古都の春

京都、古都も春。一条戻り橋の早咲き桜はもう満開!!!


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西本願寺前の「井筒ビル5F]風俗博物館へ。知らなかった!!!長く京都に住みながら、こんなすごい展示館があるなんて…改めて京都の奥深さに驚き!!!今は源氏物語をセットアップ中



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パソコン絶不調。勝手に人のパソコンの中までかきまわしてシステムを変えるなんて…ひどいよお!!!パソコン教室の校長先生にきてもらって・・・さ・あ・あ・・・アップできるか・・・エイッ







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2019年3月25日 (月)

へんなパソコン!!!

も・お・お・・・・うまく動いてくれません。プンプン!!!


時代にとりおかれそうで、何とか続けているパソコンですが・・・そろそろ???

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2019年3月12日 (火)

蜻蛉日記のヒーローは

「蜻蛉日記」・・・・平安中期、藤原兼家・・・当時26才くらい・・にプロポーズされて不安ながらも結婚した19才の作家…彼女は菅原孝標の娘と呼ばれていますが名前はわかりません。というよりも、皇后とかになるまで女性には名前の記録が残されていなかった。清少納言も紫式部も名前ではありません。職名です。兼家との間に生まれた息子道綱が右大将になったので、作家は「右大将道綱の母」とよばれています。


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上はちょっと違うけど「落窪物語」岩崎書店の挿絵 沙月ゆうさん 葵祭のようす

 

 何人もの妻をもつこの時代の妻にとって一番の苦しみは嫉妬です。兼家は、直接親に結婚を申し込み、下手クソな字で品のない紙に歌を書いてよこします。当時はまだ位もたかくない、ぺーぺーですのに。その押しの強さに負けて結婚。

 最初は熱心に通ってきますが、浮気なやり手・・結局、9人の妻がいた???ともいいますよ。も・お・お…腹が立って腹が立って!!!たまに来てくれたら来てくれたで、腹立ちまぎれで怒りまくり???夫は不機嫌に帰ってしまう。またまた悲しい。そんな自分に嫌悪感を抱いて苦しみます。同じ屋敷の姉のもとにはせっせと律儀に男が通ってきているのに。欲求不満、イライラは募るばかり。

 ある時で、そわそわと上の空でかえっていった夫のあとを下男にあとを尾行させます。とある町中の女の家に入っていき、その夜は泊まったという報告。そのうちに子供もできたと世間の噂のたねに・・・も・お・お・・・自我とプライドのがかたまりの女主人公は爆発しそう。そりゃあそうでしょう。本朝三美人といわれたほどの美人で、歌もよむ才女はプライド高く強情です。ドフトエフスキーを思い出すほど、その鬱屈に徹底的に執着する心理描写がなんだか近代的、文学的???と思えてしまいます。


 なげきつつ 一人なげぬる世の あくる間は
   いかに久しき  ものとかは知る



 やがて町の女は出産。子供が死んだときいて喜びます。暗いけど・・・わかる・・・そのうち兼家の女への関心もうすれ、赤ん坊も実は父親は別の男だったのだとか・・・世間の口は・・・どうしようもない。 幼い道綱が、父親が帰ろうとすると、まとわりついて「いつ来る」と問う切なさ・・・・20年ほどでフッツリと日記はおわりますが、作家はその後20年ほどは生きたということです。



 でもねえ…この兼家という男、女が一人で立ち向かえるほど単純なタ・マではなかった。ゆく末は太政大臣ともなり、かの藤原道長の父親ともなった男です。もっとも、道長は時子と呼ばれる他の妻の子ですが。


 天皇花山天皇という人・・・父親の冷泉天皇は狂疾・・・時に常規を逸した行動をなさる・・・そして退位。そのあとを継いだ花山天皇も同じ血をもっていました。
16才で即位、お気に入りの女房に死なれて出家したいともらすようになります。そこに付け込んだのが兼家一家。真っ暗な紫宸殿から夢月の夜に天皇をこっそり連れ出し、門を出たところで車にのせ、前後をとりかこんで寺へ・・・ためらう天皇に「自分もすぐ後を追い、髪をおろします」といって、まんまと出家させてしまいます。天皇がいなくなった御所は大さわぎ。その時にはもう3種の神器は皇太子の手元に・・・うかうかと謀略のってしまった花山天皇は、そのあとどんなに悔しがったことか・・・・



 さて、そのやり手男の兼家、後に続く、一家の兄との権力争いにも結局は勝利し、東三条邸と呼ばれる大きな屋敷を構え、天皇には娘を嫁入りさせ、摂政となって権力を独占するという超ド級の怪物。異腹の妻からは道長がでます。下はマンガ「日本の歴史」中央公論社 石ノ森章太郎から。この物語の本当の主人公はこの兼家???じゃないか???しらね。



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 当時は男が女の家に通うのが普通だったようで、むしろ娘は生まれた家で大事に育てられ、夫や子も娘の実家で世話をし、家を継いでいったようです。

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2019年3月 4日 (月)

天国からの贈り物

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 このかわいらしいお花は???一体どなたが下さったのでしょう。もう一週間たちましたが、さて???どなたが下さったのかわからないのです。

 
 2月26日は次男の命日。ちょうど3年たったのですね。外から帰宅しましたら、鍵をかけた玄関の前にお花がおいてありました。
 はて???どなたから???あちこち電話をかけました。お嫁さんにも・・・いつも優しくしてくれている書道教室のかたにも・・・でも…まだわからないのです。


 お花は元気です。確かに歩いて持ってきてくださったことは確かです。遠くに住む人が送ってくれたものではありません。一体誰やろ???

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 死んだ子は年をとりません。ブサカワだったこの彼は???まだ、30前後ですかねえ。優しいだけの彼でしたけど、愛してくれた方々がいらしたんですねえ。


 はて・・・最近の面白い会話・・・子供の書道教室から


その日、いつもは遅い三男が5時頃帰宅しました。しばらくして顔を出し
「台所のもん見たらカレーやな。なんか見つくろうて作ろか」って言いました。
「ありがと。うれしいわ」って答えましたら私の前にいた小学3年生のカホちゃん
「センセ  あの人だれ???」
「う・う・・・ん。私の大好きな人」ってこたえましたら、妙な顔をして
「ふ・り・ん??」っていうんです。
「ふりんって何???」
「ふりんって、お父さんとお母さんがいるのに、他に好きな人がいること」
「う・う・・・・ん」いつまでもごまかすこともできず、
「あの人はなあ。私が32才の時に生んだ子やねん」
何とかなっとくしてくれました。


 又、ある日、5才のアラタちゃん、おしっこにトイレへ行ってベッドにいる主人をみたのです。
「センセ、あんな‘じいじ‘と結婚したん???」ですって。は・は・は・・・・もう涙が出るほど笑いました。


 又、ある時、おしっこに行ってきた小学4年生のオウ君。指でむこうを指さし、小さな声でいいました。
「センセ・・・あの人死んだはらへん???」
「え・え・え・・???死んだはったらターイヘン。なんで???」って言いますと、オウ君、大きな口をポカンとあけて眠るまね・・・も・お・お・・・笑って笑って…でも確かめにはいきましたよ。



 昨日展覧会も終わり、平穏な日々にもどりました。最近は平安時代の文学に児童書でアプローチ。適当にむつかしくおもしろく、不眠症も治ってきました。


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2019年2月28日 (木)

京都水彩展  京都市立美術館別館

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 火曜日から日曜日まで。(日曜日は4:00まで)

今日は温かくてうれしい。午前中、会場へ。


 昨日はポカポカ陽気・・北野天神様へ梅見に行ってきました。相棒はデイケア。梅は、今一番いいころでしょう。鶯の声はなし。以前はテープを流してましたけど・・・こうもすっきり整理してしまっては、鶯も住みづらいよねえ。


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 お天神さまの境内にあるこの鳥居、たぁしぃかぁ・・・日本三変わり鳥居のうちの一つ。鳥居の台座のハスの花が上下逆さなんだとか???誰が言い出したのかねえ。案内板によりますと…菅氏は元大伴氏・・・大友の御子の時だったか???名前が一緒でははばかられるとかで・・・伴氏と改名したんだっけ???どこかで読んだ記憶あるけど・・・ちなみにあと二つの変わり鳥居は、蚕ノ社の3本鳥居、もう一つは、御所の唐破風、鳥居とか・・・???

 案内遅くなりました。なにかと遅れがち・・・申し訳ありません。

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2019年2月12日 (火)

2月26日

 

2月26日・・次男がなくなって3年。


 昨日は今年の寒さの底だったでしょうか。日、月と絵の会の審査。今年は審査員です。審査員になると賞は一切もらえません。ももりは去年、文部科学大臣賞をもらっており、これで上がり・・・もう、賞はありません。



 自分が病気をし、相棒が倒れ、次男をなくし・・・・も・お・お・・・人前へ出たくないと思っていました。顔や言葉でつらさを表すことは拒否してきました。自分の感情をつっつくことにもなるから。素知らぬ顔をしてやりすごしたかったのです。やっと、思い出してホロホロしたり、事実として人にも言えるようになったという感じです。



 ヘソ曲がりな所もあって、賞とか、地位とかに拘泥したくない、と思ってきたのですが、去年の賞はたしかに元気をくれました。絵を描く意欲というより、生きる意欲をもらったといってもいいとおもいます。

 相棒は半身不随、彼はもう覚悟がきまったらしく、一切???・・・いえ、ほとんど・・・愚痴は言いません。じっと我慢をして「いい子」してくれています。やっぱり不自由な身になってすら、私を守りたい、と思ってくれているんでしょう。夫はかわいいけど介護は大変。どこか、自分自身も半身不自由になっています。



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 絵は「旅の終わり」・・・人生も…お・わ・り・・・に近づいてるから???は・は・は・・・

 

 お正月2日・・長男、三男はそれぞれ好きに出かけ、老夫婦二人っきりの家ですることもない。「ええーいっ」とやっつけ仕事でしたが、ほとんど手をいれず、出品しました。
はてしない旅路も間もなく終わる。安らかなわが家にたどりつけるでしょう・・・それは???もう・・・西方浄土・・・かも

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2019年2月 4日 (月)

七十八 年も自慢の ババフライ

  七十八 年も自慢の ババフライ


 どうですか・・・・今日もいつものごとくプールへ。今日、なんだか川柳を募集してるっていうんです。早速一首浮かびました。



 応募箱にいれてチン。祈ります。一等は5000円ですって???2等は3000円だといいます。は・は・は…楽しみやなあ!!!


 昨日は節分。以前は方角を気にして丸かぶりなんかしなくても平気だったのに、なんだか食べないといけないような気になって、スーパーで買った巻きずしを丸かぶりして厄除け。


 ご近所には節分で有名な壬生もあるんですけど、ヘソまがりのももりは春日神社へ。境内はたった一人。白梅がよっく咲いていい香りもひとりじめ。200円のお豆さんも買って帰宅。大きな声で「鬼はそとーーー福はうちーーー」なんだか空虚な家に響いて異様な感じ。相棒は興味もなし。あ・あ・あ・・・・にぎやかに子供たちと豆まきを楽しんだ日々もあったのに・・・



 子供の頃、節分は怖い日でした。豆に追い出された鬼が便所に逃げ込んで隠れてるって・・・トイレに入ったら、下から手を伸ばしてお尻をコチョコチョ。便所なんて、家とは離れた暗い宅地の隅にあったから・・・もう暗いだけでもいやなのに、便所・・・トイレってなもんじゃない・・・に行くのすら怖い・・・



 節分の巻きずし・・・なんだか売れ残りをたくさん捨てるんですって・・・そんなこと…考えられない・・バチが当たる…子供の頃から、食べ物を粗末にするとバチがあたるって言われてて、今でも信じています。買ってきたスーパーの巻きずし・・・一度食べてみようとお高いのを買ったのですが、やたらいろんなものを詰め込んでて味が混ざってしまって・・・イ・ヤ

 巻きずしは自分の好きな料理です。やっぱり自分でまた作りましょう。甘い大きな卵焼き、キュウリなんか入れなくて、三つ葉・・・クッタクタにたいたかんぴょう、高野豆腐かまぼこ、シイタケも甘口で・・・あ・あ・あ・・・いっぱい食べた次男がいないから・・・でも、やっぱり作りましょう。



あたたかき プールはうれし 外吹雪

前世は 魚だったか  プール好き

大窓の 雲に四季見る プールかな

バタフライ? いえババフライ バカフライ


は・は・は・・・・楽しみやなあ!!!







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2019年1月29日 (火)

金ピカの大仏

 先日に行った興福寺、中金堂の落成記念展示を見学。そ・し・た・ら・・・中央にまっさらみたいな金ピかの仏様が鎮座しています。激しい群青色の髪の毛なんかも、なんだか、観光地のプラスチック大仏みたい…なぁんとも薄っぺら!!!

 「あの仏様は今のものなの???」
 「いいえ、国宝ではないので、新しく金箔を貼りなおして修復したものです」ですって。


 へ・え・え・・・・仏さまは…やっぱり古色蒼然の方がありがたいなあ!!!


 でも、天平人にとっては、金ピカでこそありがたかったのかも??? 


 新しい年号は???
今、読んでいます杉本苑子さん「穢土荘厳 上下」「檀林皇后私譜」いろんな作家の同時代史をよみましたが、今のところこの作家さんが、イッチバン!!

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 天平20年に出された聖武天皇のみことのり・・…すべての罪は天皇である自分にある・・・つまりぃい・・・大雨も日照りも地震も疫病もすべては天皇に徳がない???
 天下の富を持つものは自分・・・仏の助けを借りて人民を救いたい・・・・


 天平時代、激しく荒々しい時代です。とてつもない大きさの大仏をつくり、大仏を覆う建物を造る・・・人民はみんな、たとえ一握りの喜捨でもして手伝ってくれ・・・ももり流の解釈ではこうなるのですが・・・


 作業に駆り出されるのは人民。中でも悲惨なのは牛馬よりも安価で売買される奴隷たち・・・金銅を溶かし、鋳型に流しいれ、仕上げは金メッキ・・・水銀中毒でバタバタ倒れる人民たち


 主人公は長屋王家の下っ端の家臣。王侯貴族でなく、下っ端を主人公に仕立てているところも異色です。光明子を皇后にするために長屋王家を抹殺した藤原氏四兄弟。佛罰か???あっという間にもがさ(疱瘡)によってそろって死んでしまった四兄弟。怨霊もこわい!!!さらに苦しみは続きます。娘、孝謙女帝を帝位につけるために殺してしまった異腹の皇子・・・恐怖心から神経症に???平城京を捨て、5年間の放浪の末、結局、又、今の奈良、東大寺の地に大仏を造り始めます。


 主人公の家臣は結局、出家・・・
大仏を造るくらいなら、貧しい行き倒れや容認のための救護施設を造るべきだった・・・と言わせて物語は終わります

 下は、「玉虫の厨子物語」天平よりはちょっと古いかも???でも・・・当時の奈良の都ってきっとこんな感じ???絵は太田大八です。


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2019年1月23日 (水)

「天平」のまち中へ

 昨日、奈良へ。興福寺へ行ってきました。透きとおったぬけるように碧い上空に白と淡いグレーのうす雲が足速に駆けぬける‥でも、地上の風は案外穏やかで、いかにもいにしえをしのぶにはよいおひよりです。
 このところ、いろんな作家でずーっと読み比べている天平から奈良への時代。荒々しい歴史です。ここ、興福寺は藤原不比等が建てたお寺で、代々の藤原氏のお寺でした。五重の塔は、父、不比等の供養のため、光明子が建てたといいます。何度もの火災にも会い、その都度再建されました。平成の去年、中金堂が再建されて、今、落成記念展示がなされているのです。

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 もお・・・かたいお話はやめ・・・どうですかぁあ???
杉本苑子さん描く奈良から平安の時代に下の絵で入りこみましょう。

 お偉いお方のお出ましを見物に行くのに、歩くのを面倒くさがって女物の牛車の乗り込んだ三人の若者。牛追いの子供と大きな強い牛のすごい引っ張りとデコボコ路に、のりもの酔い…御簾を・・あげてゲーゲー・・杉本苑子「今昔物語集」挿絵は太田大八です。
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昔の旅は、ホント大変  でも、景色がよかったらちょっとは一服・・・ね。

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池に住む水の精・・・・力自慢がつかまえますが・・・さ・あ・あ・・・どうする??


