品を通じて、モロにあらわれている作家の個性の違いなのでしょうねえ。

これで、又々興味がムラムラ。しばらく吉行淳之介を読んでみようかなあ???勿論、黒岩重吾も・・・ネ

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2011年8月19日 (金)

143才の海水浴

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 合わせて143才の海水浴。相棒と二人、白浜へ行ってきました。さ・あ・あ・・・30年ほども前???よく行った白浜です。
 かわいいっ!!!子供たち・・・なんだか怒ってばっかりいたような気がするけど、こんなに可愛いかったんやなあ!!!

 老夫婦、しばし波とたわむれ、暑さを忘れました。
それにしても子供達が小さかった頃、お金もないのに、まあ・・・・ヨック遊んだものでした。
遊びたかったのは親の方???らしいなあ

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2011年8月 9日 (火)

イチバンの大仕事

 「お日さま」・・・ひなこちゃんが肺炎になって、陽子センセイは学校を辞めました。
母と全く同じ・・・

 私がちっちゃかったころ・・・小学校のセンセイであった・・・母の話です。

 ある日、何か気になって、母が学校から時間前に家に帰ったら、表で私がオシッコたらして泣いてる・・・中へ入ったら「おなごし」がねころんでみかんを食べていた・・・


 「あ・あ・あ・・・一体、私は何してるんやろ???」って思ったと・・・。おなごしは即刻、ク・ビ

 その後、父の姉の家に昼間は預けられたらしい。男の子が一人いて、そこへ近所にいたもう一人の叔母の子供が二人、ワルガキ。自分の兄達もワルガキで、周囲はみんなワルガキばっかり。その中の女一人で、チャチャクチャにされたのが・・・ももりということらしいです。スケッチは、サンチアゴへの巡礼道、喜びの丘、下はレオンのパラドール

 子育ては時代がかわっても、イチダイの大仕事なのよねえ。 


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 陽子先生が学校を止めて・・・後をどう生きるのか???

 ももりの望むらくは・・・・いーーっぱい子供を生んでほしいなあ。

 ももりは、もう一度生きなおせるものなら、子供を一ダースくらい生みたい。ハプスブルグのマリア・テレジアは16人も子供を生みました。子供っていいのよねえ。アホでもカシコでもそんなのカンケエーネーつうの。

 何が面白いといって、やっぱり子育てにまさる大仕事はないと思います。
教育にお金がかかるって???学校の成績なんて、アテにしたらあきませんよ。ようするに、素質のあるものはほうっておいても勝手に学ぶでしょう。
 たとえ、お勉強ができなくたって、苦しくたって、生きていくことは凄いことなんです。


 もちろん、ご飯は食べささななあかんよ。粗食でいいから

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2011年8月 4日 (木)

映画 「シベールの日曜日」

 最近ちっとも映画の記事をアップしませんが、ケッコウ映画館には奉公しています。尤も1000円で見させてもらっていますけど・・・

 よそのページで「コクリコ坂から」を見てきて・・・と云う記事がありました。どうも・・・よくつかめない・・・凄いテーマがあるようにもない。絵がすばらしいわけでもない。芸術性???とか言うものもあるようにもない・・・社会性???も疑問です。

 最近、アップしたい映画がない・・・様な気がします。

 京都には「午前10時の映画祭」と云うのがあって、週代わりで古い名画をやっています。
先日見た映画「シベールの日曜日」白黒のフランス映画です。 この映画は始めてで、なんともいえない深い驚きと感動をおぼえました。

 映画の魅力ってなんやろ???ストーリー???映像???時代考証???俳優の演技???
色々あるでしょうけれど、芸術性っていう言葉を思い出す作品でした。

 親に捨てられて修道院に入れられた少女と、記憶を失った飛行機乗り

 日常に基盤を持てない孤独な二人。子供の幼さと成熟した女のしたたかさを併せ持つ少女。二人共現実に絶望しています。少女も男も夢の中で生きる・・・・映画でしか表現できない世界です。やっぱり映画にもお国ぶりがでるんですねえ。フランス映画ならではの世界でした。

 ビデオは発売されて手いないそうですが・・・「シベールの日曜日」でたくさんのページが検索できるようです。スケッチはレオンのパラドール


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2011年8月 1日 (月)

恵まれた結婚

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 昨日、さる会で、さる人が私に言いました
「よっぽど恵まれた結婚なさったんですねえ」って???
そう・・・73才の相棒は、新幹線、ホテルまでつけてもらって仕事に行っています。年に2~3回は海外へも出かける・・・

 でも・・・「よっぽど恵まれた結婚」???それって、ちょっと違うなあ!!!
家の中のことや亭主の悪口なんて言うのはダイッキライやから・・・まあ・・・・言わないし・・・今は確かにうれしい状況です。
 