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 この太田大八という作家さん、若きももりがずーっとあこがれていた作家さんでした。その話は後日・・・





 

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2019年1月17日 (木)

阪神淡路大災害はいのしし年

 TVを見ていた相棒がふと言いました。

「阪神淡路大地震はいのしし年やったんやでえ」
「へ・え・え…なんで知ってるの」
「あの前の日、あんたのいのしし見に、大丸行ったんや。16日になったら展示替えやっていうてたから」
「???何のはなし???」


 もう、すっかり忘れてました。24年前の猪年のお正月のウィンドウディスプレイ、大丸百貨店だっけ???猪を描いたことがありましたっけ。


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 奥の方のウインドウに猪がチラリ・・・ここはどこ???神戸三宮大丸だと相棒はいいます。


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これは、自分が描いた証拠に撮った写真のはず・・・



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24年前かあ・
・・54才。若かったなあ。
新年の梅宮大社のお札の写真、自分が写ってるのもあったんですけど、見るからの大婆さんなんで、ぞっとしてアップしなかったんです。でも・・・は・は・は・・・いいじゃない。年を取るのはあたりまえ???



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 相棒が倒れたのは5年前の1月16日。真夜中…12時頃???釣りチキがバタバタ2階からおりてきました。「お父さんの様子がおかしい」びっくりして2階へ。実はももり自身が大腸がんで手術していらい、トイレやらもろもろ2階生活がつらくなって1階に寝ていたのです。



 相棒は、もう身動きでず失禁。すぐ110番。意識はしっかりしていて「救急車を呼んで」ということでした。なんとか病院のベッドに落ち着いてももりは帰宅。真夜中・・・3時半ごろ???相棒がその日出発するはずだった沖縄の旅を旅行社に☎してキャンセル。「これ以後の旅の予約は全部キャンセルします」と言いましたら、何しろ、海外は、インド、ネパール、国内は何だっけ???いくつか旅の予約を???入れていました。



 早や、もう5年目に入りました。相棒は「ケーキを買ってきてお祝いして」って言ってます。明日・・・、ね。それにしても、今週は、相棒の歯医者が2回。散髪が一回。自分の医者が2回。こう何度もお医者通いばっかりでは・・・ッタクー・・・


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2019年1月 7日 (月)

余生

 ある方のブログで、ぽっくり様におまいりして・・・という記事をみました。よく、ピンピンコロリ、が理想だっていいますけど・・・我が家・・・相棒脳溢血で倒れて間もなく5年目にはいります。介護生活は確かに大変。でも・・・やっぱり生きていてくれたほうがうれしいと、今思っています。


 ぽっくりでなくって、介護のゆっくりした???期間もあってよいかもしれないと思います。相棒は、ともかく仕事一筋で頑張った人ですので、今、静かに休んでいると思っています。ぽっくりいかれるよりも、二人の愛・・・てれますけど・・・を確実なものとしてるっていう感じ???やり残した仕事を全部し終わって、自分も一生を終わるというのがいいなあと思います。まああ・・・相棒は我慢つよく、、しっかりいい子でいてくれていますからそんなことが言えるのかもしれません。相棒も私一筋でしっかり愛してくれたと信じます。


 絵も一生懸命やった、書道も頑張った、エッセーもやってた、スペイン語も、旅も…結局ゼエーンブ「お・あ・そ・び」にしてしまった。でも、、、主人との生涯だけはやり遂げたって思いたい???のかも



 ぽっくり逝ってしまった次男・・・まだ45才ですよお。これは・・・つ・ら・い・・・・ことでした。

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2019年1月 4日 (金)

にいどしの初絵

 お正月の一日長男夫婦はおぞうにを食べてオーストラリアへ。三男はおせちのあと、四国へ釣りに3日の泊り旅。プールは3日から…だ・・か・・ら・・・梅宮大社へママチャリで初もうで。


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 二日になると、もうなにもすることがないので絵を描きました。なんだかのってきて筆が勝手に動きます。3月の展覧会の絵は何と、何とかこれでいけそう。ついでに6月の展覧会のも手掛けておきましょう。絵のタイトルは「旅路」にしようか???

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 どこかで確かに見た真っ赤な日没。西方浄土への旅???砂漠の夕焼けってのは実にすごかったなあ!!!


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この絵は一体、何???さ・あ・あ・・・こんなのできちゃった・・・???




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[神に捧げる]・・・おかしいでしょう???まったく違った三枚って???ま・あ・あ…まだまだ・・これから、これから・・・

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2019年1月 1日 (火)

良い年でありますように

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  新しい年を迎えまして、皆様おめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。


釣りキチは、元旦早々四国へ釣りに。長男夫婦はおぞうにをすませてオーストラリアへ・・・またまた老夫婦だけになりました。大食漢の次男がいないとおせち料理も、ほんのちょっぴり。今年が穏やかでありますように祈ります。

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2018年12月23日 (日)

奈良へ 法華寺と海龍王寺

 これは覚書で11月30日のこと・・・またまた奈良へ。
龍田大社へ行きたいなあ・・・と思って家をでました。・・・百人一首・・「龍田の川のもみじなりけり」・・・・ってあまりに有名でしょ。でも・・・やっぱり、電車の中でかんがえますに、帰宅時間に無理がありそうで、急きょ心がわり。西大寺でレンタサイクルをゲットして、法華寺と海龍王寺へ。




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 法華寺は、聖武天皇、光明皇后が幼い日をすごしたやしき跡です。 海龍王寺はすぐ近く。この周辺、実におもしろいお話がいっぱいあります。聖武天皇没し、光明皇后との子、孝謙女帝が天皇に在位。しかし、実権は藤原仲麻呂がぎっちりにぎって、女帝はお飾り人形。仲麻呂の言うままになっていました。がしかし…病気で寝込んだ女帝の介護をした道鏡…献身的な治療によって回復しましたが、道鏡にすっかり首ったけになってしまい、勝気でわがままいっぱいの女性に目覚めてしまいました。もちろん仲麻呂はおもしろくありません。


 称徳女帝はお気に入りの道鏡をなんとかして位のトップにつけたがっていましたが、旧来の摂関家、藤原一族はこぞって大反対。仲麻呂の下心にやっと気づいた自分の愚かしさよ!!と思ったかどうかは知りませんが、道鏡への愛に目覚めた40才過ぎての初恋は燃え上がります。仲麻呂はクーデター。ここは旧臣たちのおかげで乗り越え、仲麻呂は琵琶湖畔で死にました。
そんなとき・・・766年(天平神護2年)、平城京の北東にあり「隅寺」とよばれてた海龍王寺から仏舎利がでた!!!毘沙門天のお像の中から仏様の骨がでた!!!というんです。出現したありがたい仏舎利とは???誰が仕組んだ????おおげさな儀式をもよおし、即日、道鏡を法王に任じました。



 聖武天皇と光明子の一人娘、孝謙女帝・・・もっとも、弟、安積親王は生後1歳くらいで死。その死に悲しみにおぼれ、長屋王を呪詛と言いがかりをつけ無実の罪で攻め、長屋王一族は自死。そのあとすぐ光明子が聖武天皇の妃になりました・・しくまれたドラマ以上の面白さ・・・面白がってるなんて不遜かもしれませんが・・・歴史は勝者によって書かれるとして、現在では様々な憶測がうまれ、今では、いろんな作家が好き放題を主張しています。読み比べていくと、結局その裏の作家の人間観が見えてくる…それがまた魅力なんですよねえ


 
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 法華寺には光明皇后を写したという等身大の観音様がいらっしゃるのですが、やっぱり会えず…また来春に…なんて・・ね。

 

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2018年12月18日 (火)

「十五の夏」 佐藤優 読みました

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  友人が「すっごく面白かった」と言っていましたので、長いこと図書館で待ってやっと読みました。難関の県立浦和高校に入学した佐藤優君は15才。夏休みに共産圏諸国を一人旅します。しっかり予習もしてお金は父さんにだしてもらう一か月の冒険旅行です。ともかく15歳にしてはしっかりしすぎていて・・・自分とくらべるからか???・・・どこまで本当でどこから虚構なのか、常に??しながら読み終えました。


 エジプト航空でカイロ乗り換えチューリヒ。そこから汽車で東独、ポーランド、チェコ、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、アルバニア、ソ連はモスクワ、キエフ、ブハラを経て、ハバロフスクからナホトカ経由帰国という大旅行です。旅の計画立案から共産主義への予備知識などをしっかり報告していますが、15才にしては完璧すぎる???んじゃない???


 ももりも、この本に登場する国のいくつかを旅しています。尤も、ももりの旅はアマちゃんのパックツアーがほとんどですが、ももりの旅の年代もけっこう古くて、自分の体験と、大いにダブってぐいぐい読み進みます。ももりもソ連からモンゴルへ出る旅では往生しましたっけ。まだ、ツーリズムが十分でなかったので、いたる所で立ち往生。でも、本当の旅のだいご味はそんなハプニングのスリリング感と人々との生の交流です。ルーマニアがひどかったとか、ハンガリーの食事はとてもおいしかったとか…うんうん…ナットク、納得。

 

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 上の写真はハバロフスク。ももり45才。優君の旅の6年後です。ももりの初旅はその6年前の中国。共産圏・・・未開放というか、監視付きの旅はある意味ではほぼほぼ似た印象はあるかもしれません。下はルーマニア。

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 チェコからハンガリーの平原…まっ平らな平原はハンガリーの民族音楽をおもいださせます。

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下はオーストリア。シェーンブルン宮殿です。雨が降ってたんやねえ。


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 優君はハンガリーの文通仲間を訪ねますが、友人は留守。でもいろんな人と知り合って、貴重な時間をすごします。上の写真はハンガリーの王城にて。



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 旅ほど楽しいものはないなあ!!!今では国内旅行すらムリ。でも…この紅葉の秋、ちょいちょい旅はしました。奈良へ3度。草津鉄道に2回、田辺に1回。もう…冬・・冬ごもりの時・・・温かいお部屋で本といっしょ、は、うーんとのおーんびりー。現実離れした夢を見るのがうれしいです。

 もし、ホント???って思われる方は、ももりのホームページへどうぞ。左のお気に入りからいけますよ。尤も、初めのころの共産圏の旅は写真は許されたところ以外は禁止。スケッチまでチェックされたから・・その上、記憶も、も・お・お・、お・ぼ・ろ・げ・・・

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2018年12月13日 (木)

平安でなかった京の都

 

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こんな文をみつけました。「徒然草」より



・・・京極殿、法成寺など見るこそ、志とどまり事変じにけるさまは、あはれなれ・・・・・・大門、金堂など近くまでありしかど、正和のころは南門は焼けぬ。金堂はその形とて残りたる。丈六の仏、九体、いと尊くて並びおわします。行成大納言の額、兼行が書ける扉、鮮やかにみゆるぞあはれなる。法華堂などもいまだいま侍るめり。これもまたいつまでにかあらむ・・・・



解説に・・・
 平安中期から中世にかけて、盗賊による放火や戦災が相次いだ。内裏は平安遷都以来、15度にわたって火災に遭い、1227年、再建中の殿舎が消失して以来、宮城内に内裏は営まれず、代わりに貴族の邸宅を里内裏とした。・・・最大幅84メートルというメインストリートの朱雀大路も、ほぼ畑と化した・・・



 吉田兼好が生きたのは鎌倉・・・1192(いい国)造ろう鎌倉時代…って覚えましたっけ。それから90年ほど後に生まれた人。だから・・・今、影も形もない法住寺、藤原道長の栄華の館は彼のころはまだ残ってたんやなあ。丈六の仏9体も・・・もったいない!!!

 案外京都って古い仏さまはいらっしゃらないんです。やっぱり仏さまは奈良。か、京都周辺のお寺・・・何度もの大火・・放火も多く焼き尽くしてしまったんやねえ。

 そうかぁ・・・ももりの住む中京、朱雀大路より西は特に荒廃がひどかったらしい。狐狸、盗っ人、鬼が住む・・・う・う・・・・ん。内裏は天皇のいます館というくらいの意味になって転々としたらしいなあ




 平安時代、天平時代…・{平}のつく時代。知れば知るほど無秩序っていうか・・・今の感覚の秩序なんてもちろん通じないけど、暴力的で利己的。血なまぐさい政争で、ライバルの命を奪っていきます。一方では狂ったほどの仏教への思い入れ…ま・あ・あ・・・・ひどいことしたからこそ救われたかったんかなあ!!

 平成時代!!!昭和の戦争からあとのももりの生きた時代って歴史上でもまれにみるいい時代やったのかもしれません。

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2018年12月 9日 (日)

最後のきらめき

 

パソコンが3晩入院しました。ブログで記事を書いてたら、突然・・・なんだか勝手に動き出して・・・やがて・・動かなくなりました。またまたぁ、気のいいパソコン教室の校長先生に来てもらいましたら、「ちょっと持って帰ってみてみましょう」ということです。


 ハードもソフトも何もわからず、ブログとホームページだけを楽しんでいるような状態です。校長先生が信頼できなければ、預けるのすら心配。尤も、買い物はしないからお金にかかわることは書いてないとは思うんですけど・・・ 世の中の仕組みの変わりようについていけません。ま・あ・あ・・・なんだか、悪い人が妙なこともするようで、そろそろ素人の手にはおえない??限界なのかも???


 初冬・・・つらい季節です。足元から冷えがはいあがる。サーッとしぐれて透き通ったような碧空がひろがる・・・秋とお別れ・・・ママチャリで嵯峨野へ。落柿舎へ行きました。



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下、厭離庵へ。ここは尼寺。最近こそ特別公開しますけど、普段はひっそり。

  騒人に 
ひたと閉ざして 嵯峨の寺…誰かの句です。いいなあ!!!



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下、大沢の池は水をぬいています。鯉あげするんやろか???


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嵐山もすこしは静かになったかしら??やっぱり横目でみて北へ・・・今年の秋ともお別れです。

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2018年12月 3日 (月)

奈良 般若寺

 次の日(11/29日)は奈良般若寺へ。実は、一度円城寺へ行ってみようと奈良駅まででてきました。ところがおっそろしくバスの便が悪い。もう出てしまった後で、1時間後のバスにのったら???帰りが・・・ということで「じゃあ、般若寺へ」   

 般若寺は大好き。奈良坂をこえて、平城山をこえて・・・という表現は万葉集によくみかけますが、奈良に住む友人たちに聞いても「平城山???そんなん知らんでえ」って言う返事。ここ般若寺の前の道が古の奈良の都と京の都をつなぐ奈良街道でした。


 ここに陣取った平家の若き御曹司、平重衡が南都へ攻め寄せたのは12月29日。真っ暗な夜の般若野に陣をおきます。当時、茅屋に日をつけるのは闘いの定石、ということで、付近の草屋に放火。折りからの冬風にあっというまに東大寺、興福寺、大安寺など、南都をほぼ焼きつくしました。バス停からは般若野が一望に…・歴史の中に身をおいてうっとり。


 やがて平家が衰え、重衡は南都焼き討ちの罪で鎌倉へおくられ、都への帰途、山科で処刑されます。天皇、貴族いならぶ前で「青海波」を踊って当時トップをうたわれた美貌の公達、トップスター。清盛の栄耀栄華のなか、蝶よ花よと育てられ、名目上の将軍として南都焼き討ちの罪を一身にかぶった公達あわれ・・・
この春、重衡の処刑地が公園になっているのを探しに歩きましたっけ。


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 何年か前、一人でフラーリ。そのときは片隅の小さなお堂で200円の入園料を取って寺宝を公開していました。13重の塔の5段目から出土した小さな胎内仏とさらにその胎内からでてきたアクセサリーみたいな小さな仏様だったか???2体。が展示されていてお客は私一人。お坊様がいろいろお話しを聞かせてくれました。天智天皇の息子にはほとんど弟の天武の娘が嫁入り。へ・え・え・・・反対に天武の息子たちには天智の娘が嫁入り・・・へ・え・・え・???そんなこと???「血を守るためです」って。


 後日、TVで、そのお坊様が偉いお方としりました。あの2時間ほどの夢みたいな時間は???般若寺のまぼろしか???門番のお方に聞きますと、老僧は30年ほども前に亡くなられてますとのこと???あのお方は一体???


 私が日本史に近づいたのは、大腸がん以後。相棒も介護が必要になって海外旅行どころか国内旅行も行けなくなってからです。古事記から始まって、目からうろこ・・・へ・絵・絵…なあんて面白い!!!飛鳥、奈良・・・白鳳、天平の仏様たち・・・今は、平安から鎌倉あたりをうろうろ。ちっとも急ぐこともないし、好きで周辺をさまよってるだけ。


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般若寺は一年を通じてお花が咲いているお寺ですが、コスモスももう終わり、さすがに・・荒涼…これがまた好きなのよねえ。大体…は・は・は…「すさび」ってのがいいじゃないの。



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2018年12月 2日 (日)

勧修寺(かじゅうじ)の姫君のおはなし

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 今昔物語にあるお話です。高貴な公家の若君が山科に狩りに行きました。一天にわかにかきくもり、大嵐。夕立です。お供の者たちともはぐれ、一人の郎党と、とある田舎屋に駆け込みました。田舎にしては、ひそやかな優雅なおももちの住まい。あるじがでてきて、やがてひそと茶をささげて出た娘をみますと・・・なんとも…幼いながら美しい。その一夜がすぎ、嵐もおさまって若君は都の家に帰りますと、家中が心配して大騒ぎ。二度と遠出をしてはならんとの言いつけで、久しく娘のことも忘れておりました。そのうちにあるじはなくなり、遠ざけられていた郎党も身近に戻り、気になっていた娘の家に行ってみようと思いたちます。
 その家は昔と変わりなく・・・そして茶をささげて出てきた美しい娘の横には5~6才くらいのいとけなき姫が・・・お・お・お・・・あの一夜のおきみやげ・・・
 と言ったかどうかはわかりませんが、やがてこの公達は立身出世し、姫君は宇多天皇の后に上り、醍醐天皇の母となられました。その屋敷跡が今の勧修寺だといいます。(巻22第7)ここは蓮の時にも来ましてスケッチをしましたっけ。



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 そのあと随心院へ。月イチの古文書の教室は、今、ももりが一番楽しみにしている教室ですが、その教室の藤本先生が先週おっしゃってました。
「私は随心院の古文書の調査を依頼されていまして、京都にきますと、随心院の3畳の部屋に滞在するのですが、最近では洗濯物を自分でコインランドリーにもっていって、洗濯ができるのをぼーっと待ってる…こんなところで自分は何してるんだろう」っておっしゃってました。先生は確か90才+アルファ・・・古女房のもとに洗濯物をおくりつけることもなさらない・・・かわいいなあ!!! 随心院はスケッチなし。

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2018年12月 1日 (土)

お出かけびより 真如堂から吉田山

 風邪はしつこく続いています。咳がとれません。ということでプールはしばらくヤ・メ。プチお出かけを楽しみましょう。


 今日(11/27日)は真如堂から吉田山へ
行きましょう。市バスは真如堂で下車。厳しい階段を手すりにつかまってオッチラエッチラ。裏門です。ここは、京都でおそらく随一。紅葉はただ今真っ盛り!!!燃えたつようです。すばらしい!!!お・お・お・・・すばらしい!!!赤、オレンジ、黄色…いちょうの黄色が紅葉の赤を引きたてます。
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 そこから吉田山へ。目の前に大文字山が広がります。ここまで来るとたった一人。帰り道、神楽坂通りって言う道標が気になりました。どうも気になる???この道はまだ行ったことがありません。足は???ま・あ・あ・100メートルくらいの吉田山、なんとかなるやろと下りていきましたら・・・素晴らしいお屋敷の並ぶ静かな道に出ました。手入れをされたお庭です。ももりの住む中京とはえらい違いやあ!!!
 スケッチをしいていますと上品な奥様が声をかけてくれました。「何描いてはりますのん??」「比叡山があんまりきれいやから」「あの後ろは蓬莱ですよ」へ・え・え・・・・蓬莱山は比良山脈の一番京都よりです。若い頃何度も登りました。息子達ももちろん!!!「きれいですねえ。これだけのお庭のお世話は大変ですねえ。とても一代ではむりですねえ」「住むのは大変ですよ」う・うううん。坂道の上に住むのは大変やろなあ!!


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2018年11月26日 (月)

攪乱

 風邪をひきました。今まで、風邪くらいって思ってきましたが、今回結構しんどいです。相棒にうつしたらあかん!!!でも勝手に咳はでる。ゴンゴンゴホゴホゴホンゴホン!!!


土曜日の夜、ちょっとのどが痛いかな??と思ったのですが、まあ、大したことないやろ。

日曜日、プールに行ったんですが、
ヒヤッと水が冷たい???これは・・・と、歩いただけで帰宅。咳が出始めました。かなり激しい!!!やっぱりプールがいけなかったか???釣りキチが「熱あるのちゃうか???」って。37度でした。

月曜日、熱はありません。この日、小品展の飾りつけ。わたしはキャプション係。お役目だけして早々と帰宅。相棒をお風呂に入れて・・・日常変わりなし。

火曜日はプールはお休み。高雄に出かけました。1時間に一本のバスは乗り込んだ時から満員。終点まで立ったまま。優待席は若い観光客が占領。見てるスマホは中国語・・・


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水曜日。月イチの絵の会。どうしようか・・・風邪をうつしても大変やし・・・でも、若いメンバーたちの顔を思いうかべて、出かけました。みんなすごく喜んでくれました。

木曜日は教室。今若いお弟子さんに助けてもらっていますので、声をあまり出さずに
終わり。

金曜日、一日ゴロゴロ。

土曜日、やっと医者様へ。お薬もらってレントゲンかけてもらって、気管支炎。肺炎の心配はないとのこと・・・・やれやれ・・・医者様は木、金とお休みだったのです。

今日は月曜日。咳も少しはましになったかも???夜、久しぶりによく眠った感じ。相棒も癇癪を起して怒鳴りました。「ごんごん咳して寝られへん」でもねえ・・・出るんですもの、勝手に・・・心の中で「あなたはいいよ、一日中眠てられる・・・それに・・・そのうちに眠たままになる???かも???」ひどいですよねえ。でも、口には出さず・・・

 老々介護、介護する方も無力です。腕力もありません。若かったらなんともなくできたでしょうことができません。共倒れ???
 


 この秋、時々のお出かけは電車のプチ旅。これはメッケものです。京都市内は人だらけ。でも一歩田舎へ出れば日本の田舎の秋はとても美しい!!!ひっそりとした田舎のお寺に思いがけない素晴らしい仏様が待っていて下さる。京都って、案外仏様は少ないみたい。何度もの戦乱に仏様たちは燃え落ちました。特に応仁の乱、11年もつづいた乱は地方からやってきた無法者の集団に徹底的に広範囲に破壊されました。文化にも愛着も尊敬も何もない…ひどい戦争でした。
 

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2018年11月18日 (日)

お出かけびより  Ⅳ 草津鉄道

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 京都からちょっと離れて・・プチ旅。マタマタ草津鉄道にて・・・今日は 甲賀町へやってきました。ご存知、甲賀忍者で知られる町です。‘甲賀‘は‘こうか‘と読むそうです。
 ここにいらっしゃるいちいという木の観音様は33年に一度の御開帳。今年がその年なんですって。駅のパンフで仕入れた情報です。最澄の命で彫られてたといういちいの観音様は座像ですがその大きさは日本一だそうです。平安時代。こんな田舎にしっかりと守られていらした仏様。ほかにも15体もの仏様もいらして東京都博物館でも「甲賀の仏展」というのが開かれたそうです。


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 琵琶湖をはさんで比良連峰があまくかすんでいます。何度も登った山々。息子たちと遭難寸前になったこともあったなあ!!!びっしり実をつけた柿やミカン・・・今はだれもたべないのかしら???花ざかりみたい!!!きれい!!!
 貴生川から南へはおっそろしく電車の連絡が悪いみたい。とりあえず、期間中だけ走ってるというバスにのりこみ、楽野寺に到着。ゆーっくりご尊顔を拝ましていただき、素朴なおむすびとプラスチックによそったお蕎麦でお昼。いいなあ!!!


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下は帰途によった大鳥神社

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 さああ・・帰らなくっちゃ。相棒も気になる・・・でも・・甲賀駅に出ると、汽車は1時間後。???「それなら一度関西線に乗って木津へ出て奈良を回って京都へ帰ってみましょう・・・と草津線終点の柘植駅へ・・・これが・・まままあぁ。柘植から木津への汽車はでたばかり。う・う・・・ん。ということでまた柘植からもう一度草津へ戻り帰宅。相棒はデイケアから帰り無事にベッドにたどり着いてました。なあぁんだ…一人でもなんとかできるんやないの・・・ね。


 
明日はまた、次の展覧会「日本水彩京都支部小品展」です。
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この絵、まだ何か足りない・・どうする???

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2018年11月15日 (木)

お出かけびより Ⅲ  唐招提寺

 奈良へ・・・奈良へ・・・西ノ京‥・唐招提寺へやってきました。11月12日。
このところ永井路子さんの歴史全集にかかりっきりなもんですから、とても気になっていましたが、この日やっと出てきました。井上靖「天平の甍」は鑑真和上が日本へやってくるところでほぼ終わります。しかし、その後の鑑真は??

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 どうやら、それほど華々しいものではなかったらしい。永井路子さんの「氷輪」は、鑑真来日その後を描いています。この小説は仏教の経典の研究に深く、ももりの頭ではついていけません。でも・・・おおよその天平時代の政治史とのからみから推測しますに・・・結局、古い在来の仏教界、特に東大寺の政治勢力に取り込まれ、逼塞・・とまではいかないけれど、華やかな活動はできなかったようです。

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 つまりぃい・・・鑑真和上が5度の嵐を乗り越え日本へたどりつかれたころ、聖武天皇はすっかり心弱くなっておられ、ひたすら仏の恩徳にすがりたかった・・・



749年(天平感応・・この年天平勝宝元年)聖武天皇譲位して出家します。戒を授けたのは東大寺、良弁
753年  鑑真来日
754年(天平勝宝6年)聖武上皇、光明皇太后、孝謙女帝、鑑真により受戒します。ちなみに戒にはいくつも段階がある・・・この時が鑑真のハナだったようです。受戒して安心した聖武天皇は4年後に死にました。東大寺の良弁…東大寺最高の権威者だった良弁は、部下の僧たちに戒をさずけてもらったら、それで終わったとばかりその後の鑑真には・・・冷たかった???永井路子さんは、そんな程度の低い書き方をされてはいませんよ。ももりの少ない脳ミソにはそう思えました。



 でも、ともかく平城京の大極殿を移築したという講堂と金堂、そこにいます天平の仏様たち・・・・素朴ながら、大きな大きな建物と、思いのたけを刻み込んだ仏様たちが現代まで1300年も守られていますことってすごいなあ!!!



 唐招提寺で天平の仏様たちと会い向かいあってゆっくりさせてもらったあと、今まで気にかかっていたもう一か所へ。そこは・・・



 奈良の薬師寺が水面に映る風景。何度か薬師寺は訪れていますが、薬師寺の周りにはお堀も川もなかったような???でも、確かに水面に映る薬師寺の絵や写真はよく見ます。一体このポイントはどこ???
 近鉄西の京の駅で降りたところでお昼。カレーうどんを食べました。そのお店の方に聞きますと、「ここからちょっと上がったところに大池って言う池がありますよ」というお話。ということでタクシーに。運転手さんも「そんな池あったかいな???」ってうどん屋できいてくれて10分ほど・・・ほんに・・・かなり平凡な池につきました。「あ・あ・あ、このあたりやねえ。ちょっとだけ待ててね」。スケッチ一枚。


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 実は・・・右側の塔は解体修理中「へんなビルが建ってる???」と思うほどの大きなかぶせ物の中…というわけで絵はウソかいてます。全く…絵なんて好きなようにつくれるんやから。タクシー代2000円損した気分。は・は・は・・・でも、楽しかった。



 そのあと薬師寺に入りましたが・・1600円。500円ですばらしい唐招提寺を堪能したあとのこの1600円は、なんだか・・・???でも、とてもいい一日でした。







 

 

 

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2018年11月 9日 (金)

お出かけびより  11月6日 (火曜日)

 お天気はサイッコー!!!。お空は真っ青でピッカピカ。相棒はデイケアーに行きました。も・お・お・・・ムズムズ。どこかをフラフラしたぁあーい!!!



 近鉄新田辺駅へやってきました。まずは一休寺へ。乗り合いバスがあります。ここは初めて。よく噂はきくお寺です。昨夜の雨にしっとりぬれた苔の緑があざやか。トンチの一休さんはTVでよく見ていました。天皇家のぼんぼんで、詩人、禅僧、哲学者、旅人・・・



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 一休さんといえば、あの銀閣寺を作った室町時代の将軍義政の御前にて、「このふすまの中の虎を縛れ」とふっかけられ、「すぐやりましょう。まず、虎をふすまから追い出してください」と切り返したとか???「この橋、渡るべからず」という看板にも平然と渡った。「うん、真ん中を渡ったもん」とか・・・頭がいいって言うかやわらかい人だったのでしょう。88才でこのお寺で入滅されたそうです。紅葉は少し早いけどとても澄み切ってきれいでした。

 一休寺でお昼。近くに観音寺という国宝の天平の観音様がいらっしゃるお寺があるはず。お店のかたにききますとバスはないといいます。ここまで来たんやからとタクシーを奮発。やく2000円。このタクシーの運転手さんは失礼ながらハ・ズ・レ。ももりが「ええとこやねえ」って言いますのに、「住んでみたらただの田舎ですよ」ですって???観音寺への行き方も知らない。「ええっ、そんなとんでもないところやったら帰りの足は???でも・・ここまで来たら・・・ええーい。なんとかなる」と思う間に観音寺に到着。



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 観音寺は、天武天皇による創建で、一休寺よりはるかに歴史は古い。古くは33もの堂塔が立ち並んだ豪壮なお寺だったといいます。平重衡の南都焼き討ち後、荒廃するにまかせていましたが、加賀前田家が本堂だけを再建。そこにひっそりと守られていらした観音様は天平仏で国宝。お会いしてきました。


 明日香の聖林寺の聖観音様と同じ時期の天平仏さまだそうで、今、残ってらっしゃるのはこのお二人、二体だけなんだそうです。たった一人で対面させていただきました。それにしても・・・こんなひなびた小さなお寺によくも無事に守られていてくださったと・・・なむあみだぶなんまいだぶー・・・



 帰りに呼んでもらったタクシーの運転手さんは歴史に博学で、とても楽しい時間をすごせました。「平重衡の南都焼き討ちで燃えたって・・・延焼ではないんでしょう???奈良の興福寺や東大寺・・すべてを燃やし尽くしたといわれる南都ですが、この地は離れすぎていますね」「もちろん燃やしに来たんですよ。奈良の都から平安京に遷って、寺勢力と武士には大きな反感があったんです」ですって・・・も・ォ・オ・・・こんな話なら駅までつかないでほしい!!!「この道が大和街道、ここからが平安京、今までが奈良の都です」って。


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 最近、特に好きになってきた仏様たち。京都市内に残る平安時代の仏様のお顔は、ゆーったり。何もかも忘れて身を持たせかけられる…って感じ。ふっくらと緊張感のない穏やかなお顔です。でも…奈良、明日香の仏様たちのおお顔はキリリっと引き締まって意志的。そんなところが大好きです。


 デイケアーから相棒が帰宅する直前に帰宅。ふっくらとうれしい一日でした。紅葉はますます・・少しずつお出かけしましょう。

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2018年10月27日 (土)

腰…回復・・・うれしい!!!