 でもねえ・・・結婚する時は「3カ月もたへん」って言った人もいるし、周囲はみんな反対しましたよ。
主人の方だって・・・・嬉しいなんて言ってはいなかった???らしい雰囲気???でしたよねえ。

 苦労の連続なんてことはなかった。でもねえ・・・・

 
 相棒が学校へ行ったのは2番目の息子が生まれた頃、その後も、もう一度学校へ行きました。成績は常にトップ。これは、うれしい、うれしい事でした。でも、生活は・・・・ハルだってヨルだって売れるモンなら・・・とか冗談に言ったくらい・・・勿論冗談ですケド・・・

 
 ま・ア・ア・・・すぐできることはないか・・・ということで始めた書道教室。父が書道界では、ケッコウ活躍していましたから・・・学ぶことを得た喜び、愛することを得た喜び、後から後からわいてくる探究心を満たしていったら、今、気がついたらシアワセになってたって感じ・・・

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ももりは今でも贅沢をしようとは思わないし、粗衣粗食です。宝石は一つも持ってないのが自慢なくらい。旅と勉強以外は・・・愛する人をいっぱい持ってるってことが、最高にシアワセです。

 つぅ・まぁ・りぃ・・・初めから恵まれた結婚???ナンテ・・・ネ。そんなのは信じないっツーノ!!!スケッチは空港にて


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2011年7月28日 (木)

異教徒ながら

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 西洋史は好きで、かなりうるさい???かもしれない???ももりですが・・・
きっと子供の日、せっせと読んだ「白雪姫」「シンデレラ」「リヤ王」「ああ 無情」・・・のせいでしょう

 キリスト教に対する興味が、猛然と湧き起こった瞬間は、はっきり記憶にあります。
美術館で見た一枚の絵「ヘロデ王の幼児虐殺」 取りすがる母親を蹴散らして、幼児を次々と殺すローマ兵。「え・え・え・・・キリスト教って、うっとりと、「敵に右ほほを叩かれたら左の頬も出せ」というような、ヤワな宗教やないの???こんな残酷なこと教えてるの???」
 これは、高校1年だったと思います。

 将来王になる者が誕生した、と聞いたヘロデ王は、将来の自分の王位を危うくなることを危惧し、幼児を全部殺すように命じた・・・・という解説を読んで・さ・あ・あ・・・ハマリました。

 ももりは、自分の見た事以外は信じない。
霊感なし、予知能力ゼロ。地獄へ墜ちるなんて脅迫する宗教は大キライ!!!
 勿論未知なる部分があることは大いに、大いに信じますし、未知なることが多すぎると思う故に、安易にわかったように霊感とかを口に出すことを嫌っています。

 旅をして、長くその余韻から抜け出せない旅とは、どこか、哲学的???というか、人間存在の根本に深く訴える旅が多いようです。そして、その上に未知なる世界が広がっている・・・今回の旅は中世。キリスト教にすっかり押さえられていた民衆。しかも、最後の審判を酷く怖れた、キリスト教の恐怖時代????
 それにしても・・・・人間てのは凄い。この石の天井がナンで落ちてこないの???写真撮影は相棒

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2011年7月27日 (水)

スペイン この魅力的な国

 帰国して、もう3週間も過ぎたのに、まだ夢心地です。旅から帰って、夢醒めるのが早い旅と、ウーットリと夢が続く旅とがあります。今回、相当重症です。

 我が家、地デジの日からTVがつかなくなって・・・暮れにTVも買い換えて、アンテナも替えてもらったのに・・・???なんで・え・え・???
 夕飯のお茶碗を洗ってたら「あれ???音がせえへん」
 TVには、ナニやらややこしい文字が出てるだけ

 業者さんにきてもらって、自分のアホさにあきれました。結局、たまたま、アンテナと接続するコンセントが抜けてただけ・・・なんてヒドい、偶然のタイミング!!!
 我が家のイタズラ妖精「ゴルドン」の仕業です。でも、「江」と、「お日さま」と「徹子の部屋」と「天気予報」以外は、ほとんどTVを見ていないことにあらためて気がつきました。TVが無い夜は静かなんですよお・・・業者さん、すみませんでした。


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 スケッチはスペインあちこち

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2011年7月24日 (日)

スペインとゴヤ

 ゴヤを知らない人はいないでしょう。ピカソやミロ・・・彼等以上に最もスペインそのもの???な絵描きだと、ももりは思います。

ゴヤ、1746年に片田舎で生まれました。両親は遠くバスク人の血を引いていたといいます。

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  ゴヤ、40才でカルロス3世付きの絵描きになります。王家のお気に入り、絶頂期にありました。
1789年といえば、隣国フランスでは革命。同じ年、スペインでは、カルロス3世が死に、カルロス4世が即位しました。しかしこの国王はとんでもないウスノロ。しかし、ゴヤは、相変わらずウスノロ王家のお気に入りです。

  