 腰痛が収まってきました。もう…年やから・・・・こんなもんでずーっといかんなんのかなあ・・・とつらい思いでしたが、ここ2日ほどで、ぐーっと楽になってきました。まだ回復する若さも残ってたんやねえ。うれしい!!!




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 久しぶりにこんなの描きました。「四明展」に出しましょう。額屋さんにたのんでやれやれ。最近、絵を描かなくなっています。展覧会がなかったら描かない。描けない???ト・ホ・ホ ・・・
お歌は天智天皇。万葉かなのままです。解釈は

  わがやどに 大雪ふれり 大原の
 ふりにし 里に ふらまくはのち
 
 
 このお歌、「大原」っていうから京都の「大原」かと長いこと思ってました。京都の大原なら、都より雪は遅いはず・・・??でも…この地名は小原(おはら)明日香村にあります。中臣鎌足のうまれた村なんですって。うっとりするよなあ!!!


 歴史に興味をもち始めて、はじめはバラバラだった知識が、ジグソーパズルみたいにつながって、段々立体的に見えてくる…年をかさねるほどに面白くなって、生きる希望につながります。本だけは今も旺盛に読んでいますよ。たとえ腰痛でもね。
 


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 卒業大学のOB展です。メンバーの中で、ひょっとしたら???一番の古株になってるのかも???




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 先日、お友達と嵯峨大覚寺へ行きました。嵯峨天皇のお手書きの般若心経などなど。
ももりの最近の、何よりの楽しみは古文書。月イチの教室では、古文書を読むことよりも周囲をとりまく時代考証のお話がたまらなく面白い。印刷物のない時代、まずは書き写すことから始まったのでしょうね。ももりの興味は、とりあえず、今は平安後期から鎌倉へのころ・・・どなたも、何を学びたい、知りたいと思っても、まずは写本をもつ、手づから寫すことから始まったのでしょうねえ。源氏物語も古今集も、万葉集も手から手へと寫されていきました。




 ももりもひたすら古典の臨書にいそしんだ若き日々がありました。谷辺橘南先生、古筆研究の第一人者の書家でいらした先生のもとで親しくお習いしたひたむきな日々。いつの間にか遊びにしてしまった???今…その原点に回帰。谷辺先生の弟子でもあった父とも再会・・・なんてうれしいことでしょう。




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2018年10月15日 (月)

哀しい夢

 明け方に見る夢は・・・た・し・かぁあ・・・・まさ夢・・・??


 なんとも、寂しい哀しい夢をみました。
なんでか知らんけど…満員のバスの座席で横になってる。起きようとするんですけど、どうしても動けない・・・・何度も動こうとするんですけど、どうしても体がいうことを聞いてくれません。「あらら・・・これは???右半身不随???私も?脳溢血???相棒と同じ??ちょっと向こうの方に相棒がいるみたい・・・「父さん、とうさん、とおぉさあん・・とおぉさん‥・来てくれません。しまいには「なお・・・なぁお・・・なぁお・・・」なおは釣りキチの名前です。だあれも来てくれない。

 

 ふうっと、腕が少しだけ動いたみたい。「あ・・動く・・・あ・うれしい・・・へ???ゆめやったん??」3メートルほど向こうに相棒のベッド。「きばって呼んでたのにちっとも来てくれへんかったやないの」「なんやひどううなされてるから、「どないしたんや」って声かけてたやないか」そうそう。相棒はもう車いす。かけつけることすらままならないのでした。

 

「あなたはええわよ。不足でもなんでも私がついてるやん。私はどないなるのん」

老いって、年を取るって寂しいことなんですねえ。やがては一人ぼっち・・・



 腰は痛いけど、少しづつお出かけ。相棒はもう「出かけるな」って言いますけど…知的好奇心だけが今の私のエネルギー源なんです。
 下は新日枝神社(いまひえ神社)。スケッチはないけど新熊野神社(いまくまの神社)。このあたり一帯は広大な後白河天皇の宮跡でした。熊野詣で大好きだったという後白河法皇お手植えのクスの大木に手をあわせ、皇太子殿下お手植えのナギの木をみて終わり。境内の熊野めぐりは先の台風による倒木で立ち入り禁止。




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 下は唐、新羅、百済より渡来した金銅仏を見に、泉屋博古館へ。遣隋使や遣唐使などによってもたらされ、寺や屋敷の奥深く大事に守りついでこられた、運命的な旅をした小さな持仏様たち。素晴らしい!!!本当に心がいっぱい、ふくふくとうれしいです。


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 下は嵯峨釈迦堂の特別公開。輪堂の中。この塔をひと押しすると何千回ものお経をとなえたと同じ霊験があるんですって。下はヘタクソなスケッチ。ト・ホ・ホ・・・

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2018年10月 5日 (金)

内なる警告

 今、すこし腰痛。久しぶりです。昨日、医者様にいきましたが・・・


 
 「ま・あ・あ・・年齢・・・少しづつすべり症状もありますが・・・また、ひどくなったら来てください」ってことでお薬も治療もなし。   
 もおぉ・・・ゆっくりしましょう。普段から「できるだけは、がんばりましょう。いつかは必ずできなくなる日がくるんだから」って思ってました。ここで腰痛。「少し休みなさいよ」って腰がいってるのでしょう。   
 今、膝がダメで歩くのが苦手。だから・・・汽車の小旅をしようとこの秋を待ってました。台風が去った火曜日、素晴らしい秋空にさそわれて、相棒をデイケアに送りだして旧東海道の宿場町へ。琵琶湖線、草津乗り換え、草津線は石部駅下車。京都三条、大津、草津、石部・・・と昔の旅人は旅をしたのですって。いざいざ・・・



  おやおやレンタサイクルですって???ふらふら気の向くままってのには、チャリは最適。電動自転車ってのは乗ったことがないから、普通のチャリでシュッパーツ!!!




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 ルンルンとやってましたが・・・ずいぶん登り下りがある。アレッ!!、急に腰が・・・痛くなってきました。まずは目的の常楽寺へ到着。ゆっくり一服もして1キロ先の山の上にある長寿寺へ・・・ところが・・・相棒は3時ころには帰宅しますし、腰もかなり痛い。 寺の前にはバス停もあるのに、チャリは捨てられないのよねえ。次回にまわすことにして、石部駅に戻り、2時過ぎには帰宅。それ以来、腰痛です。



 まああ・・腰が「ちょっとええ加減にしてよお。年考えて」って言ってると思って、お休みタイムします。
プールでのババフライ!!!これのせいって言われるのは口惜しいからなあ・・・は・は・は・・・しばらくはゆーっくり。

 

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2018年10月 1日 (月)

台風一過

  素晴らしい!!!真っ青な秋の朝空に銀白の半月!!!
台風は今回は京都へは来なかったみたいです。前回のすごいのに怖れをなして植木鉢やら大きなさつきの樽やら…釣キチにも頼んで万全の備えでしたが、今回はあっけなく通り過ぎていきました。やーれやれ・・・

 勝手なこと申しておりますが被害にあわれた方々には心よりお見舞いをもうしあげます。


 この秋、もう少し涼しくなったら、汽車の小旅をしようかと思っています。今、ねらっているのは草津線。JR東海道線を草津でのりかえ・・・旧東海道の宿場町をひとつづつ。信楽高原鉄道で〆。駅の観光案内マップに頼ります。予習は一切なし。スケッチしながら細々と・・・と・ほ・ほ・・・足がイマイチなのです。暑い間は外にも出なくて、ブログのネタもなかったから、スケッチも久しぶりです。相棒には???お留守番をさせます。


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2018年9月25日 (火)

続 ごちそう2題 

 釣りキチが台所でコソコソ・・・お昼を作ってくれるそう。ゆーっくりワインを飲んでまちましょう。おつまみはオリーブの実とチーズを少々。



 できましたぁ!!!
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 鯛のカルパッチョとメッキのスープ・・・うンまあーい!!!



 夕方、マタマタ・・・釣りキチが台所でコソコソ。ももりは相棒をお風呂に入れて・・・夜は鯛のお刺身と漬け丼。しめはおいしい緑茶でお茶漬け。おいしい!!それにターップリ。貧乏くさい懐石のお刺身なんかとちがってウーンと「食ったあ!!!]って感じがリッチなのよねえ。

 次男がいたら真っ先にやってくるのにねえ。ま・あ・あ…言ってもせんないからなあ。お墓参りはすませました。長男はアフリカに・・・



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 焼いたシマアジをむしって、その上にたれにつけた鯛をのせ・・・おしまいにはおいしい緑茶を注いで・・・・できあがり!!!釣りキチも満足。相棒も満足・・・もちろん・・・ももりは大ダーイ満足!!!


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2018年9月24日 (月)

ごちそう 2題

 
先日、すばらしいお料理をいただきました。ガッツリ…フレンチ…フルコースです。赤白ワインも、もっちろん!!!おやおや、アペリティフは写真をとり忘れて、もはやお腹の中。友人がご馳走してくれたのです。ま・あ・あ・・ごらんあそばせ。




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ワインとかサラダとか・・・写真は忘れちゃった・・・ザンネン!!!


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 ももりのブログってお料理の記事はほとんどありませんよね。う・う・う・・・・あまりお料理はうまくない。それなりに良心的にはやってるつもりなんですが・・・というか、戦後の貧しさの中で育って、明治の母に、がっつり禁欲的に???育てられ、食べ物をおいしいのまずいのと言うなんて、許されないような気分を今でももち続けていますから。

 今日は、釣りキチの「おとこの・お・お・・・釣り料理」

 もし忘れなかったら次回アップしましょう。




 

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2018年9月18日 (火)

♪♪ 今は・・・もう・・秋 ♪♪♪

 秋を見つけに…植物園へ行きました。9月11、いい日(火曜日)
そしたら・・・台風の爪痕のさざまじさをみることに・・・いたるところに大木が根こそぎ大手をひろげてぶっ倒れています。5日間休園だったんですって。
でもでも・・・幼稚園の子供たちが・・・元気やねえ。



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おやおや・・・こんな・・・きのこ???

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 玄関にいばらの実とフジバカマ、われもこうをさしました。これで家にも秋???



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2018年9月14日 (金)

長らくご無沙汰失礼いたしました

 
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 元気に過ごしています。ちっともお返事やコメントを書かなくて失礼いたしました。
何しろ暑くってお外にも出かけられず、楽しみはもっぱらプール。先日、4回目のレッスンをうけました。泳ぐのは好きでしたが全く我流、ワイルドでしたが、ふと、無料の30分コースに参加しましたら、「へ・え・え・・・そうやったん」って納得することもいくつかあり、当分、やってみようと思っています。77才の水泳教室…は・は・は…目を三角にして頑張ることもないのにねえ。朝顔もひそやかに頑張っています。おかしいのよねえ。今年はブルー。白やら赤やらはどこへいったの???
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 プールで2時間、歩いて泳いで帰宅。そのあとは思いっきり本とリラックスタイム。今は永井路子 さん描く鎌倉三代・・・すごい!!! 凄い!!!スッゴーイ!!!

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2018年9月 5日 (水)

おっそろしかったぁあ  台風21号

 昨日の台風…怖ろしかったです。



 雨戸は一階も二階もしめて物干しざおなんかもきっちりしばって、バケツやらは室内にとりこんで、でも・・・ま・あ・あ・・・それほどでもないかも???なあんてTVのお守り。相棒もデイケアーは欠席です。



 午後2時ころ、ガレージで大きな音!!!びっくりしてのぞきますと、釣りキチの、なにやらゴチャゴチャした大きな塊が散乱。雨の中、まとめて、コンクリートブロックを重しにして地面にねかせました。家全体がビューンとゆれるような風の音。なにやらぶつかったような音も何度か・・・コッワー!!!TVで台風の目の位置を確認します。


 午後3時半過ぎ、ふと風がやみました。きっと「これは、きっと台風の目???」と思って外を見ましたが青空は見えず・・・でも、雨はしとしとって感じで降ってました。そう、台風は突然終わったのです。
マタマター・・・表のさつきの大きな漬物桶がゴッローン。釣りキチも雨の中帰宅。停電で仕事は終わりですって・・・よーかった!!!



 とりあえず無事な日常に戻っています。ご心配をおかけしました。
自分のことばかり書いています。皆様のご無事を祈っています。








 

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2018年8月28日 (火)

オクテな朝顔

やっとー・・・朝顔が一輪咲きました。



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 朝顔は大好きで毎年のように植えていました。物干しの屋根いっぱいに咲いたことだって、「朝顔の木」ってブログにアップしたことだってあったのです。ダーイスキ!!!大体赤が多かったので、この春はブルーと白の苗を買いたしました。いろんな色がいーっぱい咲いてくれると思ったのに、どうしたわけか????まるで・・・・知らん顔。



 苗に肥やしがきつかったのか???種がもう何代も我が家のなので、いい種をとれなかったのか???それとも、???猛暑のせい????


 ま・あ・あ・水だけはやってました。自分ものどが渇くんですから花だって・・・ね。


 今朝、一輪、小さいけど咲いてました。うれしいッ!!!おそ生まれのひよわな子は人並み以上にかわいいとか???よーく見たら、小さい赤のも明日あたり咲きそう。つぼみもいくつかみつけました。あ・あ・あ・・・これで、明日からの朝の目覚めが楽しみです。



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 おかしいでしょう???中京のコンクリートで固められた土地に住むと、こんなひそやかな楽しみ方しかできないんです。



 夏も終わり???難解な鎌倉三代を今、いろんな作家で読んでいまして、その中で永井路子「北条政子」はうーんと読みやすい。久しぶりです。坪内逍遥「牧の方」岡本綺堂「修禅寺物語」・・・とか近くは室麟「実朝の首」・・・往生しまっせ・・・苗字と名前がこんがらがって、も・お・お・・・でも、あらかたわかってから
永井路子さんのを読めば、実に平易でよーっくわかって引きずられて読み進めます。あ・あ・あ・・・・鎌倉とか、修禅寺温泉とか…行きたいなあ。猛暑でお出かけもならず、本と首っ引きで引きこもったこの夏でした・・・・そ・し・て・・・まもなく・・・秋


 

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2018年8月25日 (土)

台風通過

    京都はものすごい風が吹いたようです。ようです…というのは私自身はぐっすり眠ってしまってた‥・台風が姫路に上陸したあたりまでは気にしてTVを見ていましたのに、一番激しいときはぐっすり。相棒も「ひどい風やった」って言ってました。

 朝になってびっくり。大きな漬物桶に植えたさつきが道路にゴロンと転がっていましたし、焼き物の重たい傘立てが、中にスコップやらなにやらいっぱい突っ込んだままガレージにゴローン。2階に寝ていた釣りキチは「ものすっごおーい風で怖くて眠れなかった」ですって。先日、桂川が氾濫しそうだった時は、ひっきりなしのケータイの避難警告でしたが、今回は3回だけ。どちらも我が家からは遠く、現地の方々には申し訳ないけど、何とか無事。

 

 

 

 とりあえず、ご心配をおかけしました。ここに報告いたします。


 今、TVで石破さんがしゃべっています。この人はダイッキライ!!!ちゃんと人の顔を見てしゃべってよ。それに具体的な政策の話ならまだ聞くけど、政治に対する姿勢とか理想とかをもったいつけてしゃべるばっかり・・・日本の国土を買いあさろうとしてる国もあるというのに・・・
 気がついたら日本が占領されてるてなことになったら???コワヤコワヤ!!!今、読んでるのは、平家物語の続きで鎌倉時代…3代実朝あたりまで・・・寸土を争って血を流した歴史です。



 

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2018年8月17日 (金)

初めての秋風

 お盆の16日。昼間は雨。時折激しく、時には晴れ。でも、夜になると・・・大文字です。TVで時間を合わせ、ママチャリで見に出かけました。家を出たとたん「涼しい!!!」今年初めての秋風です。なんだか感動!!!西大路四条あたりで左大文字がきれいにきれいに見えました。我が家からはすぐ。やっぱり感動!!!




 午前、相棒をデイケアに送り出して、深草の青少年科学センターへ。バスは乗り放題の老人パス。プラネタリウムがお目当てです。息子たちが子供だった頃、何度も何度も行ったプラネタリウムですが…実は、実は・・・一度も全部見たことがなかった!!トワイライトソナタが聞こえ、だんだんお空が暗くなるといつの間にか熟睡。「コケコッコー」の鳴き声が聞こえて、ぱっと目が覚めると、なんともさわやかなお目覚めという次第でした。
 というわけで、「今度こそは絶対眠らないぞない」と言い聞かせて入場したのでしたが、でもでも・・・・昔とすっかり違って面白いコメントがつづいて、眠くなるなんてことはまるでありませんでした。
 今、火星、木星、土星だっけ???もお・・・わすれてる???もちろん、金星は宵には見えますけど、夏の大三角形もしっかり??頭に入りました???


 帰りには、京都駅のポルタでお一人ランチ。アボカドとかつおのどんぶり・・・これがなかなかおいしかったのよお。たまには外食もいいなあ!!!いいヒントがもらえました。帰宅、お一人御詠歌も急ピッチですませましたよ。




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展覧会もあさってには終わり。地蔵盆も同じ。何とか無事に夏を終われそうです。ま・あ・あ・台風は心配ですけど。



 

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2018年8月12日 (日)

悪意あるメール

 昨日、パソコン教室の校長先生に来てもらってパソコンを見てもらいました。



 「Re image  ホームページが乗っ取られています。あなたのパソコンをスキャンすることをおすすめします・・・うんぬん・・・」とか、違う日には「悪意のあるウエブサイト診断・・・うんぬん・・・」とか。結局、支払いのページにたどりつくんですけど、なんだかお金の支払いには不信感をもってしまいますので、一度、以前かよっていたパソコン教室の気のいい校長先生に来てもらいました。  
 やっぱり、お金を払ってはいけないページだそうです。その後パソコンのお掃除もしてもらいました。


 
 今では、もうあらかた楽しい記事は書き尽くしたし、新しい展開もありそうにない日常で、「もう止め時か???」とも思いました。でも、止めるにも止め方もあるかなとか???例えば汚染されたページに善意で書き込んでくれた方に迷惑はかけられないから・・・とか、ぐずぐず悩んでいましたが、そんな心配はないでしょうということでやれやれ・・・
 悩みが一つきれいさっぱり消えてすがすがしく、暑さすらちょっとはましになったみたい???



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明日は上の展覧会の準備。絵の写真は???忘れちゃった・・・大したこともなし。



 下はカズオイシグロ・・・おっそろしく読みづらい2冊。こんなのがそんなに良いかなあ???


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 暑い日が続きます。図書館に行くのもつらいから下の本も買いましたが・・・どうも読みづらい。こちらが力がなくなったからですかねえ。



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2018年8月 6日 (月)

ブログもネタなし

 
 こう暑くっちゃ、外出もできません。ブログもネタなし。


 京都は連日40度に届きそう。一歩外に出るだけでムンときて外出もためらってしまいます。ブログネタのスケッチもなし。息してるだけ。気息奄々ってこういうのをいうんでしょうか。それにしてもクーラーがなかったら危険、という実感はあります。


 長男の生まれた頃、クーラーはまだなく、赤ん坊はあせもだらけ。一日に2度行水をさせて真っ白に天花粉をかけてました。次男は1年10か月遅れで生まれましたがクーラーで汗もは知らず。


 クーラーが都会の熱放出の一因だそうです。怖いなあ!!!
人間様の快適さを求める行為が一層の熱さを招くんですって。パソコンもいうことをなかなか聞いてくれませんし・・・しばらく…ブログも・・・おヒルネ・・・??



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2018年7月30日 (月)

おやおや・・・コメントが入りません。

おやおや・・・コメントが入りません。なんでやろ???ということでこちらにカキコしました。



kazuyoo様   TVのいうことも新聞のいうことも信じられませんね。先の大戦のときの新聞なんかひどい見本ですもの。それでも、偉そうにまるで・・・・国を売るがごとき・・・いえいえ・・やめときます。ま・あ・あ…私のいうことに左右される人はないでしょうけど。
玉井人ひろた様  「ランボー」覚えています。戦争って実に実に・・・ひどい悔しい…でも繰り返し繰り返し…人間は・・・ね。
くちかずこ様  そうそう・・・豆餅、思い出しました。私は花俺峠のサバ寿司を買って相棒のお土産にしましたよ。

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2018年7月27日 (金)

ノーベル文学賞って

 カズオ イシグロ。先日ノーベル文学賞を受賞したイギリス在住の日本人作家の「日の名残り」を読みました。 



 もし、必死に頑張って生きた人生が、それほど価値のないものだったと???今までの価値観をひっくり返される、否定される・・・・これって、戦前の日本人、軍国少年たちはみな体験したこと。いちずにお国のことを考えた人ほど、喪失感は深刻だったでしょう。
 苦々しく思い出します。戦後の教育は平和教育という名のもとにすべてを否定!!!左翼思想???日教組なんか・・・反戦教育という名のもとに、行き過ぎた平等を!!!今、若い世代は「お国のために」なんて???ヘデモナイ???
なんて、ももりの想いは、本から離れてしまいました。



もし、絶対的な尊敬の対象が裏切り者との評価を受けたとしたら???



 カズオイシグロ「日の名残り」…舞台はイギリス。貴族の古い大きなお館に、執事として完璧な自分であったはず。一生をこの仕事こそと思い、このお方こそ絶対とあこがれてお仕えした執事人生。22人ものお客を迎え、何一つぬかることなく完璧にお屋敷を仕切る。世間的にも絶対的な名声と尊敬を受けていたはずのご主人様が、ある日、社会からは裏切り者と評価される・・・ナチスの協力者であった・・・人生の老残の日に・・・突然、目からうろこみたいな見方の逆転があったとしたら???


 
 自分の判断をもたず、滅私奉公。ひたすらご主人様で生きた老執事。ご主人様はなくなり、新しいオーナーはアメリカ人。「一か月ほどアメリカへ帰るから、その間、車を使って旅をしてきたら」と言ってくれます。「こんな美しい国にいながら何も見ないで死ぬのは惜しい」素晴らしい車で服装にも気を配り、何しろお館の名をケガしてはいけないから。一歩お屋敷から外へ出た世間の人たち・・・初めて知る価値観の違い。
 自分を抑えた重苦しい執事の世界の中で、唯一登場する溌剌とした若い女中頭。その娘の激しく生々しい感情を、ひややかに無視した自分・・・



 なかなかしんどい本でした。レトリックっていうか・・技術的、構成にも凝りすぎ???もうちょっとすなおに書いてくれたらもっと読みやすいのに・・・なあんて、フラチな読者です。でも、また違う本も買ってきましょう。

 

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2018年7月25日 (水)

下賀茂神社の御手洗(みたらい)神事

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 毎日狂いだしそうに暑いですが、さる日曜日、下賀茂神社へいってきました。若いお嬢さん方と一緒です。


 下賀茂神社の御手洗神事は、真夏の厄落とし神事です。境内の冷たい湧き水の小川を歩きます。さ・あ・あ・・・100メートルくらい???水深は膝下くらい。幼児さんたちはパンツまでつかってキャーキャーいっています。ともかく驚くほど水が冷たい!!!・・・・神聖なお水も飲み放題。先日は茅の輪もくぐったし、これで今年の厄はゼエーンブ落ちました。永く京都に住んで、今回が初体験。とても楽しかったのよお。
 そのあとはランチ。相棒が車いすになってからは、毎日3食を枕元に運びますので、外で食べることがずいぶん減りました。おいしいのよねえ。ひと様が作ってくれて、目の前に運んでくれる…なあんてうれしい!!暑さと人の多さでスケッチどころじゃないけどとりあえず・・・



 



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2018年7月18日 (水)

暑い暑いと、もう言わないで

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TVでは、毎日、毎日、毎日、気温が38度を超えるとかいっています。我が家には寒暖計もないので、クーラーをきかせた家の中でゴロゴロ。ほとんど、本をよんでいます。でも・・・結構お出かけもある。しんどいもんです。


 昨日17日、祇園祭の巡行の日。相棒はデイケアーで出かけ、自分のお医者様にカンカン照りの中、ママチャリで。薬局もすませ、郵便局の用事もすませ、鉾の巡行の方向へハンドルをまわしたのですが、ヤ・メ。汗だらけで帰宅。そのまま、カット(髪の毛)に行って、買い物もすませて、しばし休憩。


 3時半には相棒帰宅。そのまま、家に入らず予約の眼科へ。これが・・・・・アツイ!!!燃え立つようなアスファルトの上を車いすを押して・・病院までは約10分あまり???息も絶えだえ・・も・・お・お・・・・・薬局も寄って帰宅は6時。



 くたびれました。TVも、もう・・・タ・ク・サ・ン
暑い暑いって言わないでよ。

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2018年7月16日 (月)

プール中毒

京都は今、祇園祭一色。久しぶりに東京から帰宅した長男も、祇園祭を見てくると言って出かけましたが…ももりは・・も・お・お・・・クーラーをきかせた家でゴロゴロが至福。



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 最近のももり。プール中毒???ともかくプールへ行かないと禁断症状がでます。プールに行ったって、立派に泳げるわけじゃありません。ともかく授業料というものを払ったおぼえがないので我流。我流といえば、聞こえが悪いから、ワイルドと言っておきましょう。結構達者に泳ぎます。いえいえ泳いでいるつもり。



 最近ハマっているのがババフライ。もうだいぶ前、下手な人が4人ほど、上手な人にバタフライを教えてもらってるのを眺めてたら「あなたもやったら??」って言われて、いきなり「えいっ」とやってみましたら「あれれ???いけるかも」ってんで、25メートルいきました。それから急に、人に知られて???は・あは・は。おかいしいよねえ。77才のバタフライ、ババフライです。




 ともかく楽しいのよねえ。地上ではヨチヨチしてるのにプールでは自由自在。達者なもんですよお。


 

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2018年7月 9日 (月)

日本水彩「巡回展」「関西地区合同展」

 
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日本水彩「巡回展」「関西地区合同展」 今年は京都市美術館改装中で神戸原田の森ギャラリーでおこなわれます。7月11日から。


 
 ちょっと気恥しいけど…ここに自分のうれしい記録を残しておきましょう。



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 今年、3月、京都文化博物館で行われた[京都水彩展」で、この、ももり、文部科学大臣賞をいただきました。そのことが記事になっています。ももりのコメントはあと回しにして、絵を批評してくださった千代田会長の文章がす・ご・い!!!

 
 「あてどない旅」
 北アフリカの乾燥しきった街がある。一歩町を出ればそこは砂漠地帯である。男たちはこの音も風もない無機質な街にいる。やがて灼熱の太陽に眩 暈(げんうん)した彼等は虚無の坩堝の中をムルソー化して彷徨い、あの、アルチュール・ランボーのように砂漠に粛然として消えていくのであろうか。一人消え、二人消えて、また一人駆け出して行く。沈黙が町全体を、すなわち画面全体を覆っているようだ。画面を分割して上1/3を茶褐色で街並み、その左1/3を暗緑色でオアシスの象徴、2/3の緋色は街路か、そこを斜め方向に横切る黒のストライプ模様は右1/4で朱に反転して、最後の男を映す。男は砂漠の中へ消えていく己の運命を呪う。救いは、ただ祈ることではなかろうか。
 注  ムルソー…フランスの小説家、劇作家、評論家カミュ(1913~1960)の小説「異邦人」の主人公。不条理な人間を描いた。
     アルチュール・ランボー(1854~1891)フランスの象徴派大詩人。文学と絶縁、ヨーロッパ・アフリカを貿易商人として点々とし、最後は行方不明となった。



 どうですかぁあああ・・・!!!すばらしい!!!この批評は絵よりよっぽどすごい!!!先生はもう80才を超えてらっしゃるはず。それで、カミュやランボーですって。ももりの本棚にも、たしか、まだカミュはあったはず。う・う・・・・ん。読み直してみましょう。もう一度、青春の日々が戻るかもしれないから。


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3月30日と19日、当ブログに、ももりの気持ちは書いていますが、記事になった文ももう一度ここに残しておきましょう。

受賞者のことば
文部科学大臣賞をいただいて 
 なんてうれしいことでしょう。また、生きる気力がわいてきました。
 ずーっと、「あなたの絵、わからない」って言われてきました。私の絵は心象風景です。頭の中だけで創り上げる自分の宇宙、その中に生きる人間。力もないのに大それた壮大なテーマがすきでした。タイトルに想いを込めて描いてきました。 
 まず、「宇宙たち」律動する天体も宇宙ならこの爪のアカも宇宙。このタイトルはひとりよがりで自分は大好きでしたが、タイトル倒れでした。尤も、以前このタイトルで知事賞をもらっています。その次は「ソドムの街」旧約聖書に登場する街です。おごり高ぶった人間たちが神の領域まで侵そうとする。ついに神の怒りに触れ、ある日突然、火が降り崩れおちる。現代文明のソラおそろしさをえがきたかったのですが、これはサッパリでした。「君、原稿用紙2、3枚も説明がいるような絵なんてダメなんだ。第一、絵描きなんてそんなに頭よくないんだよ」ですって。ヒドイ!!
 ぞの次が、「生きる」旧約聖書の町、シリア、ヨルダン、エジプトを旅して、旅先で見た子供たち。粗末な布をひろげておそまつなものを売っています。学校にも行ってないでしょう。彼らは生きるために働いています。
 抜け目のない鋭い目つきは、スキあらばかっぱらいでも、売春でもなんでもする。でも、彼らは働いている。乞食ではない。その力を描きたかった。
 これも、「ユニセフのTVみたい」と言われてヤメ。悩んでいたころ、自分も病気をし、次いで主人が倒れ、何とか耐えている中、次男を亡くしました。当時の絵は暗く、病的で、みるからにイヤらしい!!!「あてどない旅」は次男を探しまわる自分です。
 今回の受賞作を見てくれた友人が、「明るくなったねえ」って言ってくれました。この一言で救われました。45才で亡くなった次男は、もう、何の心配もいらない明るい光の中にいるのです。もう何も心配することはない。
 さいわい、私の病気もすっかり快復しました。「もう、絵は描けない」と悩んだ日々から抜け出せた今回の受賞でした。
 77才でこんなうれしい幸せがいただけるんですもの。皆様、大いに希望を持ち続け、描き続けてください。