 上はカルロス4世一家。どうですか???この気位の高そうな一家。しかし、国王はウスノロ。王妃マリア・ルイサは15才も年下のゴドイをオトコ妾にして1男1女の子までもうけ、お目出度いウスノロ王カルロス4世はチーットモ知らなかったというんですから。今やゴドイは王妃の権威をカサに来て独裁権力を握っています。
 革命思想に触れたゴヤは、一時は名誉から逃れますが、宮廷に復帰。しかし、王家の実態を知り尽くして、憎んでいるとしか思えない描きぶりです。この絵はゴヤ54才


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 ご存じ「裸のマハ」は、ゴヤ52才の作品。このなんでもないヌードは、しかし、無能のカルロス4世の次に王位につくフェルナンド7世による反動政治・・・革命に同調した人間への弾圧・・・で時代錯誤の異端審問に掛けられることになる問題作です。


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 フランス革命は4年後には国王、王妃ともにギロチンの露と消し、その後の革命政府の手のつけられない暴力と無能。そこへ抜け目のない外国の侵略・・・ナポレオンが鮮やかに登場するのはこのフランス危急の時です。スペインへも革命思想は伝染し、アランフェスで反乱。カルロス4世は王位を息子フェルナンドに譲り、フランスへ逃れます。
 やがて・・・ピレネーを越えてフランス軍がスペインへ。あっという間に北、中部は制圧、マドリッドへ迫りました。


上は、1808年5月3日、マドリッド陥落・・・銃を撃っているのはナポレオンの軍隊です。マドリッドで、立ち上がったスペイン人民の蜂起はたった数時間でナポレオン軍に制圧されてしまいました。


 フェルナンド7世はナポレオンと談判するにあたり、ウスノロカルロス4世とマリア・ルイサと同座しました。なんとなんと・・・ウスノロ、カルロス4世は王の諸権利をナポレオンに譲ってしまったのです

 その時の王妃の言葉がイヤハヤ・・・
「お黙り。このテテなし子め、お前なんぞギロチンに掛けられてくたばってしまえ」ですって。
 しかし、スペイン王はナポレオンの兄ホセ1世と云うことになってしまいました。ホセ1世「酔いどれペペ」と言われた5年足らずの王でした。

 ナポレオンはやがて破れ、フェルナンド7世がスペインに帰ってきました。
しかし、スペインにも自由主義革命が起こります。フランスに逃げたフェルナンドは、フランス軍を引き連れてピレネーを越えて帰ってきました。激しい自由主義者の弾圧が横行し、73歳のゴヤは「聾の家」と呼ばれる家を購入、引きこもります。
 その壁に描いた真っ黒い絵が、苦しむゴヤの心の叫びをあらわして有名です。厳しいカトリックへの回帰と王政復古が行なわれ、「裸のマハ」は異端審問にかかりました。

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 どうにもならない運命が人々を苦しめます。ゴヤ、悲劇の時代のスペイン人の運命感はこんなものではなかったのでしょうか

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2011年7月21日 (木)

先史時代から中世、そして今・・・

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 写真は相棒撮影のサンティリャーナ・デル・マールの村祭りから

 この村にアルタミラの洞窟が発見された・・・先史時代、さ・あ・あ・・・本によりますと後期旧石器時代・・・4万年前から1万年前???のこの地に、あの壮大な絵を描いた人達が住んでいた。

 そして、そして・・・ここ、カンタブリア海にさすらうホモサピエンス・ももり・・・とくれば・・・こっりゃああ・・・感動しますわなあ。

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2011年7月20日 (水)

絵の具を広げて・・・サンチアゴ・デ・コンポステラ  

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 今回、初めてのしゃがみこんでのスケッチ。サンティアゴ・デ・コンポステラ大聖堂。絵の具持参でゆっくりスケッチできました。

San2

 中央、聖ヤコブの像。実際の大きさって???どんなもんなんやろ???
 

 サンティアゴ・デ・コンポステラとは・・・キリストの12使徒の一人、聖ヤコブの遺骨が9世紀に発見され、そこに教会と修道院が建てられました。現在の教会は後の手が大いに入っているようですが。
 
 このスペイン最北西端ともいえるところまで、中世、巡礼者が続々と歩いてやってきたのです。パリから、マルセイユから、クリュニューから・・・12世紀が最盛期だったとか。人類が時に発揮するとてつもないエネルギーの沸騰・・・でしょう。十字軍に先立つ沸騰です。
 中世の人々は、黙々と歩き続けてこの道を・・・この黙々の行為が求道的なのよねえ。私達みたいに4つ☆ホテルに泊まり、冷房バスで快適に・・・やっぱり異教徒やなあ


Jyunrei069

Jyunrei067


異教徒ももりが、ここ、キリスト教の聖地へ2度も来た。何が彼女をそうさせたか???
スケッチは旧市街の市場と広場

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