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2018年7月 8日 (日)

やっと今朝は青空

 疲れました。今朝は三日ぶりのきれいな青空。真っ白な雲。お日様もキラキラ輝いてなんともきれいな空気感。でも…大雨疲れで、朝日を見たとたん、家族みんな安心して、今は眠っています。  



 静かな朝ってなんていいもんでしょう。無事こそが幸せです。
各地に多くの被災者がでましたこと、心痛みます。一刻も速い回復を祈るばかりです。
 木曜日の夜は、5分おきに入る警戒情報で眠られず。激しい雨の音、TVに刻々と映し出される桂川、鴨川、高瀬川の水位上昇・・・・でも、我が家は何とか、避難勧告からは外れていました。



 友人たちもそれぞれ大変なだったようです。消防に来てもらった人もいました。普段は涸れてしまっている川が満水で材木も流れ込んで大変だったとか・・・・。でも、浸水も怪我人もなかったようです。自然って、本当に怖い。被災地で頑張っておられる方々に感謝です。



 ご心配をかけました。静かな朝。安心して、今から少し眠ります。

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2018年7月 2日 (月)

茅の輪くぐり

 

 ちょっとの時間をみつけて、梅宮大社へ。帰路、斎宮神社へとおりかかりますと、おやおや!!!茅の輪が用意されています。厄落としをしていきましょう。茅の輪は葦でしょうか???丸く輪にされてその中をS字状に、なんだか呪文をとなえながら3回まわります。そしたら、去年の厄が落ちて今年が無事なんだそうです。




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 あちこちの神社で茅の輪くぐりという行事はあるようですが、京都以外にもあるのでしょうか???下は、ご近所の若いお嬢さんが「自分でつくってきた」と小さな茅の輪をくれました。玄関に飾ると厄払いにご利益があるといいます。





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 下は梅宮大社。ここは橘美千代が建てたといいますから古い。ご存知、藤原不比等の後妻に入り、光明皇后を生みまいらせた女傑です。フラフラしていますと、庭師のお方が二人。お昼休みです。
 「ここ、大好き。雑草がいっぱい生えてるのが好きなんです」

「はあ・あ・・・草ぼうぼうでは、さぼってると言われそうですけど、そういう人もいはるんですなあ」

「だって、雑草ってかわいいんですもの。中京のコンクリートのすき間だって、たんぽぽやスミレが咲くんです」お二人を後にして進みます。奥に入ろうとすると竹の棒で通せんぼ。

「通れへんよ。私この奥のお庭が大好きなんやもん」

「ほんなら、入りいな。誰かがなんか言いよったら、頭の禿げたおじいがええて言いよったて、言い」ですって。その道はいつもの道とちがう森の中へ入りこめて、これが感激!!!うっそうと大木の生い茂った原始の森???外はブンブントラックがはしっています。下はお茶室周辺。アジサイがみごとでした。

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2018年6月25日 (月)

「血脈」の御陵めぐり

 このところ、人様にはわかってもらえないような行動ばかり。
 そ・れ・・がぁ・・、天皇方の血脈・・・を追って御陵めぐり。というか御陵さがし。 「平家物語」の主人公…清盛よりよっぽど面白い天皇の方々??面白いっていっては不敬罪???かもしれないけど・・・天皇方々すごくヘンテコリン・・というにはあまりにもおかしく悲しい。幼いころから女官たち、女ばかりに囲まれて育ちます。女たちは一門の勢力安定や地位獲得のためにさしだされているんですから、よりどりみどり。やりたい放題!!!



 今読んでいます「宮尾本 平家物語」は、平安末期の天皇家の血脈を興味深くくわしく描いています。それが・・・・・佐藤愛子さんの「血脈」よりもはるかに、はるかに・・・人間的というか???動物的というか???退嬰的というか???小説よりもはるかに奇!!



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 後白河天皇は29才で即位。たった3年で、16才の第一皇子二条天皇に位を譲り、上皇となります。この方、7年在位して23才で死。あとを継いだのが六条天皇、2才・・・満年齢では7か月???六条天皇も後白河の第二皇子です。六条は、たった3年在位。5才(満年齢では??才)で譲位し、継いだのが高倉天皇8才。高倉天皇11才、18才の平徳子・・・・おそばには手あたり次第にものになる女房どもにかこまれて、なかなかお子ができません。8後にやっと生まれた第一皇子が安徳天皇。




 周りの大人どもの都合で好き放題される幼帝もあわれですが、この後白河というお方の生きておわす間に、「保元の乱」「平時の乱」「鹿が谷の陰謀」「以仁王の反乱」「源平の戦い」とひどい殺し合いが続き、結局、平家は義経に壇ノ浦で亡ぼされ、義経は兄、頼朝に亡ぼされ・・・・
 1192年(いい国つくろう鎌倉時代」後白河が死んで、鎌倉時代に入ります。




 梅雨の晴れ間に「二条天皇陵」をさがしにババチャリででかけました。
何気なく地図をながめていたら「二条天皇陵」というマークが・・・・これは・・・行かなくっちゃ。西大路通りをひたすら上り、平野神社から北西西あたり????


 近くを歩いていますお人に聞きますと・・・「確かに近くに、なんやあったねえ」という返事。二条天皇というお方、人には知られていないようですが、平家物語では非常に興味深いお方です。
 その1・・・先帝の后、(多子)まさるこ)をどうしても・・・と聞かずに、自分の后にしてしまった。すでに皇后はいましたのに。
 その2・・・父親、後白河は自分が好き放題をしたくてたった3年で譲位したものの、息子二条天皇は独自の政治路線を打ち出し、父子の仲は険悪に。「三十三間堂」(蓮華王院)の建立祝いに、頑として出席しなかったとか。
「三十三間堂」は、平清盛が後白河のために建てたお寺です。


 
 目指すあたり???大きな塀に囲まれた木立がありますが、住宅に囲まれて入口がわかりません。ババチャリでよかった!!!歩いては、ももりの足ではも・お・お・・・確かに二条天皇陵がありました。
 

 

 

先日行きました「清閑寺」 門のすぐ横が高倉天皇陵と六条天皇陵。



 高倉天皇もすごい。21才でなくなられますが、すでにお子が7人。高倉天皇と清盛の娘徳子の間に生まれたのが第一皇子で安徳天皇ですが、安徳天皇が壇ノ浦でおばあ様に抱かれて、海へ身を投げたあと残された皇子は3人。後白河が、御前に呼び出して会います。「おいで」と言われて、逃げたのはバツ。チョコンと膝に乗ったのを次の天皇にした・・それが後鳥羽天皇ですって・・・・宮尾本「平家物語」にはあります。




 これで、白川、鳥羽、二条、六条、高倉天皇、後白河天皇陵にはお参りができました。おそばには愛された女性方、待賢門院や上西門院の御陵もあります。清閑寺には高倉天皇に愛されて宮廷を追われた小督の局のお墓もあって、今は静かに仲良く眠ってらっしゃいます。

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2018年6月18日 (月)

地震・・・・今のところ無事です

今のところ・・・なんて…これが余震で、もしかしたら???本震が来たら???っていう意味です。
 朝8時過ぎでしょうか。ももりは玄関でゴミ出しの整理をしていました。突然「グワラグワラ」と大きな音。地震か???それとも突風か???戸を開けて表を見ますと電線が大揺れ。地面が揺れている感じはあまりわからなかったのですが、あの大きな音はなんやった???
  とっさに相棒の部屋にかけつけましたら、良妻なんでしょうけれど、まずは自分が表にでました。どこの家からも人は出てこず、地震は収まりました。

 

 

 

 やれやれ・・・この後、本震が…なんてことがないようにいのります。電話は通じなくなりましたので、この場にてご報告いたします。
 「大きな音やったでえ、何か落ちたんとちがうか???」って相棒も言いますので2階へ。床から天井までの長いふすまが2枚、ふくれて敷居をはみ出しています。上に積んでいたぶ厚いアルバムが落ちた模様。被害はそれだけ。まずまず、今のところ、電気もついて無事です。




 今日は忙しい一日でした。朝イチ、地震、直後・・・8時40分にマッサージ師さんが見え、約20分。10時には、相棒の歯科の予約。歯科の先生が地震でお休みになった小学生の子供さんをむかえに学校へということでしたが治療はしてもらえて、11時には次の眼科の予約。京都市立病院には異常の様子はなく、みてもらえました。病院でお昼を済ませて、1時ころ帰宅。午後4時には、ももりの膝治療の予約ですので、その間にプールへ。「まあ…時間もないけど歩くだけでも」と出かけましたら。プールは閉館。あ・あ・あ・・・・・
 今のところ、家も周辺も静まり返っています。被害の様子はありません。相棒もお昼寝。4時に膝注射に行くまでには薬局とスーパーへ。やれやれ・・・ももりも休憩します。


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2018年6月15日 (金)

ほのぼの  うれし

 先日、ほのぼの、ほんのり、うれしいことがありました。


 今かよっています京都アスニーの古文書教室。月一回ですがとても面白い。サークルの講師の万波寿子先生は西本願寺の古文書を研究なさっている若い龍谷大学の講師でらっしゃいますが、「西本願寺36人歌集」のお話にふれられまして、おっしゃいました。


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 「この歌集はほとんど出版印刷されていません。西本願寺が許可しないから」というお話しでした。「????ワタシ・・・ 持ってる」・・・・もうずっと以前ですがももり自身が買った本。2万8000円。家にかえって本棚を見ますと、ありました。おまけに、もう1冊。父親からうけついだ「西本願寺36人歌集」もでてきました。次の勉強の会(先日)にもっていきまして「よかったら、皆さんに見てもらってください」といいました。ついでにももり自身が作った臨書「ま・あ・あ・・・レプリカです」も、お見せしました。下





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なんて嬉しいことでしょう!!!授業の前に、先生はももりのレプリカを皆さんに見せて「本当にこんな美しいものが平安か鎌倉時代に作られていて、本阿弥光悦なんかはまねしたものを残しているのですが、現代にもこんなのを作っていられる方がいると知って、大変うれしいです」とのお言葉。

 

 

 長年、押し入れにつっこんだままだった小さな切れ端に、こんな出幕があるなんて!!

 

 古文書の勉強には何度か参加したのですが、扱うテーマに興味がないと、まるで楽しくありません。今のサークルは藤本孝一先生と万波寿子先生のお二人が講師ですが、ともかく、とてつもなくおもしろい。文化庁で、古物を「国宝にするか、それとも重要文化財にするか」を決定するための資料をまとめるという仕事をなさってらしたという、もう90ン才の藤本先生ですが、続々出てくる古文書には限りがないらしく、毎回新しく解読された文書のお話をしてくださいます。




 もしできたら・・・・ももりのレプリカ、先生にもらってもらえたらなあ。そして西本願寺の文書を研究なさっている先生のお部屋の片隅にでもおいてもらえたらなあ!!!
 なあんて・・・あつかましいかな???
下は父の残した「本願寺36人歌集」の写真です。貴重なものかもしれませんよっ!!!





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2018年6月13日 (水)

高倉天皇と清閑寺

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 高倉天皇といえば、清盛の娘、徳子と結婚。やがて素晴らしい日々は終わり、平家は西へ逃亡。源義経によって壇ノ浦に追いつめられます。お二人の子、安徳天皇は祖母にいだかれて海に身をなげます。おんとし5才・・・あわれあわれ・・・・



 高倉天皇陵に隣接するのが清閑寺。清閑寺は今、西郷隆盛で話題になっている倒幕密議のお寺です。ここへ行きたい・・・でも・・・・・山の中、小松谷ということです。



 以前、妙法院のお庭の中の小さな看板に「小松谷、平重盛屋敷跡」という小さな立て看板があり、これはぜひぜひ・・・・一度ゆっくり、このあたりを歩いてみたいとおもいました。ある日・・・




 ババチャリで家を出て、五条坂をまっすぐ東へ。渋谷街道っていう、響きも古そうな街道をババチャリを押してエンヤラコヤラ・・・・向こうに古そうなお寺が見えて、あれかいな???と思って近づきましたが違いました。でも・・・「小松谷御所遺跡」という石柱があります。ババチャリを道端の草むらにすてて
坂道を登り始めました。ネズミ捕りのおまわりさんたちに地図をみせて「清閑寺へ行きたい」っていいますと・・・まだまだだいぶ・・・遠い。しかもややこしい説明。もう・・・「いやっ」になって、ちょうど来たバスに乗って一駅戻り、チャリを拾ってその日は帰宅。


 後日、友人と龍谷大学の「釈迦展」を見たついでに、タクシーで清閑寺へ。

 とりあえず、思いはとげました。京都が一望に見張らせるポイントもありいいお寺です。昔は清水寺より広い敷地を誇ってたんですって







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2018年6月 6日 (水)

山科の勸修寺

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 梅雨いり・・・したか???山科の勸修寺へやってきました。ここは、「かんじゅじ」と読むそうです。今はハスとスイレンとあやめ???ももりには「いずれを あやめ かきつばた」よくわかりません。でも・・・静かでとても美しい!!!のおーんびり。このところ相棒とは・・・ケッコー・・・???

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妙法院門跡寺院

ちょっと古いお話です。5月14日…この日にかぎり門跡寺院「妙法院」は五月会として開放されます。いつもは非公開の豪快な桃山建築や仏様たちが無料で拝見できます。ということで…やってきました。


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 近くに豊臣秀吉が建てた方向寺大仏殿。秀頼が継いで完成、大仏の開眼供養のために1000人の僧侶をあつめ、その供御を奉ったという大きな台所。豪快な木組みがすごい!!!

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 ここは、元、後醍醐天皇の院政の地、法住寺殿のあった土地です。平清盛が後白河のために建てた三十三間堂(蓮華大院)はじめ、塔や殿社が建ち並んでいたといいます。戦火に焼け、再建された蓮華王院を管理してきたのがこの門跡寺院だそうです。小松谷・・・平重盛(清盛の長男)の屋敷跡という石碑もあって、なんともうれしいです。




 小松谷は平家物語ではよく聞く地名です。一度ゆっくり歩いてみたい・・・と、後日改めて挑戦したのですが・・・・後日まとめますね。






 

 

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2018年5月21日 (月)

平安京のお祭り 嵐山

 5月20日、快晴!!!肌に快い春風を受けてババチャリをぶっとばして嵐山へ。今日は、車ざき神社(車折神社)の三船まつりです。清少納言の生家、清原氏が神々をまつったのが元々だそうで、行列は嵐山へやってきて、平安貴族が楽しんだ舟遊びを再現します。お、お、お  清少納言がやってきました。




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 車折神社といえば…芸能の神様。
タレントたちも車折神社へよく訪れるそうです。なにしろ・・・ご祭神はあめのうずめのみこと(天宇受売命)ですって。
 あめのうずめといえば・・・あまてらす大みかみ(天照大神)が岩屋におかくれになって、天下は真っ暗に!!!何とかして、岩屋から出ていただこうと、岩屋の前に神々があつまり、首をならべて議論百出。あめのうずめに踊っていただこうということになり・・・・踊りは最高の盛り上がり!!おっぱいも腰の布ももうあやしくなり???神々は、もう、やんやの大喝さい。大笑い。岩屋の中のあまてらすは、なにごとぞ???と顔をのぞかせたところを大力持ちのたじからおが、ひっぱり出して、天下に光は戻った…という、あの有名な初代ダンサー、あめのうずめのみことがご祭神といいます。





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 11時頃、家を出ましたが、何しろ、平安時代のテンポはユーッタリ。かんかん照りの初夏の日差しはお肌ピリピリ。でも、がんばりました。樽酒のお開き。お酒が供されます。おいしくいただきました。




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 天皇が行幸されての舟遊び・・・ま・あ・あ・・・・貴族の優雅のきわみですが、今日の庶民も十分楽しみました。




  

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2018年5月15日 (火)

八十路の恋こころ

八十路きて なおしきりなる 恋ごころ   ぐちぐち



どうですか!!!相棒の川柳ですぞ   
こぉ れぇ はぁ・・・す・ば・ら・し・い!!!

 「ぐちぐち」ってのは俳号です。本名が山口なんですよ。
 相棒はデイケアーに行って川柳をはじめました。長い期間の結婚相手ですが、まったく抒情的???というか、詩的な情緒には関心がなかったように見受けますが、最近は、何かと,5 7 5で考えているようです。デイケアーのおばあちゃんたちの話はよく聞いていますが、おばあちゃんになったってかわいい人はかわいいし、今更若さはもうしんどいかも。恋こころに年令には関係ありません。お相手は???それは…聞かない!!!




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アラ探し 
だけしてゴマを する野党
セクハラを されたと自慢 喜寿のばば

 

 

これは、ももりぐちぐち



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 植物園はバラ園がすばらしい!!!我が家の周囲は雑草がすばらしい!!!雑草をひ引っこぬかないんです。だって、かわいい花もさく。80才のじじいだって??雑草だって・・・ね。






 

 

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2018年5月 7日 (月)

おっかけ 古都の祭り   Ⅱ

 連休は相棒のデイケアーもなし、ももりの書道教室もお休みです。やーっぱり、ゆっくり気分はうれしい!!!



 まずは、好きになって3年目の千本閻魔堂の狂言へ。壬生狂言には、嵯峨釈迦堂、千本閻魔堂、壬生寺、神泉苑などの狂言が知られていますが、ももりのイチ押しは千本閻魔堂の狂言です。ここの狂言はセリフつき。しかも演者のアドリブも許されているとかで、とても面白い。観客と演者が一緒になって大笑い。言葉っていいものです。



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 六斎念仏は、平安時代、空也上人が六斎の日(毎月8,14,15,23,29,30)の6日、都の各所で鉦や太鼓をたたきながら踊ったのが起源とか。今年のお正月には、六波羅蜜寺の念仏踊りを見ましたが、ここ、千本閻魔堂の六斎念仏は、お念仏だけでなく獅子舞いや、おさない子供たちが、お猿のしっぽをふりふりひょこひょこ踊るさまなどもあって本当にかわいらしく楽しいでした。



 下は「紅葉狩り」ご存知、平惟持が信州戸隠へ怪物退治に行くお話です。お酒に酔ってねてしまった惟持におそいかかる妖怪・・・・豪華な衣装は、さすがっ!!!西陣!!!すばらしい!!!

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 下は「二人大名」良いお天気につられてお花見に出かけたお大名ふたり。荷物になる大小の刀を行きがかりの町民をみつけて荷物持ちを無理強い。ところが、刀を持ってしまった町民はお大名をからかいます。猫のまねやらにわとりのまね、はては馬子と馬のまねまで゙・・・ッタクー。刀さえ取り上げたらお大名なんかちーっとも怖くないって・・・今も同じですよねえ。

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 一日おいて、貴船寺へ。ここは・・・ちょっと見込み違い。菖蒲の神事があるとかで、きれいな巫女さんやらがみられるのかと期待していったのですが、若い観光客だらけ。長い行列の後ろに並んでたら、なあんだ・・・スタンプの行列!!!遠くから拝むのは自由だったのに・・・中宮と奥宮も足を引きずりながらお参りしました。 

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 東京に出す絵も送ってもらったし、ホッ・・・・あらあら、絵の写真は撮りわすれました。



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2018年5月 2日 (水)

おっかけ 古都の祭り

 

5月の京都はどこもかもお祭りだらけ。ここは、ウーンとがんばってお祭り追っかけをいたしましょう。
下は神泉苑。平安時代ってファッショナブルなんやねえ。



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4月30日はご近所の春日さんへ。ここは藤原氏が一番の格式を誇る神社です。藤原氏を表す藤の神事があるということで行きましたら、今年、藤の花はもうすっかり終わってですって・・・ト・ホ・ホ


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次は神泉苑・・・一番上のスケッチがそれ。こんな‘にょしょう‘に会いました。ママチャリで春日さんから神泉苑へまわりました。



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 あけて、5月1日(火)はママチャリで上加茂神社へ。今日は「くらべ馬」の神事です。実は長らく京都に住んで、見るのは初めて・・・いわば平安のみやこの競馬です。神様に捧げる神事ですって。吉川英二の「新平家物語」の場面を思い起こしてウーットリ



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 300円で椅子席へ。目の前をきれいな馬にのった武者がとおりすぎます。中には、まだ子供みたいな武者もいます。「あの子…6年生くらいかなあ???」
 白旗が振られて、大声が聞こえると、一騎づつが全速力でかけぬけます。迫力は満点!!大声は神様に報告してるんですって。12
騎???そのあとも行事は続くのですが、帰宅。相棒がデイケアから帰ります。ザーンネン。その上、帰途、迷子になって少しおくれました。考えれば・・京都も都大路より外の道は東西南北になってなんかないんやねえ。


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 下300年たったというスダジイの古木。人間のあさはかな営みをじいーっと見てきたんやねえ。


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雲ひとつないカンカン照り・・・

あ あ あ・・・マーックロ!!!日焼け…だけは怖い。

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2018年4月25日 (水)

きらら坂

 きらら坂…京都から滋賀への古道です。この素敵な名前は平家物語によく登場します。   

 きらら坂へやってきました。東山のふもと、詩仙堂、曼殊院の近くです。そもそも降りたバス停は一乗寺下り松・・・・吉川英治描く「宮本武蔵」吉岡一門との決闘の場???じゃなかったっけ???

 下はきらら漬けで知られるお店、僧兵が一服したお店ですって。お店の中はおもしろいものが雑然とならんでいます。僧兵のみの傘、お公家さんのみの傘・・・へ・え・え・・・




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 比叡山は最澄が開いた天台宗の本山です。あらがいがたい自然や戦争にうちひしがれた人間どもが、仏にすがろうとしたのでしょうか。しかし・・・平安時代…平家物語のころ、力を持った比叡山には無法な法師ばらが棲みつき、神輿をかかげてしばしば都へ無法な強訴をしたといいます。白川天皇も「思いどおりにならないものは、一にさいの目、二に加茂の水、三に僧兵」と言ったといいます。一度、そのきらら坂を歩いてみましょう。
 


 お天気はバッチリ。お漬物も買ってスケッチをさせてもらいました。このお漬物が…ホント、おいしかったのよお。後ろはくだんのみの傘

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そこから金福寺へ。ここは初めてです。それがぁあ・・・よかったのよお!!

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 与謝野蕪村が芭蕉をしたって建てたという芭蕉庵 。現代の俳人たちもここに集まって句会などがやっているとか。 俳句かぁあ・・・いいなあ!!!

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2018年4月22日 (日)

応仁の乱ここから始まる  上御霊神社

♪♪  みどりのそよ風  いい日だね

     ちょうちょは  ヒラヒラ  豆の花

     七色ばたけに いもうとの

     つまみ菜 する手が かわいいな  ♪♪


緑のそよ風・・いい気持ち!!!さ・あ・あ・・・ママチャリで、はな歌うたって・・・どこへ行こうか



 ここは 上御霊神社。応仁の乱はここから始まったといいます。今、イチハツの花がまっさかり!!!・・・11年も続いた応仁の乱は、京都の町を何度も何度も丸焼けにしました。為政者の自堕落、無責任。鴨川が死体で埋まったという戦乱は11年も続いたといいます。今は御霊・・・多くのゆえなく命を奪われた方々を祀っています。

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上御霊神社を出て鴨川へ。比叡山から大文字山までゼーエンブ独りじめ気分。

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政治が堕落すると・・乱はおこる。何度もくりかえした歴史の真実です。

あ・あ・あ・・・・・しっかりしてよねえ。マスコミもええ加減にせえよ。



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2018年4月13日 (金)

夢のまた夢

 脳溢血の病後というものは、案外おだやかなもんやなあ・・・と思うこのごろです。相棒の右半身マヒの後遺症は改善しませんが、不自由ななりに安定しておだやかに過ごしてくれています。あんなに頑張って働いた人ですもの、残された日々を穏やかに過ごしてほしいと思います。このフラチな介護人は今では遠慮なく病人に留守をさせて、こまめに出歩きます。春はやっぱり出歩きたい。
 
 
 先日、丹波高原の大野町を訪れました。大野ダムの桜は有名です。今年の桜は早すぎたけど、八重桜や、山桜、まだレンギョウ、つつじ…農家のお庭も花いっぱい!!!うれしいなあ!!!



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 大野ダムは由良川を大きくせき止め地域を守っています。山陰線、園部より西はまだ単線です。由良川は日本海へそそぐ川ですが、その激しさにおどろきます。切り立った崖にへばりついたように走る汽車は大きく深く切れ込んだ谷底をのぞきながら、鉄橋を渡り、平地をすぎます。以前、宮津でバスが台風の洪水に立ち往生して、乗客はバスの屋根で一晩をあかし救助されたということもありました。その時、せい一杯水をせき止めて頑張ったのがこの大野ダムなんだそうです。


 大野小学校は父が校長として赴任した土地です。柔らかな山並みにつつまれた草深い大野はどこか母の胎内に守られてあるような安心感につつまれています。大野ダムの建設や土地の文化を守ってこられた「府立京北ゼミナールハウス」の所長さんであられる東氏が車で案内してくださり、この地の深い文化の解説を独り占めするもったいない時間を楽しみました。



 小学校跡では校長室に案内され・・・・お・お・お…!!!父がいました。三段に並べられた歴代の校長先生の一番上の左端・・・古い歴史をもつ大きな小学校でした。若い!!!父でした。




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 ダムの底に沈んだという滝神社の観音堂。大きな滝の横にあったお宮さんを移転したそうで、今でもダムの水の少ないとき は滝が現れるといいます。大きな古民家、池田家も見ました。この土地に営々と生きた人々がしのばれます。それにしても、なんと美しい。穏やかで甘い自然。花々に包まれて起伏する静かな山並み。日本古来の田舎のよさを堪能する夢のような一日でした。とち餅、納豆餅、おかき、蕗の佃煮やらいっぱい買ったお土産もおいしかったのよお!!


 

 又、その前の日は比叡山。今回は大津、坂本からケーブルカーにのって。根本中堂は修理中。下はケーブルカーの駅で、文化財ですって。かわいいなあ!!!



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 今年の桜はアッというまに行ってしまったって感じです。でも、遅咲きの八重桜やら、つつじやら、シャクナゲ…レンギョウ、シャガ・・・春の野山は花で一杯です。




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 今日は、又、長講堂へ行ってきました。




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 4月13日は後白河法皇の命日で、この日だけ拝観できるという後白河法皇のお像があるのですが、残念ながら、法要は午後2時からということで、ももりがママチャリで訪れたのは午前。お布施だけさせていただいてお庭を拝観。お釈迦様に、甘茶をかけさせてもらってスケッチを一枚だけしました。又、来年を楽しみにいたしましょう。



 

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2018年4月 4日 (水)

夢のあとさき

春!!!桜を追いかけて鞍馬山へやってきました。中京の桜はもう花吹雪ですがこちらは今、満開です。うれしいなあ!!!周囲の山には紫がかったピンクの山つつじが点々。77才の人生も春???爛漫???



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 上は鞍馬駅。釣りキチと一緒にのぼったのは???そうか…彼は確かまだ小学生だったっけ。だいぶ変わっています。でも人影もボチボチで静かなのが何より。



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山門をくぐり、ケーブルへ。ト・ホ・ホ・・・今までだったら、さっさとこのくらいはヘーッチャラだったのに・・・ネ。




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霊宝鑑で、国宝の毘沙門様を拝観。最近は平安朝の穏やかな仏様のほうがなつかしいなあ!!!ケーブルでまた下りました。相棒のデイケア帰宅には間に合いました。やれやれ

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2018年3月30日 (金)

今日から 「京都水彩展」

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   どうでうすかぁあ  うれしいじゃありませんか!!!77才ですよお!!!生きててよかった!!!



今年は京都市美術館は改装中で、会場は京都文化博物館5Fです。スペースの都合で作品も小さいです。ももりは、今日(30日)2:00からと、日曜日、2:00からと会場にいる予定です。お会いできたらうれしいです。




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 今日はたまたま相棒と結婚した日。53年前、3月30日結婚しました。53年・・よくもったよねえ。







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2018年3月19日 (月)

喜びの時  「文部科学大臣賞」

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 このたび、「京都水彩展」にて文部科学大臣賞をいただきました.。「あてどない旅」です。なんてうれしいことでしょう。


 公募展に参加するようになって、はや20ン年たちました。好きなように描いていますが、公募展出品作は、抽象です。「わからない・・・」って言われ続けてきました。



 タイトルに思いを込めて…まずは「宇宙たち」いいタイトルでしょう???よすぎます。
宇宙の律動から小さな細胞まで‥すべては宇宙たち…これはタイトル負けですねえ。


 次は「ソドムの街」おごり高ぶった人間が神の領域にまで踏み込む・・・そらおそろしい現代文明・・・はははは…これもダメ。「これはどこの国の街???」とか聞かれて「旧約聖書の・・・」なんて説明し始めましたら「キミねえ。そんな原稿用紙2~3枚も説明のいるようなのはダメだ。絵描きなんて、そんな頭ないんだから」ですってサ。ひどいのよねえ。



 次は「生きる」・・・旅をして出会うまずしい子供たち、わかい母親と赤ん坊・・・生きるためには、かんかん照りの中だってひねもす、広げた敷物の上に貧しいものを並べて売っている。生きるためには、かっぱらいだって、売春だってなんでもやる・・・そんな激しい力を描きたかったのですが・・・「ユニセフの写真みたい・・・」ケチョン・・・クックーン



今回は「あてどない旅」…死んだ息子をさがして・・・よろよろと・・・わかってくれたんかなあ

 



 この4年ほどの間に、大きな悲しみが続きました。4年前、自分の大腸癌。ついで相棒の病気。更に1年後に次男をなくしました。


 そんな状況の下でしたが、展覧会の期日が迫るたびに、なんとか描こうと画面に向かうのですが、私の絵は、写実でも風景画でもありません。まあ、言えば、心象風景みたいなものを描いてきましたので、心の状態がモロに画面にでて、現れてくる画面は何ともいやらしく、暗く、不気味…到底、描き続けられるシロモノでなく、結局、以前の描きさしを仕上げて出品だけは続けていました。




 私は手が早い方です。そしてタッチも荒い方が好き。タッチは息使い。キチキチ描く込むより、息使いが聞こえるようなのが好き。というわけで、絵を作るのは早いです。描きかけたら次々とわいてくる次の絵のイメージを残しておこうとするものですから、一枚の絵を描いているうちに3枚くらいは描きさしができます。つまり未完成の絵はたくさんあるわけで、その中から、何とか仕上げたもので出品をつづけていました。




 何というか・・・・人にはわかってもらえない世界・・・茫洋とした空間、奥行き、広がりを描きたい。でも…その中にポイントととして何かを描き込む…レモンとか???小さいものはダメ。せっかくの空間が狭くなってしまいます。ふと…うかんだのが、死んだ子をさがして・・トボトボ・・・・



 旅は続きそう・・・描きさしならいっぱいあるんですから???




 

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2018年3月10日 (土)

春を訪ねて・・・醍醐寺

 先日醍醐寺へ行ってきました。霊宝館に展示されるという宋時代のお経を見てきました。散逸を免れて、今日まで、ようまあ、無事に!!!古文書・・・これはちょっとむつかしすぎました。




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 しきりにうぐいすが鳴いています。今年初めてのうぐいす・・・


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 ももりが目をむいたのは、ルート
マップの上、平重衡の墓。ここへはぜひ、また来ましょう。



平重衡・・・美しい、華のような若者…この若者は南都(奈良)焼き討ちという汚名に耐え、そして殺されました。


 1180年(治承4年)12月28日。南都(奈良)の都では、東大寺、興福寺炎上・・・堂塔、仏像、貴重な経典,が全て消え失せました。平重衡を総大将にいただく平家の軍勢は般若寺近くに陣をおきます。まっ暗闇に火を…ということで近くの民家に放火。おりからの風にあおらられて火はアッというまに広がり、大仏殿はじめ一切を灰にしてしまったのです。大仏殿の2階に逃げ込んだ僧俗3500人が焼け死んだといいます。なんという・・・・バチあたりな・・・東大寺は聖武天皇が大仏を建立して建てられた皇室のお寺、興福寺は藤原氏の氏寺です。僧兵を養って好き放題だ…とはいうものの・・・


 同じこの年、9月には、富士川で、源氏との戦い。鳥の羽音に驚いて戦う前に全員逃げてしまうという恥多い敗北を喫し、平家はもはや落ち目です。後白河は平家追討の令をだしたと知って怒った清盛は、後白河法皇を六波羅に幽閉してしまいます。追い詰められていく平家に、いよいよ後白河の厚顔な手際がさえてきます。



 清盛は、翌治承5年2月に死。1月に亡くなった高倉帝の後、後白河の院政再開。この年前後、未曾有の飢饉で餓死者が加茂河原を埋めたといいます。後白河は東大寺再建の令を出して、清盛の後をついだ宗盛は法王の幽閉をといて、法住寺にもどします。

 

梁塵秘抄は後白河が選した今様を集めたものといいます。その中に


見るに心の澄むものは

社毀れて 禰宜もなく

野中の堂の また破れたる

子生まぬ式部の 老いの果て



波も聞け

小磯も語れ 松も見よ

我を我という風 吹いたらば

いずれの浦へも 靡きなむ



どうですか・・・・後白河というお方・・・・かなわんなあ

 
 

 

 

 


 

 

 

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2018年3月 4日 (日)

口には蜜を

 相棒の車いす生活も4年目に入りました。息子のお葬式の時、また、その年のうちにもう一度お葬式を出すようなことになったら・・・と、思ったことを思い出します。



至って強がりだった相棒も最近はすっかり柔らかくかわいくなってきました。最近の会話から・・・



「2代にわたって世話かけるなあ」ですって。姑という人はすっごくすごく怖い人で、死のまぎわまで何ともつらい思いをしましたけど・・・こう・・・いわれると・・・も・お・お・・・帳消しやなあ



 

「結婚したこと後悔してへん???」
「なにゆうてんのん。自分が決めてしたことや。一回も後悔なんかしてない」
「そうでもなさそうやったでえ」
「まあ・・・はじめのころは・・・・(姑、小姑とのこと…これは胸の中だけ)でも、子供が生まれたら、それどころやあらへん。ま・あ・あ・・自分の巣を守ることだけで一杯やったなあ」



「あなたのこと尊敬してるでえ」
「・・・・・」
「だって、、、一人でじいっと耐えてるから。八つ当たりする人かってあるやろ????」「そら、あるある!!!」




会話って・・・口って大事なものです。え???口だけではありませんよ。

 

 

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2018年3月 2日 (金)

崇道神社・・・魂しずめのお宮さん

 春!!!春うらら!!!ちょっとマイナーかもしれないけれど、崇道神社へいってきました。



 崇道天皇・・・さま・・・この方、桓武天皇を長年苦しめた怨霊・・・になられたお方。桓武天皇とは、同じ母から生まれた弟君、早良親王様です。
政権奪取をはかったとして、とらえられ、抗議の絶食。むなしく憤死。当時の天皇様にとっては、雷も地震も洪水も干でりも、疫病すら、怨霊のたたりと思われようです。自身の犯した罪、それが自身の治める世の乱れを引き起こす…庶民のたたりとはちょっと違った次元の苦しみであったと思われます。





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 794 うぐいす 平安京・・・。京都に都が造られるまえ、10年間、長岡に都は建設されました。遷都には反対派も多くいたようです。



 758年、桓武天皇の皇女が伊勢へ斎宮として下ることになり、天皇は奈良へ。その留守の間、長岡京建設の長官、藤原種継が暗殺されました。調べていくと・・・なんと、弟の早良親王を天皇にいただこうという陰謀が露見しました。首都移転の反対派でしょうか。




 親王は無実を主張しますが、容れられず淡路へ送られます。その途中、食を絶ってなくなりました。長岡京の乙訓寺には早良親王が監禁されていたというお堂があり、亡くなった次男が連れて行ってくれたのは、まだほんの3??4???年ほど前のことです。
早良親王の怨霊鎮めのため、崇道天皇とおくりなされて祀られました。



 高野川にそって、琵琶湖へ抜ける道すがらに崇道神社はありますが、位置は知りませんでした。たまたま、三宅八幡さんへ行こうかと思って嵐電にのりますと、ゲットしたパンフに崇道神社とあるじゃありませんか。さっそく、トボトボと頼りない足で・・・・たどりつきました。その日、奉仕の方々がたき火をたいて、お掃除をなさってました。お昼ちかいけど、「うどん屋さんも何もない」のこと。何しろ、コンビニもタクシーもありません。「今日はご奉仕やから人がいますけど、普段は一人でおまいりするのはちょっと怖いですわ」ということでした。


 そのあと、三宅八幡三へおまいり。誰かがトランペットの練習をしています。ええとこやなあ!!!



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2018年2月19日 (月)

はや2年。次男の忌

 次男の三回忌。心配していたお天気も、この日だけは穏やかで無風。きさらぎのまぶしい光いっぱいでした。無事、ベーンブ終わってお食事。も・お・お。・・久しぶりの熱燗。こってりいただきました。まったく…相棒が元気な間はよくやってましたが、今では相棒もちょっと口をつける程度です。おいしいものを用意して熱燗で・・・なああんて、まったく…自分で燗して台所をうろうろしながら・・・なんて飲む気にもならないから・・・なんだか即物的にビールを流し込むのが日常です。



 長男、三男、もちろんお嫁さんとご両親も一緒でしたけど、羽を伸ばしてしまいました。

 

 
 あまりにもあっけなく逝ってしまった次男・・・・もお…言いますまい。優しいいい子でした。ふしぎと幼い頃ばかりが思いだされます。
 

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2018年2月14日 (水)

きさらぎの寂光院

 大原、寂光院へやってきました。バスは1時間に1本。時間待ちもスケッチブックがあればヘーッチャラ。空の青さと冬木立をたのしみます。この日、冬空は真っ青。雲は真っ白・・なんてすがすがしい!!!



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 今日、大原を訪ねたのは、壇ノ浦でほろんだ平家の悲劇のヒロイン、建礼門院をしのびたかったからです。まずは、建礼門院の御陵へお参り



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 日陰はまだ雪が凍てついて滑ります。ゆっくりゆっくり歩きます。如月の陽光が目に痛い。近くの山々はまだ雪!!!お・お・お・・・・ここはまだ冬!!!ちらほらと人影が・・・静かです。



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 建礼門院徳子…平家物語の悲劇のヒロインです。清盛の全盛期、2姫として生まれ、高倉天皇に后にあがったのが17才。高倉は6才年下でした。高倉をとりまく女房は多く、徳子が皇児を生むのは6年後。その前後、他の女房2人に3人の子があったといいます。中宮とはいっても、多くの女房に取り囲まれ、女心はやすらかではなかったでしょう。待ちに待たれた皇子誕生。このお方が、後、壇ノ浦で二位の尼にだかれて入水。海の藻屑と消えられた安徳天皇です。しかし、皇子が4才の時、高倉天皇はなくなりました。徳子は建礼門院とよばれます。



 宮尾登美子版「平家」では、別の女房の生んだ皇子とすりかえた・・・となっています。あとを追って身を投げた徳子、その長い黒髪を熊手でからめとられ、引き上げられます。恥多く、あまりにも無力な身。都に送られるまでの屈辱と悲しみはいかなるものだったか。悲劇です。
 その後、28才で剃髪、尼になり草深い大原に庵をかまえ、7年、ここ大原ですごしてなくなられました。庵のには石碑が一本。杉木立の中、陽もささない山中です。当時はもっともっと鄙びてたんやろなあ・・・あわれ・・・


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大原、寂光院です。




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 茶室「孤雲」池はまだ凍っています。
帰るころには、もう雪が顔に痛いほどふきつけます。あんなに真っ青な空やったのになあ。まだ、如月やなあ

 

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こいつぁあ  春から 縁起がいいわい

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どうですか!!!美人ぞろいでしょう???遅ればせの書道の新年会です。今年は娘さんに赤ちゃんができるとか、インフルエンザとかで何人かへりました。下の壁画も素敵でしょう。イタリアンです。ワインはシチリア・・・モチ!!!おいしかったですよお。


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どうですかぁあ・・・お正月の年賀はがきが大当たり!!!切手が9枚と2等賞!!!今年、出すほうはだいぶ減らしたんですけど・・・


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2018年2月12日 (月)

都がもえた日

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 古典平家・・・琵琶法師が語ったという平家物語は鎌倉時代に成立したもの。平家と戦って天下を取った鎌倉の勝者の歴史です。だから・・・清盛を徹底的に愚かしく悪者に仕立てている…ということのようです。


 京都に都がうつって、平安時代…鳴くよ うぐいす 平安京・・・794年です。それから、このお方が皇位につかれるまで380年近く、都には大きな戦いはなかったといいます。
このお方こそは、後白河天皇。このお方が26才で天皇になられたのは1156年。途端に、保元の乱。2年後には平治の乱。そのあと、鹿が谷の陰謀、以仁王のクーデター、敗者はようしゃなく、首をうたれました。やがて全国に源氏が興り、木曽義仲が都へはいるのが1183年。そして義仲を討った義経が入京、平家は都落ち、壇ノ浦で滅びます。そのあとも、各地に戦は続き、1192年、このお方、後白河がなくなられるまで、都は戦火にさらされました。どうですか…上は南都焼き討ち、平家が奈良、東大寺、興福寺を焼きました。下の絵は平治の乱。都大路を信西の首をかかげた兵が行進しています。あ・れれ???信西は坊主頭のはず???何でぶらさげてんのやろ???




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一方、天皇は仏教に帰依すること深く、また、怨霊をも恐れ加持祈祷もやったといいます。でも…この方、今様狂い。「梁塵秘抄」なる本に今様をまとめました。{遊びをせんとやうまれけん} …何度も、幽閉されたり、一人で脱出したり、人を利用したり捨てたり・・・裏切ったり、だましたり・・・それでも・・・このお方を担がないと天下に号令できなかったというのが日本の歴史の不思議です。このお方…どんな時もひやひやと冷静です。第三者的に自分の状況を把握、分析、一人で動きます。つまり???ゼエーンブ、おアソビやったんかも???清盛も義経も…遊ばれて滅ぼされた???




 
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上は三十三間堂。清盛が後白河法皇のために建てました。




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鹿ケ谷の陰謀-・・・1177年。京都東山、ノートルダム女学校の北にある細い道を上がっていくと山荘跡があるといいますが、行ったことはありません。ここで、清盛、平家打倒の計略がねられましたが未然に発覚。一味の一人が垂れ込んだのです。清盛は怒って、首謀者、僧、俊寛と他二人を鬼海が島(今の硫黄島???)へ流罪。しかし・・・清盛は法皇に手を出すことはしませんでした。


 以仁王の陰謀。1180年。平家が力を誇示し、摂関家や天皇家を圧迫。後白川の第四皇子、以仁王がひそかに全国の源氏に平家追討の令旨をとどけました。このクーデター計画は失敗しましたが、これをきっかけに、各地に反平家勢力が勃興。平家滅亡につながります。

 下は平家納経。平家が当時jの技の粋を駆使して、厳島神社に奉納した写経です。平家の女たちの手になるといわれています。これが、また…なんともロマンチックですばらしいのよねえ。平家の男たちは徹底的にほろぼされましたが、女たちは、なんとか生きのびたようです。

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政治ってこわいものですねえ。後白河が死んで頼朝が鎌倉に幕府をたて、鎌倉時代になります。この後白河というお方、皇位についてたった3年で幼帝に位をゆずり、院政をしきます。この方が66才でしぬまで、なんと5代の幼帝が位につきました。二条、六条、高倉、安徳、後鳥羽・・・みんな幼い天皇です。政治は・・・そりゃあ・・・むちゃくちゃですよねえ。

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2018年2月 6日 (火)

天平の顔と今の人の顔

 先日行った東大寺戒壇院と法華堂(三月堂)の仏様たち。スケッチは禁止なので画集からここにアップしました。そのお顔が・・・なんともおもしろいのよねえ。




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「うわ・あ・あ・・・モ・お・お・・・怒ってるでえ!!!」




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「ふん・・・お前は一体何考えてんじゃ」




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この賢いお顔は絶対、藤原不比等さん。このお方、歴史上で最高の知恵者です。今、平清盛を読んでますけど、この方には負け。だって清盛の死と同時に平家はあっという間に没落。全滅…ま・あ・あ・この時代、女たちは生き残ります。建礼門院(清盛の4女、安徳天皇の母)大原寂光院で一門の菩提を弔ってひそやかに生きました。ところが、ところが・・・藤原家はしたたかです。平安時代は摂関政治で天皇を牛耳り、現代まで営々と生きています。天皇家に娘を嫁入りさせて、ま・あ・あ・・・・うまくやったのよねえ。




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怒りの形相ものすごく・・・は・は・は・・・・でもねえ…なんとなくおかしくもある。特に…このふんづけられているガキの顔ときたら・・・・



ももりはいつも、まず思うんです。「モデルは誰???」ひょっとしてガキは自分???? 



昨今の人々の顔、TVなんかでみる偉そうなこと言ってる顔、これほど魅力がないと思いませんか。日本人、「赤ちゃん返り」してませんか???ほら、下に弟とかが生まれると、お兄ちゃんが甘えるために赤ちゃん返りするってあの態度です。何か人におもねってる。平和とか人権って言う言葉のまえには、卑屈に頭をさげています。天平時代、今より大きな大仏を造り上げた時代のお顔、最近の日本人の顔よりは、よっぽど、まっすぐで一心な顔をしてます。ガキだってね

像を刻む作家は必ず頭のなかにモデルをもっています。そのモデルはかならず、身近にいる人。絵描きが描く人物の顔は、自分か奥さんに似ているっていいますよ。




 


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